第32話 誰かを頼るのは弱さではない

「「ありがとうございました!!」」


 最後のお客様が帰ったことを確認するとスタッフの人は扉に掲げられていた看板をOPENからCLOSEに変えた。


「おう,皆!本日もお疲れ様だ!」

「店長~,私お腹空きました~」

「少し待ってろ。今賄いを作ってやるから――あと,ハル坊はもう休め」

「……はい?」


 厨房で食器を片付けていた僕を見て真哉しんやさんは心配そうな顔をしていた。


「調理しながら上の空だったぞ。問題なかったら何も言わなかったが本来ならそんな状態で厨房には立たせられないからな」

「……すみません」


 お客様に料理を提供する身としては真哉しんやさんの言う通り問題があったのは事実だ。


 素直に謝罪すると僕は早々に更衣室に戻り着替えようと向かった。


「……店長,遙人はると君どうしたんですか?」

「俺が聞きたいぐらいだ。学園から帰ってきてからずっとあんな調子だからな」


 頭をかきながら真哉さんは溜息を吐いた。


「最近,何か変わったことはなかったんですか?」

「変わったこと――美陽みはるちゃんと付き合い始めたって聞いたぐらい……」

「「遙人はると君に恋人が出来たんですか!?」」

「お,おう……。先日,孫娘に告白して付き合うことにになったと……」


 真哉しんやさんの言葉に女性スタッフ達は必死にそのことを詳しく追及した。


 一方,お店の制服から着替え終わった僕は自室に戻り机の椅子に座りながら生徒会室で聖人まさと会長から聞いた話を考えていた。


 食堂でアンちゃんが詰まらなさそうにしていた顔,司馬しば先生が最初から決められていると言っていたこと――本当にどうすることも出来ない問題であった。


**************************


『彼等が美陽みはる君を恨んでいる理由はね――お金持ちのお嬢様だからなんだよ』

『……はい?』


 僕は聖人まさと会長の言った発言にとても困惑した表情を浮かべてしまったのだった。


『お金持ちのお嬢様って……美陽みはるちゃんは常盤ときわコーポレーションのご令嬢だからお金持ちなのは当たり前じゃ……』

『実はね,遙人はると君。そのことには事情があるのよ』

 

 かえで先輩は疑問に思っていた僕に事情を説明してくれた。


 特別入試制度――星稜学園にも去年から導入された制度であるが誠央学園にも今年から導入されることになった制度であるらしい。


 そして,その中身が何かと言うと一般入試とは別で行う特別入試で合格した者を全員学費免除するという破格の制度だという。


『要するに合格すれば3年間は学費を払わずに誠央学園に在学することができ卒業後には約束された未来が待っているってことですか?』

『ええ。だから家庭の事情で学費を払えない子達が大勢押し寄せて来たのよ。試験も普通の入試と問題は同じだけど合格基準を高めに設定したらしいんだけど合格者数は100名近くはいたんじゃないかしら』


 100名近く……かなりの数がその特別入試制度で入学したようだ。


 その影響で一般入試の合格者を少なくして推薦制度を増やしたという。


『その推薦制度っていうのが誠央学園の卒業生の関係者よ。あとは,結衣ゆいのような特別な才能を持った子達に声を掛けているみたい』


 特別な才能――おそらく,学園のシンボルになりそうな子達か何かしらの才能を持つ学生を選んで学園に招こうとしたんだろう。


 話を聞くと青葉あおばさんと結衣ゆいちゃんは常盤ときわ女学園に来た推薦制度を作って入学したらしく試験も一般入試よりも緩かったという。


『卒業生の関係者が多いって言ってたのはそういう理由だったんだね。でも,その入試制度が何か関係――』

『関係大ありよ。だって,特別入試で入って来た学生達って学費も払えない子達が大半なのよ。あと,誠央学園での1学期の経緯も関わって来るけど』


 彼等の多くは苦学生……特別入試制度で入学したとはいえ彼等に取って誠央学園の環境は最悪の環境であった。


 購買や食堂の法外な値段,金持ちの学生達が下に見る態度……それだけでなく1年生にいた問題の女子グループ達による悪質な虐めもあったのだ。


『先生達も問題の女の子達から嫌がらせを受けていてね。エリート意識も強かったから彼女達を許せなかったみたい。ワザと難しい問題やレポートを出して何度も赤点取れば授業の評価を最低にするとか言い出したのよ』

『おいおい,何だよそれ……』


 織斑おりむら君が呆れた顔で言ったが僕も同じ気持ちであった。


 要するに誠央学園の悪環境だけでなく問題の女の子達とエリート意識の強い先生達に挟まれて毎日苦しい日々を過ごしていたらしい。


『でも,彼等は我慢したわ。3年間耐えて卒業さえすれば明るい未来が待っているもの――だけど,その夢も本柳もとやなぎ君達によって壊されてしまった』


 彼の行動が原因で誠央学園の卒業生達は企業で解雇される状況にもなっている。


 必死に耐えた彼等に取って未来を奪われたことは残酷過ぎる現状であった。


 そして,星稜学園に編入すると同時に支払わないと駄目になった学費。


 奨学金の制度を使えるとはいえ自分達はそんな高額の学費を将来支払うことができるのかと不安になってしまったのだ。


 だからこそ,彼等は支援をしてくれる場所に縋るしかなかったのだ。


『これがたちばなさんの周りにいる大半の子達の状況よ。本柳もとやなぎ君達は奨学金の制度で支援した,たちばなさんは彼等のために星央会の伝手を使って動いてくれている……それに比べて私は裕福な暮らしをしているのに1年生に何もしてないから恨まれているわけ』


 常盤ときわコーポレーションが1年生に支援をしない理由,1年生の中に彼女の実家に危害を加えた子息達が一定数いるからだと聞いた。


 ただ,彼女に敵意を向けている子達以外はでしかなかったのだ。


『でも,それって常盤ときわさんに敵意を向けている子達さえ何とかすれば……』

『おそらく,駄目だろうね』

遙人はると?』


 僕は美陽みはるちゃんではなく聖人まさと会長とかえで先輩の方を見た。


『残念だけど常盤ときわコーポレーションには今まで美陽みはる君が彼等にされていたことは全て報告が上がっているんだよ。日本支部の本部長さんが常盤ときわ会長には報告をしないようにしてくれているけど支援はもう駄目だろうね』

『……手遅れってことですか』


 会長の娘に危害を加えているのだ――支援などできるはずがない。


『とりあえず,今は美夜子みやこ君の協力の下で彼の言っていた美陽みはる君に敵意を向けている子達を見つけ出すしかないね。蒼一郎そういちろう,今の状況って――』


 蒼一郎そういちろう先輩達と今後の話を始め出したが、それよりも僕は敵意を向けられているにも関わらず彼等を心配する美陽ちゃんの顔が気になって仕方がなかった。


**************************


「本当にどうしたらいいんだろう」


 椅子に深く腰掛けながら天井を見詰めると珍しく愚痴を零してしまった。


 あの後,生徒会室から出たかえで先輩から他にも事情を聞くとサクラの子達が買った物は高額な品物ばかりであったらしいがどれも使物ではなかったらしい。


 そして,中学時代の彼等は真面目で問題を起こすような学生ではなかったという。


 彼等があのような状況になってしまった原因――誠央学園に入学して学園に燻ぶるに巻き込まれたことだ。


「だけど,彼等がやったことを許すことができないのも事実。そして,更にそのことが原因で新たな事件を生み出して憎しみの連鎖が続いていく」


 どちらかが滅ぶまで続く――まるで終わらない戦争だな……。


「かと言って,部外者である僕が手を出すのも違う気が……」

「兄さんは部外者じゃないと思いますよ?」

「ん?」


 目を瞑っていて気が付かなったが目の前に義妹の顔があった。


 いつの間に僕の部屋に……いや,それ以前に義妹が入ってくることにまったく気付いていなかったことが問題だろう。


 しばらく任務がなかったとはいえ義妹のことに気付かないとは……余程僕は今回のことに悩んでいたのか。


「考え事をしていてね。どうすれば彼等を助けること――って,ユフィ!?」


 よく見ると彼女はお風呂上がりであったのかバスタオルを1枚だけ撒いた姿,その溢れんばかりのスタイルを見せ付けている状況だったのだ。


「何て格好しているの!?早く服を着て来なさい!」

「別に問題はないですよ?それに,兄さんは見慣れていると思いますけど」

「そういう問題じゃないでしょう!!早く部屋に戻りなさい!」


 僕が怒ると義妹は渋々納得した顔で部屋を出ようとした。


 まったく……僕の女性恐怖症を直せたとはいえその反動でお互いにとんでもない副作用が出てしまう状況になるとは……。


 僕は罵倒されるだけで済むが義妹に関しては本当に何とかしないと――。


「そういえば,兄さん。明日,風華かざはな先輩と会う約束をされてましたよね?」


 部屋を出ようとした義妹は唐突に僕に尋ねて来た。


「うん。交流試合の時に美陽みはるちゃんと約束したからね。向こうは取引を引き受けてくれるか分からないけど」


 義妹にそのように説明したが僕がお願いをすれば取引を受けてくれるのは確実だ。


 だが,電話で聞いた話だと僕が交流試合で誹謗中傷されていたこともそうだが,あの事件があってから誠央学園に関わりたくないと考えている人は大勢いるらしい。


 ――しかも,その理由が横領のことではないことも問題でもあった。


「まあ,何か色々と言われることは覚悟の上だよ」

「そうですか。でしたら,悩んでいる兄さんに1つだけ私から助言です」

「助言?何だい?」


 義妹が僕にそんなことを言うのは珍しいなと思っていると彼女は少し微笑んだ。


「困っているなら誰かを頼るのも1つの手だと思いますよ。特に兄さんは星稜学園の先輩達とも交流も広いんですから」


 微笑むと彼女は今度こそ部屋を出て行った。


 ――誰かを頼るか……そういえば,僕はあまり人に頼ろうとしなかったな……。


 そのことでも義妹を心配させる原因にもなっていたが……。


「最悪のことも想定してあの人に頼んでみようかな」


 僕はそう思うと普段電話を掛けないある人へと電話を掛けたのだった。

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