第14話

ゴブリンキングを倒し、体力を少しでも回復させるために休息を取っていた。


 体が重いが、俺はゆっくりと立ち上がり、ゴブリンキングが守っていた場所を見渡す。


 目の前にある奥の扉が気になり、予想はできるが何かがいると感じた。


 俺は慎重に足を進め、人化してから扉の先へと進んでいく。


「この先に何があるんだ…?」


 暗い通路を抜けた先には広がった部屋があり、その中央には何かがあった。


 目を凝らすと、そこで動かないまま座り込んでいる一人の女性が鎖で拘束されていた。


 その姿には、俺の予想を大きく超えていた。


「まさか…ここに人が囚われていたなんて…!」


 彼女は銀色の長い髪を持ち、背中まで流れるその髪はまるで月光を反射しているかのように美しく輝いていた。


 鋭い耳が彼女がエルフであることを示していたが、その美しい姿とは裏腹に、体は鎖に縛られて無力な状態だった。


 俺は少し戸惑いながら、彼女に近づいた。今までの戦いで予想もしていなかった展開だ。


 まさか、ゴブリンキングがエルフを囚えていたとは。


「どうしてこんなところに…?」


 俺が声をかけると、彼女はかすかに顔を上げた。


 透き通るような青い瞳がこちらを見つめているが、その目には冷静さと共に、長い人生を歩んできた者だけが持つ深い悲しみと決意が宿っている。


「あなたは…?」


 彼女の声は弱々しく、しかしその奥には芯の強さを感じた。


「俺は……ただの旅人だ。今助ける」


 俺の言葉に、彼女は小さくうなずき、苦しそうに続けた。


「私はリリス……ゴブリンキングに捕まって……」


 彼女の話を聞いて、俺は少しずつ状況を理解し始めた。


 リリスは捕らえられ、力を奪われていたのだろう。


 彼女の淡い白い肌は、まるで絹のように滑らかで、柔らかな光を放っている。


 しかし、今は疲れ切っていて、その気品に陰りが見える。


「俺がゴブリンキングを倒した。もう大丈夫だ」


 リリスはその言葉を聞いて、驚いた表情を浮かべた。


「あなたが…ゴブリンキングを倒したの?」


 俺は静かにうなずき、彼女の鎖を外す方法を探した。


 リリスが疲れた声で言った。


「鍵は、ゴブリンキングが持ってるはずだわ…」


 俺は頷き、すぐに行動に移した。


 ゴブリンキングの巨体が倒れている場所へ戻り、その死体を調べ始めた。


 巨大な剣や厚い鎧に目を奪われそうになったが、俺の目的はその中にある小さな鍵だ。


「これか…」


 しばらくして、鎧の内側から鈍く光る金属の鍵を見つけた。


 俺はそれを握りしめ、再びリリスの元へ急いだ。


 彼女は依然として鎖に繋がれたまま、疲労で今にも倒れそうな姿だったが、俺が戻ってきたことに気づくと、かすかに微笑みを浮かべた。


「見つけたぞ。すぐに助ける」


 俺は鍵を鎖に差し込み、回した。ガチャリ、と音を立てて鎖が外れると、リリスの体が少し揺れた。


 彼女は自由になったものの、長い間囚われていたせいで力が抜けてしまっている。


「ありがとう…あなたがいなければ、私はずっと…」


 リリスは言葉を詰まらせながらも、深く感謝している様子だった。


 俺は彼女の腕を取り、ゆっくりと立ち上がらせた。


 彼女の体は軽く、スリムな体型はエルフの特徴を色濃く表していたが、その疲れ切った姿に、戦士としての強さをまだ感じることができた。


「無理をするな。休む場所が必要だ」


 リリスは静かに頷き、少しの間俺に体を預けながら立っていた。


 俺はこの場を安全にするため、あたりを見回したが、ゴブリンキングを倒した今、しばらくは安心できるだろう。


 リリスは目を閉じ、少しずつ呼吸を整え始めた。


 彼女の体力が回復するまでの間、俺は周囲を見回しながら、次の行動をどうすべきか考えていた。


 リリスがゆっくりと体力を取り戻していくのを見守りながら、俺は周囲を警戒していた。


 ゴブリンキングを倒したとはいえ、ゴブリンたちの巣窟の奥深くにいる以上、まだ安全とは言えない。


 リリスが完全に回復する前に、ここから脱出する手段を見つけなければならない。


 リリスは疲れた声で口を開いた。


「あなた、ここに一人で来たの?こんな場所に…どうして?普通の人間には見えないわ?ゴブリンキングが言ってたカマキリってあなた?」


 俺は一瞬考えた、彼女に何をどこまで話すべきか。


 俺がカマキリとしてこの世界に転生してからの出来事を説明するのは、少し複雑だ。


 しかし、彼女の疑問はもっともだった。


 普通の者なら、こんな場所にわざわざ足を踏み入れようとはしないだろう。


 彼女は信用できそうだと思い、全て話しても問題ないと思い話した。


「そんな感じであなたが囚われていることは知らなかったが、助けることができて良かったと思ってる」


 リリスは俺の言葉に驚いた表情を浮かべ、次に感謝の気持ちがその瞳に宿った。


「あなたは賢くて優しい人なのね、あなたがいなければ、私は…ゴブリンキングの計画通りに、永遠に力を搾り取られていたでしょう。本当にありがとう」


 彼女は優雅に礼をし、体をまっすぐに立て直した。だが、その直後、ふと顔を曇らせた。


「私の仲間は…すでに全員殺されてしまった。彼らと共にゴブリンキングを倒しに来たけれど、人質に取られて…私は無力だった」


 彼女の言葉には深い悲しみが込められていた。


 彼女はその美貌と力を奪おうとしたゴブリンたちの手中に落ち、無理やり力を使わされ、仲間を守ることもできなかった。


 その痛みは、彼女の透き通る青い瞳に映し出されていた。


「そんなことがあったのか…」


 俺は彼女の痛みを理解しようとしながら、言葉を選んだ。リリスは少しずつ回復してきているが、心の傷はまだ深い。


「大丈夫だ、もうゴブリンキングは倒した。俺が殲滅した、これ以上奴らが手を出すことはもうない」


 リリスはかすかに微笑んだが、その微笑みはどこか寂しげだった。


「ありがとう。もう大丈夫よ」


 彼女はゆっくりと周囲を見渡し、冷静な表情を取り戻した。


「ここを出たら、次の目的地はあるのか?」


 俺が問いかけると、リリスは一瞬考え込んだ。そして、静かに言った。


「まずはここを脱出することが最優先ね。出口の方向は…」



「出口なら、俺が知ってる。ここからは俺について来れば大丈夫だ」


 リリスは驚いた表情を浮かべたが、すぐに頷き、俺に歩み寄った。


「そう…ありがとう。ここから逃げる手段があるなら、急いで出たほうがいいわ。まだゴブリンが残っているかもしれない…」


 彼女の言葉には確かに一理ある。


 ゴブリンキングを倒したとはいえ、この巣にはまだ他のゴブリンたちが潜んでいる可能性があった。


 時間をかければかけるほど、俺たちの危険が増す。


「大丈夫だ、出口はすぐそこだ。あとは俺が守る」


 俺は前を歩き始め、リリスは静かにその後ろをついてきた。


 通路はまだ暗く、何が潜んでいるか分からない。だが、俺の心にはゴブリンキングを倒したという確かな手応えがあり、もうこの巣には俺たちを脅かすような大きな敵はいないはずだ。


「外に出たら、どうするつもりだ?」


 俺はリリスに問いかけた。


 彼女がゴブリンたちに捕まっていた理由、そしてこれからどうするつもりなのかが気になった。


 彼女は一瞬黙り込んだ後、静かに口を開いた。


「まだいる……お願いがあるの」


 俺は彼女の顔を見て、その表情に緊張感を感じ取った。


「何だ?」


「ゴブリンたちが私だけじゃなく、他の人々も捕らえているの。彼女らを助けなければならない……私はここで彼らのために戦ったけれど、捕らえられてしまった。まだ助けられるかもしれない。どうか、手を貸して」


 リリスの声には焦りと悲しみが滲んでいた。


 彼女が捕まっていた間、他の人々がどんな目に遭っているかを知っているのだろう。


 その事実が彼女の心に深く刻まれているようだった。


「わかった、行こう。見捨てるわけにはいかない」


 俺はすぐに彼女の願いを受け入れた。


 ゴブリンキングを倒しても、この巣の中にはまだ助けを必要としている人々がいる。


 リリスと一緒に、彼らを救い出すために巣の奥へと進むことを決意した。


 リリスは疲れているにもかかわらず、決意を新たにして歩き出した。


 その背中には、彼女が持つ使命感がはっきりと見て取れた。


 俺たちは急いで巣のさらに奥へと進み、捕らえられている人々を見つけ出すために行動を開始した。

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