第31話 謝罪と禍根

「――お騒がせして大変申し訳ありませんでした!!」


 美陽みはるちゃんは生徒会室の会長席に座る聖人まさと会長とその隣に立っていた風紀委員長の蒼一郎そういちろう先輩に頭を下げていた。


常盤ときわ,俺から言いたいことは色々とあるんだが――まずはあそこの怪我人に謝ることを優先した方がいいと思うぞ」


 生徒会室のソファーに座ってかえで先輩と誠央学園の1年生,朝美莉子あさみりこさんに手当をしてもらいながら片手で頬に氷を当てていた僕を見て言った。


「本当にごめんなさい,ハル!!」

「たいじょうふだからきにしないへ(大丈夫だから気にしないで)」


 未だに腫れた頬で呂律が回らないのか上手く言葉を出せずにいた。


「しかし,何とも言えない面白い記事が出回ったねぇ」

「うぅぅ……」


 聖人まさと会長の言葉に美陽みはるちゃんは恥ずかしくなったのか縮こまってしまった。


 先程,階段で起きた事件――美陽みはるちゃんが僕を押し倒していた記事が星稜学園の学生達の交流に使われているスタグル(正式名称はスターグループというコミュニケーションアプリ)の挙げられていたのだ。


「誠央学園の天才少女,星稜学園の噂の男子生徒を押し倒して堂々と昼間から不純異性交遊か……よかったな,そこの怪我人ラッキースケベ。明日から男子達に追及されるぞ」

「まったく嬉しくないんだけど!?というか,会長も蒼一郎そういちろう先輩も笑わないでくださいよ!美陽みはるちゃんが恥ずかしがっているでしょう!」

「……もう,やだぁ……お家に帰りたい……うぅぅ……」


 駄目だ……余りの恥ずかしさに美陽みはるちゃんが幼稚化し出している……。


 流石に可哀そうと思ったのかかえで先輩や先に来ていた青葉あおばさんや結衣ゆいちゃんも幼稚化した彼女を慰め出した。


 幸いなのが僕を押し倒した時の写真が挙げられていないこと――というよりも,しおりん先生か灯里あかりちゃんが削除しておいてくれたのだろう。


 明日でも二人に会ったらお礼を言って置かないと……。


「あのう,白星しらほし会長……」

「ああ,急いで来てもらったのに申し訳ないね,美夜子みやこ君」

「いえ,今回の件はこちらに非があるので構わないんですが……」


 僕の目の前のソファーに座っている橘美夜子たちばなみやこさん……交流試合の時に強気な態度を取っていた彼女も今の美陽みはるちゃんの姿に困惑しているようだ。


「とりあえず,美陽みはる君は少し放置しておいて――美夜子みやこ君,謝罪の方はどうだい?」


 聖人まさと会長がそう言うと彼女は鞄から紙束を出した。


「まずは謝罪を……神条かみじょうさん,織斑おりむらさん,今回は本当に申し訳ありませんでした。あとの3人にも後日お伺いするとお伝えして頂いてよろしいでしょうか?」


 深く頭を下げる彼女を見て僕と織斑おりむら君は肩をすくめた。


 正直に言えば,たちばなさんが頭を下げる必要がないからだ。


「ところで,それは?」

「これですか?今回の事件であなた方に誹謗中傷を行った学生達の反省文です。1人当たり5枚は書くように言っておりますのでご確認を」

「反省文とはまた……彼等から反論はなかったのかな?」


 気になったことを正直に尋ねると彼女は溜息を吐いてずり落ちた眼鏡を直した。


「流石の彼等も状況を理解したらしいです。常盤ときわさんが自分に謝罪をしなくてもいいと言っても反論している学生達もいましたが,私も擁護しないと言ったら慌てて謝罪をすると言い出しましたから」


 要するにたちばなさんの許容範囲を超える子達は切り捨てようとしたということか。


 流石の彼等も擁護してもらえずに白星しらほし総帥とたちばな会長が逆鱗が落ちれば今よりも状況が悪くなると考えたのだろう。


白星しらほし会長,それから四之宮しのみやさん。今回の一件は本当にすみませんでした。二度とこのようなことがないように彼等には注意しておきます」

「そうしてくれると助かるかな。今回の一件で星稜学園の生徒達の中に誠央学園の学生達を不審に思う学生が出てきているからね。それから,例の調査の方も」

「重々承知しております。それから――」


 何とかいつも通りに戻った美陽みはるちゃんの方を向くと彼女は頭を下げた。


常盤ときわさん,今回の件は本当にごめんなさい」

たちばなさん……」

「――ですが,あなたのやったことを絶対に私は許しません。それだけは覚えておいてください」

「ええ……肝に銘じておくわ」


 美陽みはるちゃんの言葉を聞くと彼女は僕や聖人まさと会長に頭を下げると生徒会室を出て行った。


「未だに謝る気がないってたちばなは何考えているのかしら」

あおい君,美夜子みやこ君にも色々と事情があるんだよ――そうですよね,司馬しば先生?」


 生徒会室の隅の方でこちらを見守っていた司馬しば先生は苦笑していた。


たちばな常盤ときわのことを怒っているのは倉屋敷くらやしきの実家が破綻したこともあるがどちらかといえば上級生だけを支援したことだからな」

司馬しば先生?それって……」

「要するに上級生だけを支援して1年生だけ支援を行わないことを怒っているんだ」


 彼女が問題視していること――それは上級生だけを支援して1年生だけを支援の対象に入れなかったことであるらしい。


 実は今期の1年生は問題児が多過ぎるため星央会の会長であったたちばな会長も酷く頭を抱えていたそうだ。


 しかも,厄介なことに問題を起こしていた学生の多くは星央会に長年席を置く有力者達の関係者,圧力を掛けて退学に追い込むことすらできなかった。


「今回の事件で問題を起こしていた子達と横領に関わっていた有力者達を一掃できたことはたちばな会長に取っては有難いことだったんだ。他のことでも色々と問題が目立っていたからな――だが,あまりにも残った被害が大き過ぎたんだ」


 今回の事件で一番問題となったのが,誠央学園を卒業した卒業生達だ。


 近年,卒業生達は企業に入社しても横暴な態度が目立つ者達がおり,問題視される傾向が根強くあった。


 そして,今回の事件が表沙汰になって多くの企業が誠央学園の卒業生達を色々と疑うようになり,首を切ることを決断した企業も数多くあったという。


 おまけに再就職しようにも誠央学園の卒業生ということで門前払いをされる。


 そんな状況に陥った彼等が最後に頼ったのが星央会ということだ。


「本来なら星央会は誠央学園の限られた人間しか関わることがない。だけど,今回の事件に星央会の関係者が多過ぎる。そこを追及されたら彼等を支援せざるを得ない。おまけに常盤ときわコーポレーションは上級生に支援をしているじゃない?自分達だけ何もしないってわけにもいかなくなったわけ」

「じゃあ,そのことが原因で彼女は……」

たちばな会長が調べもせずに今回の事件で疑いのあった者達を切り捨てた理由もそこにある。全員を助けたら星央会だけでなくたちばな家すら破綻する恐れがあったからな」


 たちばな会長が星央会に残った有力者と暫定理事会を立ち上げて責任を引受けたのは何もしないと思われて追及されると考えたからであるらしい。


 そして,今の1年生達は卒業生達に支援を行っていた星央会を頼り出したが,星央会も彼等まで支援をする余裕がない状況なのだ。


 たちばな家の力を使えば倉屋敷くらやしき商事ぐらいは助けることも出来るが,そんなことをすれば他の者達まで助けないといけない状況になる。


 だからこそ,彼女は自分の婚約者を助けることができない状況を作り,敬愛する祖父を困らせた美陽みはるちゃんを許すことが出来ないのだ。


「あと,美夜子みやこ君と倉屋敷くらやしき君の婚約が破断してね。京都六家の家から婚約者を選んでたちばな家を盛り返した方がいいと周りから言われているんだよ」

「……何だか色々と複雑な事情が絡みすぎていますね」


 僕の言った言葉に生徒会室にいた皆は頭を悩ませた。


 美陽みはるちゃんが善意で行った支援――そこから問題が始まり,たちばなさんは星央会を頼る1年生達を対応するしかなかった。


 そして,その状況を利用して美陽みはるちゃんを敵視する者達も集まっている。


 正直,誰かが裏で糸を引いているんじゃないかと疑いたくなる状況だ。


 だけど,誰だってこんな状況なら疑うはずだ――となると問題なのは……。


「長年積み重ねて来た爆弾が一気に爆発しちゃったってことですか?」

「ピンポーン!まあ,簡単に言えばそういうことだね。爆弾のスイッチを押したのは本柳もとやなぎ君だけど爆弾を解除させずに爆発させたから誘爆したってことだね」


 要は本柳もとやなぎ君じゃなくても同じことになっていたということだ。


 言い方を変えると彼が爆弾のスイッチを押さなければ被害が今以上に甚大になっていたかもしれないとも言えるのだ。


「だからといって彼のやったことが許されるわけではないからね。彼が今回の事件を引き起こした理由が理由だから」


 会長の言葉を聞いた美陽みはるちゃんは溜息を吐いて俯いてしまった。


 彼が今回の強行に及んだ理由――それは美陽みはるちゃんに自分を認めて欲しいという気持ちだけで動いたこと,その渦に彼女は巻き込まれただけなのだ。


「でも,不思議だよなぁ。常盤ときわさんは文句を言われているのにその本柳もとやなぎって奴は支援も何もしてないんだろう?何でそいつだけ怒られない……」

「「…………」」


 織斑おりむら君の言葉に美陽みはるちゃん達,誠央学園の学生達は黙り込んでしまった。


「――もしかして,本柳もとやなぎ君達は支援をしているんですか?」

「彼自身は何もしてない。ただ,彼の周り……本柳もとやなぎ幹事長が主体となってある支援を行っているんだ。正直に言えば,星稜学園に通えている理由もそれだ」


 本柳もとやなぎ幹事長が主体で行った支援――それは奨学金の制度である。


 星稜学園にも奨学金の制度はあるが,編入したての彼等にはまだ対応が追いついておらず誠央学園の生徒の多くがこの奨学金の制度を使っているという。


 そして,その資金を本柳もとやなぎ君の取り巻き達の家が全て出資しているらしい。


「そういえば,で入った学生達は学費免除になっていましたが星稜学園の学費って高額でしたね。でも,誠央学園の学生ってお金持ちが多くなかったですか?一般家庭の多い2年生の先輩達も困ってないような感じがしますけど」

「……神条かみじょう,ここに来る前に言ったことを覚えているか?」


 ――自分達で解決できない……最初から決められているだっただろうか。


 あと,学食で結衣ゆいちゃんがお金持ちが関係しているとか言ってたような……。


「彼等が美陽みはる君を恨んでいる理由はね――――なんだよ」

「……はい?」


 僕は聖人まさと会長の言った発言にとても困惑した表情を浮かべてしまったのだった。

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