第48話
目の前にそびえる巨大な扉。四階層の最奥に位置するそれは、不気味な模様と黒い液体のような光を放つ紋様が刻まれている。リリスが静かに口を開いた。
「この扉の向こうにいるのが、裁定者……私たちを選別する存在よ」
その言葉に、俺たち全員が緊張を飲み込む。何かが迫ってくる感覚――それは、これまでの敵とは全く異なる圧力だった。
もし戻らずあのまま進んでいたら死んでただろう。
「リリス、ノエル。準備はいいか?」
俺の問いに二人は頷く。それぞれの武器と魔法を確認し、決意を固める。
「絶対に勝つわよ。この階層を超えなければ、次には進めない」
ノエルが矢筒を握りしめながら言った。
「もちろんだ。ここで終わるわけにはいかない」
俺は覚悟を決め扉に手をかける。
扉が重々しい音を立てて開くと、冷たい風が吹き抜け、奥に広がる光景が目に飛び込んできた。その空間は異様な広さを持ち、中央には何か巨大なものが佇んでいる。
「……あれが裁定者?」
リリスが呟く。その視線の先には、無数の骨や腐敗した腕、顔が絡み合い、一つの人型を形成した巨大な存在が立っていた。
その姿は生者のものではない。それは明らかに、この階層で命を落とした挑戦者たちの集合体――「冥道の裁定者」だった。
「……不気味すぎる」
ノエルが目を細めながら言う。裁定者の体には無数の表情が浮かび、そのほとんどが苦悶と絶望に歪んでいる。その中のいくつかは生きていたように動き、こちらを見つめているようだった。
「挑戦者たちの……亡骸?」
リリスの言葉に、俺たちは一瞬息を呑む。裁定者の胸部には青白い光が脈動しており、それがすべての力の源であるように見えた。
「生者よ……ここに至った覚悟はあるのか?」
裁定者が動いた。その声は無数の人間の声が重なり合ったもので、不快な響きが耳をつんざく。
「覚悟を見せよ。さもなくば、この地に命を捧げよ」
裁定者の右手に、巨大な剣が形成される。その刃は黒く濁り、歪んだ亡者たちの顔が浮かび上がっていた。
「来るぞ!」
俺が叫ぶと同時に、裁定者の剣が地面を叩きつけた。重い衝撃音が響き渡り、地面に大きな裂け目が走る。俺たちはすぐに散開し、それぞれのポジションを取った。
「ノエル、遠距離から狙え! リリスは援護だ!」
「任せて!」
ノエルが矢を放つ。しかし、裁定者の体はまるで金属のように硬く、矢は表面で弾かれてしまう。
「物理攻撃が効きにくい……?」
リリスがすぐに魔法を詠唱し、光の槍を作り出す。
リリスの放った光の槍が裁定者の胸部に命中。青白い光を放つコアの近くに刺さったが、裁定者は動じることなく剣を振り上げた。
「まだ足りない……奴の力を削るにはもっと強い攻撃が必要だ!」
俺は刃を構え直し、正面から裁定者に挑む。
「生者よ……亡者の悲鳴を聴け」
裁定者の体から無数の腕や顔が分離し、地面に降り立つ。その瞬間、それらは形を変え、かつての挑戦者たちの姿を取った。剣を構えた戦士、魔法を使う術者、弓を引く狩人――彼らは生前の技をそのまま使いこなし、俺たちに襲いかかってきた。
「なんてこと……! これじゃあ、敵が増える一方じゃない!」
ノエルが動揺を見せる中、リリスが冷静に指示を出す。
「まずは召喚された亡者を倒すのが先決! ゼラン、正面の敵を引きつけて!」
「ああ、分かってる!」
俺は刃を振るいながら、亡者たちの攻撃を受け流し、隙を見て反撃を加えた。だが、亡者たちは倒してもすぐに復活する。
「キリがない……!」
「奴の本体が力を与えているのよ! 直接、裁定者を狙う必要があるわ!」
俺たちは亡者たちの群れを突破し、再び裁定者の元へ迫るが、奴はさらに力を高めようとしていた。
裁定者は大きく腕を振り上げ、闇の力を宿した剣を地面に叩きつけた。その瞬間、周囲の亡者たちが一斉に立ち上がり、不気味な叫び声を上げながら俺たちに向かって突進してきた。
「なんて数だ……!」
俺は剣を振り回して応戦するが、亡者たちは次々と現れては攻撃を仕掛けてくる。
「ゼラン、後ろも!」
ノエルが叫ぶ。その声に反応し振り返ると、背後には剣を構えた亡者が迫っていた。咄嗟に体を反らし、剣を防ぐが、別の亡者が槍で突いてくる。
「くそ……数が多すぎる!」
リリスが光魔法で亡者たちを一掃しようとするが、再び裁定者の声が響く。
「亡者の苦しみを知れ……貴様らも同じ末路だ」
裁定者の体からさらに多くの腕が生え、それらが剣や槍を振り回しながら地面を叩きつける。その衝撃で地面が崩れ、俺たちは一旦距離を取らざるを得なくなった。
「リリス、何か策はないのか?」
俺が叫ぶと、彼女は魔法陣を展開しながら答えた。
「裁定者の体そのものが防御力の塊よ。まずは亡者を削りつつ、コアを狙える状況を作らないと!」
「じゃあ、亡者を全て倒すのが先決か……!」
ノエルが矢を放ちながら言う。彼女の矢は的確に亡者の頭を射抜くが、倒れた亡者たちは裁定者の体に吸い込まれ、再び現れる。
「無限に復活している……どうすれば……」
「倒した亡者が裁定者に戻るたび、奴は少しだけ動きが鈍くなっている気がする!」
リリスが鋭い観察眼で状況を分析する。
「なるほど……亡者を倒して裁定者の動きを制限しながら、本体のコアを狙うってことか」
俺は剣を構え直し、仲間たちと共に動き出す。
戦闘が激化する中、裁定者は新たな動きを見せ始めた。体の一部が崩れ、その破片が地面に落ちた瞬間、新たな亡者が形を成していく。
「ちょっと待て……これ、どんどん増えてる!」
ノエルが声を上げる。分裂して生まれた亡者たちは元の亡者よりもさらに狂気じみた動きで襲いかかってくる。
「リリス、範囲攻撃を頼む!」
「分かったわ、でも魔力の消耗が……」
彼女が魔法を発動するたびに裁定者の動きが一瞬鈍る。しかし、亡者たちの数は減らず、じりじりと追い詰められていく。
「くそっ……このままだと体力が持たない!」
俺は刃を振り抜きながら、状況を打破する策を考えた。
「……限界を見せるがいい」
裁定者が呟くと、その体が崩れ始め、無数の骨と腐敗した肉片が中へと吸収されていく。瞬間、巨大な剣がさらに膨れ上がり、闇の力をまとい始めた。
「今度は何を……!」
ノエルが矢を放つが、裁定者の体に届く前に剣の衝撃波で弾かれる。
「力が……増してる」
リリスが魔法陣を展開しながら警戒を強める。
裁定者は再び剣を振り上げ、凄まじい力で地面に叩きつけた。その衝撃で床が崩れ、大地そのものが揺れる。
「くそっ、ここでやられるわけにはいかない!」
「リリス! 魔法でコアを狙え! ノエルは亡者たちの動きを封じるんだ!」
「分かった!」
リリスが魔法を集中させ、光の槍をいくつも生成する。
「この弓なら……!」
ノエルは矢を連射し、復活しようとする亡者たちを次々と射抜いていく。
「俺が時間を稼ぐ!」
俺は裁定者に向かって突進し、その剣撃をギリギリでかわしながら反撃の隙を探った。
「生者よ……その命に価値はあるのか?」
裁定者の声が耳を刺すように響く。だが、俺たちは動じることなく進み続けた。
「リリス、今だ!」
俺が叫ぶと同時に、リリスが光の槍を全力で放った。
槍は裁定者の胸部に直撃し、コアを揺らす。しかし、裁定者はまだ崩れない。
「もう一押しだ……ノエル、援護してくれ!」
俺が叫ぶと、ノエルが矢を放ちながら叫んだ。
「ゼラン、行け! 私たちが奴を抑える!」
ノエルの矢が裁定者の剣を一瞬止めた隙に、俺は全力でコアへ向かって突進する。
「これで終わりだ……!」
俺は刃振り下ろし、裁定者のコアを斬り裂いた。
「……見事だ、生者よ」
裁定者の体が崩れ始め、無数の光が舞い上がる。苦しげだった亡者たちの顔は次第に安らぎを取り戻し、光の粒となって消えていった。
「ようやく終わったのか……?」
俺は体を下ろしながら息を整える。
「ゼラン、やったわ!」
リリスが駆け寄り、ノエルも弓を握りしめながら微笑む。
裁定者の声が最後に響いた。
「未来を切り開く者よ……前へ進むがいい……」
その言葉と共に裁定者は完全に消滅し、静寂が訪れた。
静かに佇む空間の中央に、一つの光る階段が現れた。それは次の階層へと続く道だった。
「私たち……勝ったのね」
リリスが涙を浮かべながら呟く。
「次が待ってる。ここで止まるわけにはいかない」
ノエルが前を見据えながら矢筒を背負い直す。
「そうだな。けど、今は少しだけ休ませてくれ」
俺は笑いながらその場に腰を下ろした。疲れはあるが、確かな達成感が胸に満ちていた。
「次の階層でもっと強い試練が待っているだろう。でも……俺たちなら越えられる」
俺たちは互いに笑顔を交わしながら、少しの休息を取るため、静かに目を閉じた。
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