第9話

 森の魔物ではレベル上げの効率が悪く、俺はゴブリンの巣に頻繁に通い、毎日のように狩っていた。


 ゴブリンの巣に入ったのは、レベルを上げる必要性に迫られていたからだった。


  この先、さらに強力なモンスターや敵が待ち受けていると考えると、今の力では不安だからだ。


 ゴブリンは数こそ多いが、一体一体の強さはFランクやEランクに過ぎない。だが、次々と倒せば確実に経験値を稼げる。そう考えて、この巣に足を踏み入れた。


 しかし、予想以上のゴブリンの数に圧倒されていた。気配を消して潜むゴブリンが増援を呼び、立て続けに集まってくる。


「ちょっと多すぎだろ…こんなにいるとは思わなかったぞ」


 スペクトラルスラッシュや風刃を駆使し、次々にゴブリンたちを切り倒していった。それでも、ゴブリンは減るどころかさらに巣の奥から次々と現れる。数が多すぎる…!


 その時、背後から強烈な気配を感じた。振り返ると、そこにはゴブリンたちとは一線を画す巨体のゴブリンチャンピオンが現れた。片手に巨大な棍棒を握りしめ、俺を見下ろす冷徹な眼差しから、圧倒的な力を感じる。


「なんでこいつが!?」


 戦況は一気に変わった。ゴブリンさえ倒せばと思っていたが、周囲には何百体ものゴブリンにゴブリンチャンピオンがいる。この状況で集中して戦うのは不可能だ。


 ゴブリンチャンピオンの棍棒が地面に叩きつけられるたび、衝撃で足元が揺れ、砂塵が舞い上がる。


「くそ…!」


 奴の圧倒的な力は一撃一撃が致命的で、まともに受ければ俺は簡単に潰されてしまうだろう。


  ゴブリンチャンピオンと対峙している最中、ふと気配を感じて周囲を見回すと、数体のゴブリンがじりじりと俺を囲むように近づいてきている。


 小柄で油断のならない奴らが、手に持った短剣や弓をこちらに向けて構えている。


「くそ、今はこいつだけで手一杯だってのに…!」


 俺はゴブリンチャンピオンの攻撃を避けつつも、周囲のゴブリンたちに視線を走らせ、同時に動きを警戒しなければならなくなった。


 いつ飛びかかってくるかもわからないし、油断すれば背後を取られる危険もある。


 その瞬間、背後から一体のゴブリンが俺に向かって飛びかかってきた。


 俺はすかさず身をひねり、刃を振って応戦する。


 ゴブリンは斬撃を受けて地面に崩れ落ちたが、その一瞬の隙を見逃さなかったのが、目の前にいるゴブリンチャンピオンだった。


「しまっ!」


 気を取られた一瞬の隙に、ゴブリンチャンピオンの巨大な棍棒が振り下ろされ、俺の腹部に直撃した。


 鋭い痛みが体中に走り、視界が一瞬真っ白になる。俺の体は宙に浮き、背中から地面に叩きつけられた。


「ぐっ…!」


 当たる直前にマジックシールドを使ったが全身が痛みで痺れ、呼吸も荒くなる。


 俺は地面に倒れたまま、辛うじて意識を保ちながら立ち上がろうとするが、ゴブリンチャンピオンはすでに次の攻撃態勢に入っている。


 そして、周囲のゴブリンたちも再び俺を囲むように動き始める。


 俺は必死に立ち上がり、周囲の敵に視線を向けながら、次の一手を考えなければならない。だが、痛みと焦りがじわじわと俺の集中力を削っていく。


「このままじゃ死ぬ…!」


 逃げるしかなかった。


 俺はスウィフトダンスで素早さを上げ、一気にゴブリンたちの包囲をすり抜けて走り出す。


 後方から追いかけてくるゴブリンチャンピオンの怒号と重い足音が響く中、俺は森の中へ飛び込み、木々の陰に隠れて擬態を発動。周囲に溶け込んで気配を消すと、ゴブリンたちは俺を見失い、足音が遠ざかっていく。


「なんとか…逃げ切れたか…」


 その後、できるだけゴブリンの巣から離れ、道中、森の魔物を倒しファントムヒールで少し回復した後、数日間安静にしていた。


  今回こうなったのは巣の深くまで入ってしまったのが悪かった。


 今まで気づかなかったが、魔物に転生したことで危機感をあまり感じなくなっていたのかもしれない。


  とはいえこのまま逃げたとしても他の場所が安全とは限らないし、魔物や人間に殺されて死ぬことになるだろう。


「強くなるしかない!」


  決意した俺はゴブリンの巣に入り、巣の入口近くで狩り続け、撤退を繰り返すことで、着実に強くなっていった。スキルの使い方も手馴れ、ゴブリンの動きももはや脅威ではない。


「これで…かなりの数を倒したな」


 何度目の戦いかも覚えていないが、いまでは百体のゴブリンを相手にしても、一瞬で片付けられる。


  風魔法も習得し広範囲攻撃もできるようになった、また風刃と併用することでさらに自由度が増した。


 戦闘ごとに体が力で満たされていくのを実感していた。


「ようやく進化の準備が整ったようだ…レベルは80…」


 ふと、体の奥で何かが変わろうとしているのを感じた。これまで積み重ねてきた戦いが、ついに進化の準備を整えたということだ。


「次は何に進化しようか…」


 選択肢の中に、強力な「ヴァルカ・マンティス」があることに気づき、思わず心が踊った。


 ヴァルカ・マンティス

 ランク:B

 特性:再生能力と人化の潜在能力を持ち、攻撃力と素早さに特化。

 パッシブスキル:「ブラッドリジェネ」──HPが自動回復し、持久戦に強くなる。

 アクティブスキル:


 •クリムゾンブレード:炎を纏った刃で範囲攻撃し、敵を燃焼させる。

 •ファントムスピード:移動・攻撃速度を大幅強化し、連続攻撃と回避を行う。

 •人化:人間の姿になれる。MPを消費。


「これだ……人化のスキルがあれば、人と会話ができるし、人間の街にだって行けるかもしれない…!」


 進化を決意すると、体に強烈なエネルギーが流れ込み、体が劇的に変化し始める。俺の意識は深い眠りに落ちていった。




 目を覚ますと、体はさらに強固な外骨格で覆われ、両腕には鋭利な赤い刃が形成されていた。力が極限まで引き出され、力強さと素早さが格段に増しているのがわかる。


「この感覚…これが俺の新しい力か」


 名前:ヴァルカ・マンティス

 種族:カマキリ

 レベル:1 / 160

 ランク:B


 基本ステータス


 •HP:8500

 •MP:3000 / 3000

 •攻撃力:4300

 •防御力:2700

 •素早さ:5000

 •スタミナ:4500

 •知性:2100


 スキル


 攻撃スキル


 1.斬撃 Lv6

 2.風魔法 Lv6

 3.クリムゾンブレードLv1

 4.スティールブレードLv4

 5.スペクトラルスラッシュLv2


 補助スキル


 1.ファントムヒール Lv5

 2.ファントムスピード Lv1

 3.ブラッドリジェネ Lv1


 防御スキル


 1.マナシールド Lv4

 2.魔法適用 Lv1


 特殊スキル


 1.擬態 Lv6

 2.人化Lv1


 ふと、進化したスキルに目を向けた。


知らないうちに気配感知と危機感知というスキルが増えていた。


  「名前通りのスキルかな?」



風刃は風魔法に統合され、スウィフトダンスはファントムスピードとして強化されている。


さらに、身体に自然と馴染む再生能力が備わり、持久戦でも体力を維持できるようになっている。


これならば、ゴブリンチャンピオンとも対等に渡り合えるだろう。


 そして、もう一つ「人化」のスキルだ。


胸の奥が高鳴るのを感じ、試しに意識を集中させる。すると、外骨格が徐々に柔らかくなり、赤い刃が消え、かわりに人間の手が現れた。


さらに、触角が短くなり、体の形状が人間のものに近づいていく。


「これで…人間に戻れるのか…!」


 思わず、自分の手を見つめる。


完全に人間とはいえない姿だが、ローブで隠せば、ほとんど違和感のない姿に見える。


言葉を話せるようになり、人間の街にも行ける可能性が開かれたのだ。


「これだ…これで、人と会話ができる。人間の町にも行けるかもしれない!」


 喜びと興奮が胸を満たし、俺は一度深く息を吸い込んだ。この瞬間が、ただの魔物から新たな存在への大きな一歩なのだと実感する。


「そして、いつか本当に人間に戻れる日まで……」


 拳を握りしめ、新たな自分の姿をかみしめながら、次の冒険に向けた決意がより強固になっていった。

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