第7話 洋食レストラン【グリルローズ】

「えっ!?僕のアルバイト先に行ってみたい!?」


 HRが終わり,あとは帰るだけになった教室では既にグループに分かれて何処かへ遊びに行こうかとクラスメイト達が話し合っていた。


 勿論、それは僕達も同じことであって……。 


「だってぇ,先程あかりんが言ってたこと気になるもん!」

「そうよね。それに,あの子も一緒に住んでいるんでしょう?」


 青葉あおばさんと結衣ゆいちゃんは灯里あかりちゃんに聞いた話が気になったようだ。


 それは,先程一緒に校内を回ることが出来なかった常盤ときわさんも同様であるらしい。


神条かみじょう君って料理が得意だって二人から聞いたんですが,本当でしょうか?」

「まあ,人並みには得意だよ」

「「何処が!?」」


 青葉あおばさんと結衣ゆいちゃんにツッコミを入れられてしまった。


「二人は知っているのか?」

「知っているよ。中学の時によくお菓子とか作ってくれたもん」

「あれはどう見てもお店レベルの味でしょう」


 その言葉に常盤ときわさんと翔琉かけるは興味を示してしまった。


 ――という事情があり,僕達は現在,アルバイト先という名の僕の居候先に5人で向かっている最中であったのだ。


「この子が結衣ゆいの言っていた灯里あかりさん!?凄く可愛い子ですね!!」

「でしょう!椎名しいな先生の妹さんなんだって!」


 歩きながら結衣ゆいちゃんは常盤ときわさんに灯里あかりちゃんの写真を見せて話を咲かせていた。


「なあ,遙人はると。お前のアルバイト先ってどんなお店なんだ?」

「洋食屋さんだよ。両親が学生時代にお世話になったらしくてね。星稜学園に入学する時にこっちでマンションを借りようかと探していたら部屋を貸してくれると言ってくれたんだよ」


 本当はアルバイトもしなくていいと言われているんだが,タダで住まわせて貰っているのに甘えるわけにはいかない。


 義妹は風紀委員会の仕事で忙しいこともあって時間がある時は義妹の分までお店の手伝いをよくしているのだ。


「なるほどな。――で,色々と教わっている内にその歳で厨房の副料理長ぽい位置になっていると」

「そうなんだよね。店長からお店を継がないかとまで言われているんだよ」

「凄く気に入られているのね」


 青葉あおばさんだけでなく翔琉かけるも驚いた顔でまじまじと僕を見つめていた。


「そういえば,みはるんの家も洋食屋さんだったよね?」


 こちらの話を聞いていた結衣ゆいちゃんが話に割り込んできた。


常盤ときわさんの実家?あれ?実家って,常盤コーポレーションじゃ……。」

「実は父方の祖父が元々は洋食屋さんを営んでいたんです。母方の祖母は常盤女学園の理事長を務めていますけど」


 所謂逆玉――というわけでなく,話を聞くと母親が父親に惚れていたらしい。


 幼少の時に偶然,街中で出会い,身分の違いから結婚は難しいと思われていたが,父親は力を示し,常盤家の者達を納得させたという。


「みはるんのお父さんって凄いよね。あおいのお父さんも凄いけど」

青葉あおばさんのお義父さんって県警の本部長さんだったよね?」

「そうよ。お兄みたいに強面だけど凄く優しいから。……お兄には厳しいけど」


 義理の娘に優しくて実の息子には厳しいらしい。


 まあ,その厳しい理由は僕も知っているから何も言えなかった。


「あ,もうすぐ着くよ」


 僕の言葉を聞いてお店を見ると――4人は絶句してしまった。


神条かみじょう君!?アルバイト先ってここ何ですか!?」

「えっ?そうだけど?」


 何故か4人はお店を見て開いた口が塞がらないような顔をしていた。


 ――洋食レストラン【グリルローズ】


 地域でも有名な洋食店でもあり,名前の通りグリル料理が名物のお店であったが,今では色々な洋食を出す名店として地域のお客さんから人気を集めている。


「ちょっと,美陽みはる!?ここって……」

遙人はると君!!本当にここのお店で働いているの!?あと,居候先も!?」

「そうだよ?」


 開いた口が塞がらなくなってしまった美陽みはる達を不思議そうに首を傾げているとお店の扉が開き,若々しい女性が看板を持ち出そうとしていた。


「あら~,遙人はると君。おかえりなさい~」

涼子りょうこさん,ただいま。新しくできた友達を連れて来たんだけどお店の中に入れても大丈夫でしょうか?」

「構わないわよ~。それで,お友達っていう……のは……」


お店から出てきた女性は常盤ときわさん達を見て固まってしまった。


そして,今度は僕の顔を見ると血相を変えて肩を掴んで慌て出した。


遙人はると君!!ユフィちゃんだけじゃなくて美陽みはるちゃんにも手を出したの!?しかも,後ろにいる美少女二人も!?流石にハーレムはどうかと思うわ!?」

涼子りょうこさん,落ち着いてください!あと,常盤ときわさん達とはそういう関係じゃ……」


 綺麗なお姉さん,とても60歳前後に見えない涼子りょうこさんに肩を揺らされていた僕は必死でそのことを否定していると声が聞こえていたのか,お店の中から慌ただしく声が聞こえて来た。


「何ぃ!?ハル坊がハーレムだと!?」

「「何だとぉぉぉ!?」」


 何故か厨房にいた店長らしき人や他の男性スタッフ達も涼子りょうこさんの話を聞くと下ごしらえをしていたのか,作っている料理を放置して僕の前まで詰め寄って来た。


真哉しんやさん達も落ち着いてください!!あと,火を使っているのに離れてどうするんですか!?それからハーレムじゃなくて学園の友達です!!」


 僕が怒鳴っている横で常盤ときわさん達が乾いた声で笑っていると真哉しんやさんは常盤ときわさんを見て目を丸くして驚いていた。


美陽みはるちゃんじゃないか!?どうしたんだ!?」

「……お久しぶりです,。それに,も」


 ――えっ?


 常盤ときわさんは真哉しんやさんと涼子りょうこさんのことを何て言った?


 聞き間違えでなければ,お爺様とお婆様と言っていたような気がしたと思っていると常盤ときわさんが改めて紹介してくれた。


神条かみじょう君。私の父方の祖父と祖母の天河真哉あまかわしんや天河涼子あまかわりょうこです……」

「はいぃぃぃぃぃぃぃ!?」


 驚愕の真実に僕の声がお店周辺に響き渡ったのは言うまでもなかった。


**************************


「悪いな,美陽みはるちゃん。勘違いさせたようで……。翔琉かける君も元気そうだな」

「いえ,気にしていませんから――って,お爺様!!神条かみじょう君と義妹さんが居候をしているってどういうこと何ですか!?」


 軽く頭を下げる翔琉かけるを他所に常盤ときわさんはテーブルを思いっ切り叩くと気になることを真哉しんやさんに質問をした。


あおいちゃんに結衣ゆいちゃんか~。美陽みはるちゃんって誠央学園では元気にしていた?」

「はい。色々と無茶をしていますが,楽しく学園生活は送っていますよ」

「お婆様も自己紹介をしていないで答えてください!!」


 初対面であった青葉あおばさんと結衣ゆいちゃんと話し込んでいた涼子りょうこさんにもツッコミを入れると僕はそのやり取りを見て笑うしかなかった。


「いや~,ハル坊の父親が昔馴染みでな。偶然,家族3人で街中を歩いているのを見掛けたら物件を探しているって聞いてな。我が家を紹介したんだよ」

神条かみじょう君のお父様とお知り合いだったんですか!?」

「ああ。正確には――おっと,この話はシュウ君としない約束だったな」


 気まずそうに僕の顔を伺うと僕だけでなく常盤ときわさんも不思議そうにした。


「悪いな。ハル坊の父親からその話は時が来るまで息子にも教えないでくれと頼まれているんだ」

「そうなんですか?」


 常盤ときわさんのその質問に僕も肩をすくめた。


 父親に何度尋ねてもこの質問だけは時が来たら話すとしか教えてくれないのだ。


 陽姫はるひ母さん,義妹の実母も事情を知っているらしいが教えてくれないという。


「しっかし,ハル坊が美陽みはるちゃんと知り合いになるなんてな」

「僕は真哉しんやさんのお孫さんが常盤ときわさんだったことに驚いていますよ。てことは,真哉しんやさんの息子さんが常盤ときわさんのお父さんってことですよね?」


 ――どちらかといえば,僕が驚いているのはそっち方だ。


 要するに真哉しんやさんの息子さんが常盤コーポレーションの現会長にしてLICENSEライセンス協会内で生きる伝説となっている常盤真実ときわまこと氏なのだ。


 僕も一度だけLICENSEライセンスの訓練校であったことはあるけど長年危険な任務を解決した影響か,雰囲気だけでも只者でないことがわかった。


「(その点,僕の師父や教官は気さくな人だったな。……あの人が誠央学園で教師をしていることも驚いたけど)」

「ところで,真哉しんやさん。僕は今日入らなくて大丈夫なんですか?」

「問題ないぞ。下ごしらえも終わってるからな。そろそろ17時になるから店を開けるつもりだが,美陽みはるちゃん達もここで晩飯を……」


 ――カランカラン。


「ただいま戻りました」

「あ!?この声って――」


 聞いたことのある声に結衣ゆいがお店の扉を見ると星稜学園の制服に肩まで伸びた薄い青色の長い髪に白い羽の髪飾りをした女の子が立っていた。


 今日は後ろ髪を上下にわけて結ぶ髪型,ハーフクラウンアップにしているようだ。


「おかえり,ユフィ。今日も風紀委員会のお仕事お疲れ様」


 テーブルから立ち上がり義妹にねぎらいの言葉を掛けた。


「兄さん,帰っていらっしゃったんですか?それに……」

「ユフィ!!久しぶり~!!」


 義妹が言い終わる前に結衣ゆいちゃんは抱き着いてしまった。


 そんな彼女を見て青葉あおばさんはその光景に呆れた顔をした。


「こらぁ!驚いているでしょう!……久しぶりね、悠姫ゆうひ

「はい,あおいさんも。それから――お久しぶりです,


 相変わらずの呼び方に僕と青葉あおばさんは苦笑した。


神条かみじょう君,彼女が義妹さんですか?」


 初めて義妹に会う常盤ときわさんは驚いた顔をしていた。


 まあ,異性問わず義妹を見た人はまずそんな顔をするだろう。


 驚いている彼女に僕は義妹を紹介しようと思った。


常盤ときわさんに紹介するね。この子は……」

「兄さん」

「ん?――えっ!?」


 急に呼ばれて振り向くと義妹は顔を俯いていた。


 しかも,只ならぬ雰囲気を出しながら……。


「……その可愛らしい女の人は誰ですか?」

「誰って新しく編入して来た誠央学園のクラスメイトだけど?」

「誠央学園……そういえば,今日編入してきてましたね。……もしかして,兄さんの彼女さん何でしょうか?」

「か,彼女!?」

 

 義妹の言った言葉に常盤ときわさんは慌て出した――が,それよりも僕は俯いていた彼女が顔を上げた素顔に顔を引き攣らせてしまった。


 その顔は,目のハイライトが消えて不気味な笑みを浮かべる,まるで何処かのヤンデレヒロインのような表情で僕を見ていた。


「私という義妹がいながら別の女の子に手を出したんですか?」

「ゆ,ユフィさん?僕と常盤ときわさんはそういう関係じゃ……!?」


 ――と,彼女は急に制服の袖から研ぎ澄まされた光る刃物を取り出した。


「兄さんの浮気者!!〇んでください!!」


 彼女はそのまま僕にザクッとそれを突き刺すと,僕は勢いよく突き刺された反動で顔を顰めるとグフっと吐血しそうになった。


「きゃあぁぁぁぁ!?神条かみじょう君!?」


 急に起こった惨劇に常盤ときわさんは顔を真っ青にして叫び出してしまった。


 ――だが,何故かその光景を見て青葉あおばさんと結衣ゆいちゃんだけでなく真哉しんやさん達まで顔を引き攣らせてただ笑っているだけであった。

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