2章
第16話
柔らかな朝日が差し込む森の中、馬の足音が静寂を破る。救出隊が整然と進み、周囲の安全を確認しながら到着した。
騎馬に乗った隊員たちは、手際よく周囲の状況を確認し始めた。
先頭に立っていた隊長は馬から降りると、リリスに深く頭を下げ、真剣な表情で言葉をかけた。
「リリス様、お怪我はございませんか?皆様はどうされたのですか?」
リリスはその言葉に少し肩を落とし、静かに答えた。
「…皆、亡くなりました。私だけが生き延びたのです」
隊長はその言葉を聞き、眉をひそめながらも落ち着いた声で続けた。
「そうでしたか…。リリス様が無事で何よりです。ですが、お仲間を守れなかったこと、心よりお悔やみ申し上げます」
彼は深く頭を下げ、リリスに対して敬意を表した。
リリスは苦しげな表情を浮かべながらも、隊長の言葉を受け止めて静かに頷いた。
「ありがとうございます…」
その後、隊長は俺の方をちらりと見て、少し戸惑った表情を浮かべた。
「それで、こちらの方は…?」
リリスは俺を紹介するために、穏やかに笑みを浮かべた。
「この方はゼラン。彼がゴブリンキングを討ち取ってくださいました。私も彼に助けられました」
「ゼラン殿、ですか」
隊長は俺をじっと見つめた後、再びリリスに向かって敬礼した。
「リリス様をお守りいただき、またゴブリンキングを討ち取ってくださり、心から感謝申し上げます。」
「俺は…ただ、自分にできることをしただけだ」
俺は謙虚に答えたが、隊長はその言葉にうなずき、リリスに再び向き直った。
「リリス様、どうか今はお休みください。我々が残りの処理を引き受けます。今後のことは、私どもが全力でお支えいたします」
リリスは静かに頷き、救出された人々が次々と保護される様子を見守っていた。
救出された人々が救出隊の馬車に乗せられ、ゆっくりと森の中を進んでいく。
リリスと俺はしばらく彼らを見送っていた。
多くの者が衰弱し、静かに眠りについているが、救出されたことに安堵の表情が浮かんでいる。
「これでひとまず、彼らは安全ね…」
リリスが静かに呟く。俺も彼女に頷いて応えた。
「そうだな。これで少しは救われたが、まだ終わりじゃない」
俺たちはゴブリンキングを討ち取ったものの、まだやるべきことが残っている気がした。
その時、リリスがふと思い出したかのように俺に向き直った。
「そうだ、ゼラン。ゴブリンキングの宝物庫がこの巣にあるの。彼が長年ため込んできた財宝や戦利品が、そこに保管されているはずよ」
「宝物庫か……」
「ゴブリンキングがどれほどの財宝や魔道具を集めていたかはわからないけど、あなたに役立つものがあるかもしれない。行ってみましょう」
リリスの提案に俺は頷き、二人でゴブリンの巣のさらに奥深くへと向かう。
ゴブリンキングの隠し場所を探し当てると、そこには頑丈な扉があり、扉の向こうには彼の財宝が眠っているに違いない。
俺たちはゴブリンキングの宝物庫の前に立ち、扉を慎重に開けた。
中には、彼が長年ため込んだ財宝が無造作に積まれていた。金貨や宝石、様々な武器や装備が散乱している。
その中でも目を引いたのは、リリスがふと手に取った一振りの剣だった。
「……これは!?……」
リリスの声が震えた。
彼女が手にした剣は、どこか見覚えのある形をしていた。俺はその表情を見て、ただ黙って見守った。
リリスは剣をしっかりと握りしめ、深く息をついた。
「これは…私の仲間の剣よ。彼はこの剣で数多くの敵を倒したのに、ゴブリンキングの手にかかって…」
その剣は、リリスの仲間の一人が使っていたものだった。
彼女の仲間たちは全員殺されたと聞いていたが、その武器がこうして無造作に宝物庫の一角に投げ込まれているのを見て、胸が締め付けられる思いだったのだろう。
「…奴らが奪ったんだな」
剣を見つめるその横顔には、失った仲間たちへの哀悼と、彼らの意志を繋ぐ決意が浮かんでいた。
彼女の苦しみは俺には計り知れないだろう。俺にはそんな経験がない、安易なことは言えなかった。
リリスは床にへたり込み、剣を抱きながら数分間泣いていた。
「ごめんなさい、時間を取らせちゃって……」
「いやいいんだ、辛い時は泣いたってな」
「そうね、少し楽になったわ……さあ、続けましょう」
俺は頷き、周囲を見渡した。
他にも様々な武器や装備が転がっているが、その中には強力な魔法の力を持つアイテムも見えた。
宝石がはめ込まれた杖、光を放つ指輪…ゴブリンキングが手に入れたものであろう貴重な魔法道具が数多く眠っているそうだ。
この宝物庫には、ゴブリンキングが奪った物だけでなく、次なる冒険に役立つ強力な武具や魔法道具があるかもしれない。
宝物庫の中を探索していると、俺は目を引く二振りの剣を見つけた。
一本は紅い輝きを放ち、まるで炎が剣そのものに宿っているかのような力を感じる。
もう一本は青白い光を帯びており、風の流れを感じさせる軽やかな雰囲気がある。
「これが…」
リリスが剣を見つめながら近づいてきた。
「その二振りは、ゴブリンキングが恐らく長い間秘蔵していた魔剣よ。『炎の魔剣』と『風の魔剣』と呼ばれているわ。それぞれ火と風の力を宿しているの」
俺は剣に手を伸ばし、まずは炎の魔剣を手に取った。
熱を持つかのような重厚感がありながら、しっかりと手に馴染む。続けて、風の魔剣も手に取ると、その軽さと鋭い感触がすぐに伝わってきた。
「二刀流で扱うことが前提の魔剣か…面白いな」
リリスは頷きながら説明を続けた。
「炎の魔剣は、火の力を纏った斬撃を繰り出し、風の魔剣は敵を切り裂くたびに風の刃を発生させるわ。二刀を使いこなせば、その力はさらに引き出されるはずよ」
俺はその言葉に頷き、二振りの剣を腰に装備した。
この魔剣たちを使いこなすことができれば次の冒険でも十分に戦えるだろう。
ゴブリンキングの宝物庫は広大で、様々な物が所狭しと積まれていた。
金貨や宝石も目に付いたが、それ以上に興味を引いたのは、奥に並べられた魔道具や防具だった。
リリスがまず見つけたのは、一つの指輪だった。銀色に輝き、複雑な模様が施されたその指輪は、微かに魔力を放っている。
「これは…『マナの指輪』ね。これを装備すると魔力が増幅され、魔法の威力が少し上がるわ。特に魔法使いにはありがたいアイテムよ」
リリスは指輪を手に取り、俺に見せた。
魔力の増強効果を持つ指輪は、リリスにとっても大きな助けとなるだろう。俺は頷いて、彼女が指輪を大切に持つのを見守った。
次に目に入ったのは、壁際に並べられた黒い金属製の防具だった。
光を反射してわずかに輝くその鎧は、魔力を感じさせる不思議な雰囲気がある。
「この防具、強力な魔法攻撃を防ぐ力を持っているわね。魔法使いの敵に対して、これを装備すればかなりの防御力を発揮できると思うわ」
俺は防具を手に取り、その軽さと丈夫さに驚いた。
魔法による攻撃を受けることが多い戦いでは、この防具は頼りになりそうだ。
さらにリリスが手にしたのは、少し小ぶりな瓶だ。中には透き通った液体が入っており、見るからに薬であることがわかる。
「これは回復薬ね。戦いで受けた傷を癒すための『ヒーリングポーション』。これさえあれば、少しの間なら傷を治して耐えられるわ」
俺はそのポーションをリリスから受け取り、緊急時に使えるようにしっかりと持った。
最後に、リリスが見つけたのは、奇妙な形をした魔道具だった。
それは杖のようだが、柄の部分には複雑なルーン文字が刻まれていた。
「この魔道具…ただの杖ではないわね。強力な魔法が込められているけど、何に使うかは私でもわからない。何かのきっかけがあれば、その力が発揮されるのかもしれない」
リリスはその魔道具も次元袋に入れた。
これで、宝物庫にあった物はすべて整理され、次元袋の中に収まった。
「これで準備は整ったわね。この次元袋があれば、必要な時にすぐに物を取り出せるわ」
俺は頷き、宝物庫を見渡した。
これで、この場所にあるものはすべて手に入れた。
次の冒険に向けて、万全の体制が整ったことを確認し、俺たちはその場を後にした。
宝物庫を整理し終わり、俺は次元袋に収めた戦利品を見ながらリリスに声をかけた。
「これだけの物が揃ったんだし、君にも分け前を持っていてもらいたいと思うんだけど、どうだ?」
リリスは驚いた表情を浮かべ、すぐに首を横に振った。
「いいえ、ゼラン。これは全部あなたが手に入れたものだし、私は助けてもらっただけ。分け前なんて、私には不釣り合いよ」
俺は笑いながら首を振った。
「確かに俺が戦って手に入れたものだが、君達も戦ったんだ。それに、これからどうするかはともかく、今の君には役立つ物があった方がいいだろう」
リリスは少し困った様子で眉をひそめた。
「でも、本当に何もしていないのに、そんなことを受け取るわけには…」
「いいから、遠慮するな。これは君に必要な物なんだ」
俺は次元袋から『マナの指輪』を取り出し、リリスに差し出した。
「これは魔力を増強する指輪だ。君が魔法を使えるなら、これが役に立つ。これくらいは受け取ってくれ」
リリスは一瞬躊躇したが、俺の目を見てため息をつきながら指輪を受け取った。
「…ありがとう。確かに、今後魔法を使う時に役に立ちそうね。でも、これ以上は…」
「いや、まだだ。これも持っておいた方がいい」
俺は次元袋の中から古びたアミュレットを取り出し、リリスに手渡した。
そのアミュレットは銀色に輝き、中心には魔力の光が宿っているように見えた。
「これは守護のアミュレットって言うんだっけ?物理でも魔法でも、あらゆる攻撃を一度だけ無効化するだろ?君が危険に晒された時に自動で発動するから、これを持っておけば安心だ」
リリスはアミュレットを見つめ、驚いた表情で俺を見上げた。
「そんな大切な物を私に?」
「君を守るためには必要だと思う。だから持っていてくれ」
リリスはしばらくアミュレットを見つめた後、静かに頷き、それを受け取った。
「…ありがとう、ゼラン。本当に感謝するわ。このアミュレット、大切に使わせてもらうわね」
「それとこれも」
俺は回復薬の瓶を取り出し、彼女に渡した。
「いざという時、これがあれば自分を守れるだろう。万が一のために、持っておいてくれ」
リリスは回復薬を手に取り、もう一度断ろうとしたが、俺の強い言葉に仕方なくそれを受け取った。
「わかったわ。でも、本当にこれで十分。これ以上はもらえないわ」
「わかった。それでも、君がこれを使って自分を守れるなら、それでいい」
リリスは少し考え込んでから、静かに頷いた。
「ありがとう、ゼラン。あなたの親切に感謝するわ」
宝物庫の探索を終え、救助隊のキャンプで休息を取ることにした。
外では救出隊が忙しく働いており、救出された人々が安全に保護されるのを見守っていた。
リリスは、手にした剣をじっと見つめ、深い思考に沈んでいるようだった。
彼女にとって仲間を失った痛みはまだ癒えていないのだろう。
それでも彼女は決意を新たにしているようにも見える。
「ゼラン、これからどうするつもりなの?」
リリスが静かに尋ねた。俺は少し考え込んでから答えた。
「まだはっきりと決まってはいないが、次の目的地を探しつつ、さらなる力を得るために旅を続けるつもりだ」
リリスはしばらく黙っていたが、やがて意を決したように俺に向き直った。
「ゼラン、お願いがあるの」
俺は彼女を見て、続ける言葉を待った。
「あなたが私を助けてくれたお礼をしたいの。でも、ここでは何もできないから…エルフの首都エリュシアに来てほしいの。私の故郷で、あなたにふさわしいお礼をさせてもらいたいの」
俺は少し驚きながらも、その提案を考えた。エルフの都市か、街には興味がある。
「エルフの首都エリュシアか…それはどんな場所なんだ?」
「私の故郷よ。自然と共に生きる私たちの首都で、そこにはきっとあなたにとっても、きっと役に立つ情報や物があると思うわ」
リリスは真剣な目で俺を見つめた。
その瞳の中には、彼女自身の感謝と共に、何かを伝えたいという強い意志が感じられた。
「わかった。行くとこもないし、俺も少し興味がある。エルフの首都に行ってみるのも悪くないな」
俺がそう言うと、リリスはほっとしたように微笑んだ。
「ありがとう、ゼラン。きっとあなたにとっても有益な旅になるはずよ」
俺たちは次の目的地がエリュシアだと決まり、今後の旅の準備を進めることになった。
リリスの故郷であるエルフの都市で、彼女が言うお礼が何なのかはわからないが、街に行けるのは楽しみだ。
こうして、俺とリリスの新たな旅がエリュシアに向けて始まった。
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