第2話

翌朝、森の中に柔らかな朝の光が差し込み、倒木の陰で眠っていた俺は目を覚ました。


「……ここは……」


 まだ異世界に転生したばかりの違和感が抜けず、俺はぼんやりと周囲の景色を見渡す。朝露に濡れた苔や草が倒木の周りに広がり、小さな虫たちが活動を始めている。森の静寂を破るように、小鳥のさえずりがどこからか聞こえてきた。


「やっぱり…これは夢じゃないんだな」


 再び、自分が人間ではなくカマキリとしてここにいることを実感する。


その足元には湿った土と倒木の感触があり、現実の重さがのしかかってくるようだった。戸惑いながらも、この世界でどう生き抜くかを考えなければならない。


 小さな腹の中で、かすかに空腹を感じ始める。


「…まずは、何か食べ物を探さないと」


 俺はゆっくりと倒木から這い出し、あたりを見渡した。朝の光に照らされた草の間に、かすかに動く小さな影が見える。近づくと、それは他の小さな昆虫だった。


「これが、今の俺の食べ物か……」


 元は人間だった俺には、昆虫を食べることにまだ抵抗がある。それでも、生きるためには食べるしかない。


心の中で覚悟を決め、小さな昆虫に飛びかかり、前脚でしっかりと捉えた。


見た目の異様さに一瞬引きそうになるが、カマキリの本能が自然と口に運んでいく。


 口の中に新しい感覚が広がった。


「…案外、悪くないかも…?」


 ご飯を食べて、少しだけ満足感を覚える。腹が満たされ、体もこの世界の生活に少しずつ慣れてきた俺は、改めて周囲を見渡した。


「よし…次は、この森を少し探検してみようか」


 転生先での初めての冒険への一歩が、ゆっくりと踏み出される。木々の影に隠れながら外敵に注意して進む。


 森の中を進んでいると、どこからか異様な気配が漂ってきた。


「…何だ? これは…」


 葉の影から慎重に顔を出し、その先に目を凝らすと、そこには見慣れない生物がいた。緑色の肌を持ち、背が低く、太い腕と短い脚で動き回っている。それはゴブリンだった。小さな牙を剥き出しにし、汚れた布切れをまとい、地面に落ちた果実を口に運んでいる。


「こ、これって……ゴブリン? まさか…」


 俺は驚きのあまり息を飲んだ。ファンタジーの世界でしか聞いたことのない存在が、目の前にいる。今までの現実ではありえない光景で、まさに異世界の証だった。だが、ゴブリンはこちらに気づかず、無邪気に果実を食べ続けている。


「コスプレってわけじゃなさそうだし、やっぱり……ここは、異世界なんだ」


 転生してカマキリになってしまったことに加え、このゴブリンの存在が、ここが自分の知っていた世界ではないと確信させた。驚きとともに、どこか現実離れした状況に、少しずつ自分の立場を受け入れ始める気持ちが芽生えてきた。


 ゴブリンが立ち去るのを見届け、俺はそっとその場を離れる。


森の中にはまだ何が潜んでいるかわからないが、今はただ、この異世界で生き抜くための知識を得ていくしかない。


「さて、どうやってこの世界で生きていけばいいんだろう……てか、なんでよりによって転生してカマキリなんだよ……」


 でも、異世界ならレベルとかの概念もあるかもしれない。確認の仕方はわからないが、もしあれば生き延びるための手がかりになるかもしれない。


 その瞬間、目の前に突然文字が浮かび上がった。見慣れない画面が半透明に輝き、そこには俺の「ステータス」が詳細に表示されていた。


 ステータス


 名前:カマキリ(元人間)

 種族:昆虫カマキリ

 レベル:1 / 10


 基本ステータス

 • 体力(HP):10

 • 魔力(MP):3 / 3

 • 攻撃力:8

 • 防御力:5

 • 素早さ:20

 • スタミナ:12

 • 知性:7


 スキル

 • 擬態:Lv1

 • 斬撃:Lv1


「……これは、ステータス画面?」


 驚きのあまり一瞬目を疑ったが、そこにはまるでゲームのようなステータスが表示されていた。戸惑いながらも興味を引かれた俺は、ひとつずつ項目を確認していく。


「こんなことが…できるのか」


 異世界での能力を数値として把握できることに驚きながらも、これがカマキリになった自分の力を理解するための指針になると悟った。数値はどれも低いが、少しずつ成長させていくしかないだろう。


「…よし、これならどうにかやっていけるかもな」


 まだ慣れない体だが、ステータスを確認して少し自信が湧いてきた。俺はこの世界での挑戦を、少しずつ受け入れ始めていた。


「この感じだと、レベル10まで上がれば進化できるんじゃないか?」


 俺は森を探索しながら、まずは自分の力を試すことにした。相手はゴブリンではなく、周囲の小さな昆虫たち。まずは、小さな虫を狩ることで、カマキリの攻撃力と素早さを実感しようと考えた。


 草むらで小さなバッタが跳ねるのを見つけると、俺は息を潜め、静かに接近する。


バッタが油断した瞬間、素早く前脚を伸ばし、捕らえることに成功した。バッタは必死に逃げようとするが、鋭い斬撃がそれを許さなかった。


「捕まえた!」と内心で喜び、バッタを捕食した。スキルのおかげで少し体力とスタミナが回復し、力が満ちてくるのを感じた。


 その後、周囲に目を配り、次の獲物を探す。


すぐに小さな甲虫を見つけ、再び戦闘を挑むことにした。


甲虫は硬い外殻を持っていたが、攻撃を繰り返し、ついに打ち倒すことに成功した。


「よし、これで…!」満足感を得て甲虫を捕食する。


 戦闘を重ね、俺は少しずつレベルが上がっている実感を得た。経験値が確実に増えていくのを感じ、成長の手応えを味わう。


「昆虫なら、もっと強いのもいるはずだ。どんどん狩って、レベルアップしよう!」


 それからも俺は昆虫狩りを続け、次第に攻撃力やスキルが向上していく。


昆虫に対する恐怖心も薄れてきて、今では、次々と獲物を仕留めることが楽しくさえ思えてきた。


「この調子で進化を目指すぞ!」


 俺は進化を目標に掲げ、周囲の昆虫たちを狩り続けた。狩りの中で擬態スキルも使いこなし、周囲に気配を消して忍び寄るのも自然と身についてきた。毎回の戦闘で少しずつ経験を積み、レベルも確実に上がっていく。


「もう暗くなってきたな、今日はこの辺で切り上げるか。レベルも7まで上がったし、順調だな」


 その日の狩りを終え、俺は次の目標を胸に、森の中でひと休みすることにした。


あと数日あればレベル10に到達し、進化することができるかもしれない。


俺は倒木の陰に身を潜め、次の冒険に向けて静かに体を休めることにした。


「明日も頑張って昆虫狩りをして、早く強くなろう…」


 目を閉じて深呼吸をし、今日の成果を思い返す。カマキリという異形の体でも、こうして生き抜けていることが少し誇らしく思えてくる。


異世界での冒険と成長の実感が、わずかながら胸に喜びをもたらしていた。


「進化したら、どんな力が手に入るんだろうな…」


 未来への期待とわずかな不安を抱えつつ、俺はカマキリとしての新たな一日を終えた。


この異世界で生き延び、力をつけていく。その先に何が待っているのか、今はわからないが、きっと俺にとって価値のある道が続いているはずだ。


「人間に戻れるかどうかはわからないけど…とにかく、強くなってみせる」


 決意を胸に、俺は森の静寂に包まれながら深い眠りに落ちていった。


 翌朝、俺は再び早朝の陽射しとともに目を覚ました。体の疲れはすっかり取れ、力がみなぎっているのを感じる。目の前には、今日も変わらず森の光景が広がっていた。


「さあ、今日もやるか!」


 俺は決意を新たに、昆虫狩りを再開するべく森の中へと踏み出した。己の成長と進化を求め、今日もまた一歩ずつ強くなるために進んでいく。

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