第34話 君のために僕ができることを

「――虐めるのはそれくらいにしませんか,風華かざはなさん?」

「えっ?」


 声をした方を振り向くとそこには車いすに乗った銀髪の幼き少女――透き通った白い肌にアメジストのような瞳に優しい笑みを浮かべる人物がいた。


「り,理世りせ先輩!?」

「お久しぶりですね,美陽みはるさん。お元気でしたか?」


 銀髪の幼き少女――理世りせと呼ばれた女の子は笑みを浮かべた。


「これは周防すおう先輩,我が社交部に何か御用でも?」

風華かざはなさん,先程のお話……私もお聞きしてもよろしいでしょうか?」


 車椅子に乗る少女の言葉に風華かざはな先輩は眉をひそめた。


「――本気で言っておられるので?他の京都六家はあの事件以降,たちばな家には一切干渉しないと決め込んでいたはずでは?」

「それはあくまでです。それに,あの2人はそんなしがらみなど気にせずに頻繁に会っていたと思いますが?」


 ニコニコと微笑む少女に風華かざはな先輩は肩をすくめた。


遙人はるとさんもお久しぶりですね。夏休みに会った以来でしょうか?」

「そうですね。お久しぶりです,理世りせ先輩」


 僕が頭を下げると美陽みはるちゃんは驚いた顔で目を見開いていた。


美陽みはるちゃん?」

「ハルの交流って本当にどうなっているのよ!?風華かざはな会長だけでも驚きなのに理世りせ先輩まで……それに,理世りせ先輩が学園に通っているのも……」

「ふふっ,実は2年ほど休学して今年に復学しましたから」

「休学!?復学!?」


 美陽みはるちゃんは開いた口が塞がらないような顔になった。


 まあ,驚いて当然というか――理世りせ先輩は今年でなのだ……。


 要するに既に学園を卒業して大学に進学していてもおかしくない。


 ――ただ,これには理由があったりもする。


理世りせ先輩は幼い時から身体が弱いのは美陽みはるちゃんは知っているのかな?」

「え,ええ……何度かパーティーで会った時に話は聞いているけど」

「実は2年生になった時に症状が悪化してね。休学していたんだけど今年になって復学することになったんだ」


 そして,彼女の休学と共にも休学することを決意――その間の2年間は僕がいた訓練校にOBとして色々と指導をしてくれた。


 あと,彼女が今回の協力を引き受けてくれたことには他にも理由があった。


「お話は聖人まさとさんからも聞きました。英雄ひでおさんが言っていたポストの件,赤松あかまつ会長が取り消しになさったそうですね」


 英雄ひでおさん……赤松あかまつ先輩と僕が後半戦前に約束した話,実はあの件は赤松あかまつ会長が認めてくれなかったのだ。


 今回の件で赤松あかまつ先輩が後継者から外されたことが原因というよりも刃物を持ち出すような危ない学生を会社に入れるなど持っての他だと言われたのだ。


 変わりに彼等が赤松あかまつ先輩のカードを使って買っていた高額品を請求しないということで無理やり決着を付かれてしまったらしい。


 ――というか,赤松あかまつ先輩って英雄ひでおって名前だったの!?


「私の病気が完治したのも赤松あかまつ製薬の御蔭でもありましたから今回は変わりにご助力したいと思いました。あと,美陽みはるさんにはご迷惑をお掛けした様で」

「あ,頭を上げてください,理世りせ先輩!」


 美陽みはるちゃんも理世りせ先輩に頭を下げられて困り果てていた。


「――なるほど,周防すおう先輩の話は筋が通っている。私が口出すことはできないな」

「納得して頂けましたか?」

「ええ。では,その件も含めて話を詰めましょうか。ただし――」


 風華かざはな先輩は美陽みはるちゃんを見た。


美陽みはる嬢は席を外して貰おう」

「ど,どういうことですか!?」


 理由が分からないのか美陽みはるちゃんは席を立って抗議をした。


「今回の件,私は乗り気ではなかったのだよ。ただ,神条かみじょう君がどうしてもとお願いをされてね。要するにこれは美陽みはる嬢との話ではなく神条かみじょう君との話し合いだ」

「ですが――」

美陽みはるちゃん」


 抗議する彼女を静止して僕は微笑んだ。


「任せてもらってもいいかな?必ず何とかするから」

「ハル……」


 この件は誠央学園に関する話,自分が交渉の場に立たないことが不満,もしくは申し訳ないんだろう。


美陽みはる嬢は話が終わるまでゆっくりとお茶をしているといい」


 そう言って置いていたベルを鳴らすと女子生徒がやってきた。


美陽みはる嬢を席まで。あと,最高級のおもてなしを」

「わかりました,部長。じゃあ,常盤ときわさん。行きましょうか?」


 僕の顔をもう一度見ると美陽みはるちゃんは渋々女子生徒と一緒にその場を後にした。


「――風華かざはなさん,別に悪者にならなくてもよかったのではありませんか?」


 薄っすらと微笑む理世りせ先輩は風華かざはな先輩に小言を言った。


「ああでも言わなければ彼女はこの場に残っていたと思うが?それに,ここからの話は込み入った話になる……しばらくの間,誰も近くには通さないでくれ」

「「Yes, My Lord.かしこまりました,我が主」」


 何処からか声が聞こえて来た男性達がそう言うと彼は紅茶に口を付けた。


「――何人ぐらいと契約をしたんですか?」

「3名だ。他の社交部の部員にも契約しているのが何人かはいる。流石に私と違って1名だけしか契約はしていないがな」


 僕は肩をすくめた。


 あの事件が原因で僕達の世代は極端に人数が少ない――おそらく社交部のメンバーと契約出来ているのは数名だけだろう。


 それに,契約そのものを好まない人達も多いからなぁ。


「話がそれてしまったな。それでは,本題を話そうか――と言いたいが,既に私の考えは決まっている」


 風華かざはな先輩が不敵に笑うと僕と理世りせ先輩は苦笑した。


「本当に美陽みはるちゃんにあんなこと言わなくてもよかったんじゃないですか?最初から協力してくれるなら――」

「残念ながらそれはできない。美陽みはる嬢が居ては話せない内容もあるのでな」


 美陽みはるちゃんがいると話せない内容……一体,何の話だろう?


「まずはその話をする前に支援策について話し合うとしよう。私の考えでは――」


 風華かざはな先輩が主体となって話を進めて行き,僕や理世りせ先輩が条件を提示しながら話を進めて行くとかなりの時間が経っていた。


「――神条かみじょう君,周防すおう先輩,内容に何か不満はあるかね?」


 理世りせ先輩は特に問題はないのか微笑んでいたが僕は顔を引き攣らせていた。


神条かみじょう君は納得できないか?」

「いえ,これなら彼等も納得しますし,美陽みはるちゃんに敵意を持っている学生達を炙り出すことも出来ると思います。ただ――何ですかこれ?」


 僕が気になっていたのは最後の部分……この支援策を作った理由だ。


美陽みはるちゃんと恋人になった僕は彼等に苦しめられている彼女に胸を痛めて何か出来ないかと考えていると苦学生達の状況を知ることになり彼等のことでも胸を痛めた。僕は居ても立っても居られず,頼れる先輩達を説得して我が身を犠牲にしてでも協力をお願いしようと――って,話を盛り過ぎでしょう!?」


 僕のツッコミに理世りせ先輩はクスクスと笑い出していた。


「人間とは壮大な物語ほど禍根や怨嗟よりも興味を示す。滅ぼされた某国の王子がその国を滅ぼした聖女と結ばれるみたいに浪漫があると思わないかね?」


 言いたいことは分かる――でも,最近思うことなんだが……風華かざはな先輩も義妹の趣味に洗脳されていないだろうかと心配になってきた。


「まあ,要は僕が目立つのを我慢すれば問題ないということでしょうか?」

「そういうことだ。理解してくれればこの件はそれで支援策を打とう」

「ありがとうございます。それと,理世りせ先輩も御助力ありがとうございます」

「お気になさらないでください。にもお願いされましたので」


 微笑む彼女を見て後日でも兄上にお礼を言った方がいいだろうと考えた。


「では,この件は終わりとして――本題を話そうか」


 重い口調で言う風華かざはな先輩の言葉に僕は真剣な表情をした。


「今回の誠央学園の全ての事件――ある人物が関わっていると私は考えている」

「ある人物?」


 僕だけでなく理世りせ先輩も首を傾げていると風華かざはな先輩の口からとんでもない人物の名前が上がった。


常盤真実ときわまこと氏――彼が誠央学園の事件に関わっていると私は思う」


 その言葉を聞き僕は椅子から立ち上がり抗議をした。


「!?ちょっと待ってください!その言い方って――」

遙人はるとさん,落ち着いてください。風華かざはなさん,詳しく話して頂いても?」

 

 立ち上がり抗議しようとする僕を静止すると理世りせ先輩は尋ねた。


「関わるといってもおそらく常盤真実ときわまこと氏はの方だ。前々からあの者が国内ではなく他の諸外国にいることが気になっていたのだ。そして,政財界のごく一部で囁かれていることだ――あの者はのだと……」

「捨てたって……」

「はっきりとは分からない。だから,私個人の考えだと言った。常盤真実ときわまこと氏がこの国を捨てた理由,それが誠央学園の話が関わっているのではないかとな」


 予想の話だとはいえこんな話を美陽みはるちゃんの前ですることはできないだろう。


 彼女を外したのはそういうことだったのか……。


風華かざはなさん,その話の根拠は?」

「――私の感だ。だが,それを否定できないこともいくつかあるのも確かだ」

「…………」


 黙り込んで考えた――それが事実なら今の美陽みはるちゃんの周りで起きている問題は彼女の父親が発端で起こっているということだ。


 だが,それが真実なら何故父親は美陽みはるちゃんを助けようともしない?


 もしかして,彼女にも言えない重要なことが隠されているのだろうか。


「むむむ……」

遙人はるとさん,お悩みですか?」

「……はい。風華かざはな先輩の言ったことが事実かまだ分かりませんがどちらにせよ彼女の父親が何かしらの情報を持っているかもしれないってことですよ」

「そういうことだ。そして,おそらくその情報を入手するのは不可能だ」

「まあ,相手はLICENSEライセンス取得者の生きる伝説――ですからね……」


 LICENSEライセンス取得者の中で言われている禁忌タブーの1つ――M級マスターランクLICENSEライセンス取得者を絶対に調べるな,自分だけでなく周りの大切な者達の命もないと思え……。


 常盤真実ときわまこと氏はそのM級マスターランクLICENSEライセンス取得者の一人なのだ。


 おまけに政財界の重臣達とも深い繋がりがある。


 調べることは容易にはいかないだろう。


「まあ,美陽みはる嬢と付き合っているなら何れその答えに辿り着くだろう。彼女の周りで起こる事件に巻き込まれるかもしれないが……」

「それはもう覚悟の上ですよ」

「そうか――出来れば君には姫様を選んで欲しかったのだが……」


 苦笑しながら言われて僕も同じように苦笑してしまった。


「では,神条かみじょう君。早急に支援を行うように手配をしよう。それから,くれぐれも先程の話は美陽みはる嬢には内密で頼む。確証もあるわけではないからな」

「わかりました。それでは,美陽みはるちゃんを待たせていますから僕はこれで。本日はお時間を取って頂きありがとうございました」

「気にしなくてもいい。また,気軽に立ち寄ってくれ。今日は聞けなかったが小説の感想も語り合いたいからな」


 風華かざはな先輩の言葉に苦笑すると頭を下げて僕は立ち去ろうとした。


「……遙人はるとさん,1つ聞いてもよろしいでしょうか?」


 立ち去ろうとすると僕に理世りせ先輩は声を掛けてきた。


「今回のお話,遙人はるとさんには何の利益もありません。あれだけ誹謗中傷をされていたのに彼等を助けようと思ったのは何故ですか?」


 僕は少し考えた……何故,彼等を助けようと考えたのかと。


 おそらくだが,彼等を助けることはだったのだろう。


 交流試合に美陽みはるちゃんが見せた今にも泣き出しそうな顔――彼女にあんな顔をさせたくなかった,少しでも笑っていてほしかった。


 ――のような彼女に悲しい顔は似合わない……。


ですから助けるのは当たり前ですよ。ただ,敢えて言うなら――」

「敢えて言うなら?」

美陽みはるちゃんが傷付かずに済みますから……答えになっていませんか?」

「いえ,十分です」


 僕の答えに満足したのか微笑む理世先輩に頭を下げると僕は今度こそ待たせている彼女の下へ向かったのだった。



~ 第1節 君のために僕ができることを 完 ~

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