天才少女と守護の騎士~“元”女性恐怖症の僕と“現”男性恐怖症の君は偽装カップルを演じる~
不動さん
第1章 邂逅編
第1章 序節
第1章 プロローグ
ある大雨の日。
外は滝のような雨と突風が吹き荒れ、季節外れの大荒れ天気だ。
まさに嵐を予感させる出来事にふさわしい。
「……
金髪の青年――僕、
「先程も言った通りだ。君に、最重要任務を言い渡す」
立派な机の上に置かれた1枚の書類。
「君の事情は分かっている。だが、彼女と同年代で頼れるのは君しかいない」
「僕だけって、星稜学園にはまだ他にも……」
眼鏡を掛けた若々しい青年――とても30代後半に見えない男性――は首を横に振った。
「資料を見れば分かるだろう? 彼女は『克服した君と似たような体質』を持っている。そんな彼女に、君以外に適役の護衛を回せると思うのか?」
「……」
反論することができなかった。
克服した僕と似た体質――その苦しみはよく分かる。
だが、任務を受ければ、あの時の約束を破ることになる。
「……あの約束を破ることになりますが?」
「君に言われなくても分かっている。だが、こちらにも色々と事情があるのだ。理解してほしい」
本部長は溜息を吐きながらずれ落ちていた眼鏡を直して憂鬱な顔をしていた。
この人が溜息を吐いたということは断り切れない無茶な依頼をされたのだろう。
「このことは
(
色々突っ込みたい気持ちだが、藪をつついて蛇が出ても困る。
仕方なく、腹を括った。
「了解しました。神条遙人、要請を受理致します」
「すまないな。それと、今回の任務は報酬以外に特別ボーナスも支給するつもりだ。君にはもう必要ないかもしれないがな」
いつもの厳しい顔ではなく少し笑った顔をして言われた。
僕も同じように苦笑して肩をすくめるとこれ以上は話がないのだろう。
確認して部屋を出るとそのまま協会本部を後にした。
「それにしても、護衛任務か……」
協会本部を出て未だに止みそうにない激しく雨が降る荒れた天気に傘を差しながら歩いていると先程の話を改めて考えた。
僕達――
極秘裏に活動する存在だから、護衛任務なんて滅多にない。
正体を晒すリスクが高すぎるからだ。
よほどのことがない限り、護衛任務に就くなんてありえない。
「伊澄本部長も元はLICENSE取得者だからそのことは重々承知しているはずなんだけど何でだろう…ん?」
愚痴をこぼしていると、目の前に傘もささず、通学鞄で髪を濡れないようにする女の子がいた。
こんな雨の日に傘を忘れたのだろうか?
慌てた様子で信号が変わるのをまだかまだかと今にも走り出そうな勢いであった。
「もう! 何で今日はこんなにツイてないのよ! さっきからずっと赤信号じゃない!」
かなりご立腹の様子だ。
制服からして最近ニュースで上がっていた誠央学園の学生だろうか?
そういえば、来週から
「やっと青信号になったわね! 急いで帰らないと……」
青信号に変わったのか、その子は一目散に信号を渡り切ろうとしていた。
だが、偶然にもそのタイミングで反対車線の遠くから車が接近しつつあった。
スピードを出し過ぎて止まることができなかったのだろう。
クラクションを鳴らして危険を促しているが、女の子は気付いていない。
「――まずい!」
未だに女の子は車に気付いていない。
さしていた傘を投げ捨てて一目散に女の子を助けようと飛び出した。
「くそっ! 間に合ってくれ!」
鍛えた体のおかげで常人離れした速さで横断歩道に飛び込むと、女の子が車の速度にようやく気付いた。
「えっ――」
だが、気付いた時には遅く、車がすぐそこまで迫っていた。
近くでその光景を見ていた人達は顔を両手で隠して叫ぶもの、もう駄目だと目を瞑るものなど様々であった。
――だが、本来なら聞こえるはずの人が撥ねられたような音や叩きつけられたような音は一切聞こえなかった。
「っ…イテテ…大丈夫ですか?」
――間一髪だった。
咄嗟の判断で女の子を抱きかかえてそのまま前に飛んだのは正解だったらしい。
もう少し遅ければ、女の子だけでなく自分も車に撥ねられていただろう。
「だ、大丈夫ですか!?」
慌てた様子で車を運転していた女性が真っ青な顔で自分達を心配した。
「大丈夫ですよ。それにしても服がびしょ濡れだな…あれ?」
よく見ると抱きかかえていた女の子の身体が小刻みに震えていた。
余程、怖かったのかもしれない。
あと、一歩遅ければ命がなかったかもしれないのだから。
――しかし、様子が少しおかしい。
「……きっ……」
「ん?」
「キャアァァァァァァ!?!?」
「……へっ!?」
抱きかかえていた女の子は急に叫び出した。
「い、いつまで触ってるんですか!? 変態!」
「変態!? 確かに僕はド変……!?」
言われて僕もやっと気が付いた。
自分の右手にマシュマロのような柔らかい感触がすることに。
おまけに、未だに抱きしめていたのでシャンプーか石鹸か分からないが、とても甘い香りがした。
(いや、そんなことを考えている状況じゃないだろう!?)
抱きしめるのを止めて立ち上がると女の子も立ち上がり、涙目になりながら僕のことまるでゴミを見るような目で睨んでいた。
(やっぱり、謝らないとまずいよね……)
「咄嗟の判断だったとはいえごめん。でも、わざとじゃなく、て……」
頭を下げて謝罪をしようとしたが、僕は目を見開いてしまった。
その女の子を見て、息を呑んだ。
あまりにも可愛い。
真紅の長い髪を白いリボンでツインテールにまとめ、無垢な白い肌はまるで人形のよう。
そして、虹色に輝く瞳――国内でも珍しいアースアイが、強い意志を感じさせた。
正直、男なら誰でも振り向くだろうと思う完璧な美貌を誇っていた。
だが、そんな彼女に見惚れていて気が付かなかった。
急に左頬に強い痛みを感じると僕の首は45度、横に曲がった。
「――最っ低!!」
未だに涙目で怒っていた赤髪の女の子は強烈な平手打ちをすると地面に落ちていた鞄を拾い、そのまま走り去ってしまった。
「……助けたとはいえあんなことをしたら怒られて当然だな。そういえば、何処かで見たことが……!」
平手打ちされた左頬を押さえながら、ふと伊澄本部長との会話を思い出した。
『……君に、最重要任務を言い渡す』
(本部長、ごめんなさい!! 最重要任務、初っ端から失敗したかもしれません!!)
先程、助けた女の子――護衛対象であった
何故か、この出会いがただの偶然ではない気がした。
だが、それが僕の運命を大きく動かすとは、この時はまだ知る由もなかった。
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