第1節 外伝物語

外伝 楽しい学園生活と楽しくない学園生活(杏子視点)

※この話は食堂で遙人達と合流する前の話になります。


「――はい,では授業はここまで。皆さん,課題を忘れずに。だからといって,青春まで忘れて先生みたいに独身を貫かない様に」


 中年ぐらいの男性の先生が冗談でそう言うと教室にいた学生達は笑い出していた。


 誠央学園の学生達も笑っているのを見ると誠央学園のクズ教師達疫病神と比べて星稜学園の先生達は本当に慕われていると思った。


新井あらい~,今日って学食にするの~?」


 先生が教室から出て行くと前にいた誠央学園のクラスメイトが声を掛けて来た。


「うんにゃ~,今日は購買の気分~。久しぶりに甘い物でも食べたいな~って」

「甘い物って,いつものどら焼きじゃないの?」

「にしし,その通り!」


 後ろから声を掛けてきたクラスメイトにも笑みを浮かべて言った。


 何を隠そう私はどら焼き……というよりも,名前の通り餡子が大好物である。


 ――ただし,漉し餡だけ例外……あれは邪道だ……。


「おい,聞いたか?」

「ああ。常盤ときわさんが謝罪を撤回するとか言ったらしいぞ」

「――ん?」


 男子生徒達が何やら話し込んでいる声が聞こえてきた。


 どうやら,先日の交流会の後始末の話らしい。


「そういえば,常盤ときわさんって星稜学園の男の子と付き合ったとか言ってたわね……というか何よあのイケメン!?交流試合の時,マジでびっくりしたんだけど!?」

「だよねぇ~。あと,星稜学園のクラスメイトから聞いたんだけど料理上手で成績も運動も上位に食い込んでいるって無茶苦茶優良物件じゃない!」


 二人は私を間に挟んだまま,はるるんの話を始めてしまった。


 あの子は確かに何でもできるが言い方を変えると器用貧乏――これといって突出した特技をもっていない……いや,持とうとしないってのが正解かな……。


 その理由を私は知っているが彼女達には教えなくてもいいだろう。


「――神条かみじょうさん,本日一緒にお食事どうですか!?」

「ずるいわよ!今日は私が誘おうと思っていたの!」

「おいおい!女子達ばかりずるいぞ!」

「――またやっているわねぇ……」


 声をした方を向くとはるるんの義妹さん――ゆひゆひが誠央学園の学生達に取り囲まれて昼食を誘われている最中であった。


「申し訳ございません。今から風紀委員会の部室に顔を出さないと駄目なので。また今度,お誘いください」


 そう言って丁寧にお断りすると彼女はいつもの2人を連れて教室から出て行った。


「誠央学園の子達って常盤ときわさんと対応がまるっきり違うわね」

「だねぇ~……というか,2人は常盤ときわさんのことを何も思っていないの?」


 私の言葉を聞いて2人は肩をすくめた。


「そりゃあ,言いたいことはあるけど……ねぇ」

「実際に問題があったのは常盤ときわじゃなくてたちばなの方だったでしょう?」


 彼女達2人もたちばなさんの周りにいたらしいのだが,最初から常盤ときわさんのことをそこまで恨んでなかったという。


 常盤ときわさんを恨んでいる子達――たちばなさんの周りにいる子達は何も交流試合で刃物を持ち出した男子生徒みたいな学生が大半というべきではないのだ。


 むしろあれは少数派……実際は彼女達みたいな子達が多いのだ。


「流石に私達もあれはないわって思ったからバスケ部の連中に誘われて抜けたわ。今度でも常盤ときわに謝りに行く予定よ」

「にゃるほどね~。んで,たちばなさんの周りって今どうなってるの?」

「私達みたいに常盤ときわに謝りに行く派,どっちも信用できなくて孤立している派,未だにたちばなに助けを求めている派かしらねぇ。あと,新井あらい……」

「にゃ?」


 小声で言われたので耳を近付けた。


たちばなの周りにいる子達が退学させられたあいつみたいなのが居るって噂されているけど実際は孤立している子達の中にいるかもしれないわよ。あの子達って反省文もないし,謝りにも行かないらしいから」


 彼女の言葉を聞いて私は予想通りだと思った。


 おそらく,たちばなさんの周りにいるのは苦学生――本当に後がない子達なんだろう。


「実際に問題にされているのはたちばなさんの周りだけど本当に問題なのは孤立している子達かぁ。これはもうひと騒動ぐらいあるかなぁ~」

「正直,これ以上は騒ぎを起こしてほしくないわねぇ。只でさえ,先日の交流会の件で星稜学園の子達から変な目で見られているんだから」


 チラッと見ると一部の星稜学園の学生達は昼食を取りながら誠央学園の生徒達を訝しい目付きで見ていた。


 ――だが,このクラスはまだマシな方なのだ。


「他のクラスにはあの子のグループの子達や本柳もとやなぎの取り巻き達がいるでしょう。本柳もとやなぎの取り巻き達は……まあ,今は大人しいわね。女子の方は1回星稜学園の子と喧嘩になったって聞いているわよ」

「後がないのにあの子達は自重をする気がないんだねぇ」

「逆に7組は無茶苦茶仲が良いわよねぇ。今思うと私も常盤ときわさん達と仲良くし解けばよかったかしら」


 二人は溜息を吐いた――というよりも,自分達の今までの行動を後悔してたのだ。


 だが,誠央学園でのあの状況から考えると二人の行動は仕方ないと思う。


 原因はどうあれ,常盤ときわさんが中途半端な対応をしてしまったことが原因だからだ。


「(はるるんなら別の解答を用意するとは思うけど私はちょっと常盤ときわさんのあの行動はまずいと思うわねぇ。まあ,原因は彼女じゃないんだけど)」


 問題がある行動したのはどちらかと言えば常盤ときわコーポレーションの方だろう。


 まあ、1年生の中に苦汁を舐めさせられた一族の関係者がいるのは分かるし,会社が大きくなれば色々な考えを持つ者達は増えるよ……会長の娘とはいえあの若さで会社の№3まで上り詰めた彼女に嫉妬した連中が居てもおかしくないし。


「本当に私達ってどうなるんだろうねぇ~。んじゃ,そろそろ購買に行くねぇ~」

「「は~い」」


 二人に軽く挨拶すると私は教室を出て購買を出て行った。


**************************


「ふんふ~ん♪」

「――ちょっと,新井あらい!少しいいかしら」

「んにゃ?」


 購買でお目当ての物を買い終わり歩いていると急に声を掛けられて振り向いた。


「げぇっ……あんた達は……」


 正直,今一番会いたくない子達と出会ってしまった。


 ここ最近は誠央学園の殺伐とした雰囲気ではなく星稜学園の楽しい雰囲気で学園生活を送っていたのに一気に楽しく無くなってきそうだった。


「何か用?こっちは関わりたくないんだけど」

「あんたが用がなくてもこっちには用があるのよ。あの子が呼んで来いってうるさいから。あなた達もさっさとその子を連れて行きなさい」

「は,はい……」


 後ろに控えていた大人しそうな3名の女の子達は命令におびえたように返事をすると私をひっ捕らえようとした。


「……見たことない子達だけど新しい子達?」

「そうよ。あの事件で知り合い達と一緒に役立たずな子達も首を切られちゃったから補充しないといけなくなったのよ」

「君達も災難だねぇ。何が原因で彼女の命令を?」


 私の両腕を掴んでる2人に聞いても黙り込んだままだった。


 まあ,誠央学園からの編入からだとすると理由は大体予想できるが――やっぱり,たちばなさん達の周り意外でも居るとは思っていた……。


「1つ忠告いい?やめた方が身のためだよ?」

「何を強気になっているのかしら?今更怖気づいた……」

「ここって誠央学園じゃなくて星稜学園だよ?実家の権力なんて無意味だからやめた方がいいんじゃない?」


 ここが誠央学園なら彼女の行動は実家の権力を使ってとやかく言われないだろう。


 だが,星稜学園では話は別だ――誠央学園と同じ行動を取ればよくて停学,最悪は退学か学生全員が強制送還にされるだろう。


「何を訳の分からないことを言っているかしら。私の父は大病院の理事長よ?黙らせることぐらい簡単よ」


 ――ガシャン……ガシャン……ガシャン……。


「いや,だからそれが意味ないって言ってるの聞いてた?馬鹿なの?」


 ――ガシャン……ガシャン……ガシャン……。


「誰が馬鹿ですって!?もう1回言ってみな――」



 ――ガシャン……ガシャン……ガシャン……。


「ああもう!さっきから煩いわね!何なのよ,この音……は……」


 彼女だけでなく私を含めた全員はガシャンと音がしていた方を向いた。


 そこには赤く塗られた四足歩行の物体……私達の半分ぐらいの大きさの蜘蛛?タガメ?のような鉄の塊が身体に取り付けられている水を撒く器具から花壇に水を上げているというシュールな光景が広がっていた。


「何……あれ……」


 私を捕えようと命令した女の子が一番最初に口を開くと赤い鉄の塊はこちらに気付いたのかガシャンガシャンと音を立てながら何故か走り出して来た。


「ひっ!?きゃぁぁぁぁぁぁ!!??何よこれ!?!?」


 怖くなったのか半泣きした状態で彼女は一目散に逃げ出して行き,私を捕まえていた女の子達も慌てて彼女を追って走り去っていった。


「……何だったの,あれ?」


 不思議に思いながら近くにいた赤い鉄の塊――訓練校で何度も見たことがあったロボットを見て苦笑してしまった。


「え~っと,赤いのは確か……コマリだっけぇ?」

『ソウダヨ~!』


 鉄の塊から可愛らしい女の子の声が聞こえて来て苦笑してしまった。

 

 まさか,この子達まで星稜学園に連れて来ていたとは……。


「――コマリちゃ~ん,何処~」

『ハ~イ!』


 聞き覚えがある声をした方を見るとロボットは走って行き,そこには薄い青髪のお姫様と亜麻髪の妖精がいた。


「やっほ~,あかりん!ゆひゆひも一緒だったんだ」

「アンちゃん?」


 赤い機体を撫でていたあかりんは不思議そうに私を見た。


杏子きょうこさんはどうしてこちらに?」

「う~ん,購買の帰り……二人は?それといつもの彼等は?」

「風紀委員会の用事が終わったので私は灯里あかりちゃんと一緒に学食に行こうかなと。スケさんとカクさんはあちらに」


 少し離れた所でこちらの様子を伺っている二人を見て肩をすくめた。


 あの2人ってLICENSEライセンス取得者としてやっていけるのではないかと思った。


杏子きょうこさんもお昼がまだでしたらご一緒しませんか?ちょうど,お願いしたいことがありましたので」

「お願いしたいこと?」


 学食に向かいながら兄であるはるるんと常盤ときわさんとの状況を聞きながら相談をされて私は呆れそうになった。


「別に構わないよ~。要ははるるんを誘惑すればいいんでしょう?」

「ええ。お願いしてもいいでしょうか?」

「もち!任せなさいなぁ~!」


 ゆひゆひに頼まれて早速はるるんと会ったら揶揄おうと悪い笑みを浮かべた。


 無論,あかりんからは忠告されたのは言うまでもなかったが……。


 ――あと,途中まで赤い物体と一緒に居たけど星稜学園の生徒達から何も言われなかったのが若干不思議で仕方がなかったのはこの際気にしないでおこう。

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