第13話 お嬢ちゃん,ここでは呪文を受け付けてないよ

「――このお店だよ」


 案内されたお店を見ると常盤ときわさんと翔琉かけるは何故か目を輝かせていた。


 まさか,常盤ときわさんだけでなく翔琉かけるも来るのが初めてだったとは。


「ねぇねぇ,遙人はると君。ここのお店ってどういうお店?」

「店員さんに注文するよくあるお店だよ。常盤ときわさんって初めてだから食券の方は分かりにくいかなと思ったんだけど,あっちの方がよかった?」

「別にいいんじゃない?それよりも,早く入りましょう」


 入り口で立ち止まっていたら他のお客さんに迷惑と思ったのだろう。


 僕達は早々にお店に入るとお店は開いたばかりなのかお客さんはまだ入っておらず一番乗りであった。


「「いらっしゃいませ~!」」

「へぇ~,店内ってこんな風になっているんだな」


 田舎から上京して来た若者みたいにキョロキョロと興味津々に翔琉かけるは店内を見渡していると厨房にいた大将が声を掛けて来た。


「兄ちゃん達,ここ来るの初めてかい?」

「ええ。星稜学園の運動部から聞いて来たんですが……」

「星稜学園の学生さんだったのかい!これはサービスしないとな!」

「「サービス?」」


 常盤ときわさん達は不思議そうな顔をしていた。


 ――商業施設【スターライトモール(略称名:スタモル)】


 白星しらほし財閥が運営している超巨大な商業施設であり,名前の通り星の如く無数のお店があることから家族連れや恋人,放課後帰りの学生達が多く利用していた。


 そして,星稜学園を運営している白星しらほし財閥は学生達の息抜きとして利用してもらうために商業施設に出店している店舗とある契約を交わしていたりする。


「テナント料を安くする代わりに星稜学園の学生にサービスをして欲しいって頼んでいるんだよ。だから,放課後になると星稜学園の学生達がよく遊びに来るんだ」

白星しらほし財閥って学生を優遇し過ぎだろう?」

「まあ,それ相応のメリットがあるからなんだけどね。それよりも,他のお客さんがが来る前に注文しちゃおうか」


 メニュー表を見ると醤油豚骨がベースであったが,味噌や塩も選べるらしい。


遙人はると,お勧めってあるのか?」

「トミーの情報だと味噌叉焼が人気って聞いてるよ」

「じゃあ,俺はそれにするわ。美陽みはる達はどうするんだ?」


 青葉あおばさんと結衣ゆいちゃんは決めたみたいだが,何故か常盤ときわさんは悩んでいた。


 初めてだから悩んでいるのかなと思っていたのだが――どうやら違うことで悩んでいたらしい。


「どうしてかしら?あれが何処にも見当たらないわね」

「あれ?」

「ええ。こういうお店ってっていう呪文を唱えるとか……」

「悪いな,お嬢ちゃん。ここではそれ呪文を受け付けてないんだよ」


 話が聞こえていたのか大将が苦笑いしながらツッコミを入れて来た。


「そうなんですか!?」

「おうよ!生憎とうちの店には最初から置いてないんだ。すまんなぁ」


 気さくに笑ってくれた大将を見て僕は顔を引き攣らせながら常盤ときわさんに気付かれないように苦笑いしていた店員さん達も含めて謝罪した。


 結局,常盤ときわさんと結衣ゆいちゃんが大盛の豚骨醤油,翔琉かける青葉あおばさんが味噌叉焼,僕は皆に不思議がられていたが,塩のハーフサイズを注文することにした。


神条かみじょう君って小食なんですか?」

「そうだよ。まあ,それ以外にも理由はあるんだけどね」


 常盤ときわさんは結衣ゆいちゃんとにしたけど大丈夫なんだろうか?


 心配そうにしていると僕の心情に気付いた青葉あおばさんも同じ気持ちだったのか常盤ときわさんを見て呆れた顔をしていた。


「ところで,この後はどうするんだ?」

「ウィンドショッピングでもしながらブラブラしようかなと。あとはゲームセンターによってメダルゲームかクレーンゲームとか」

「あ,メダルゲームやりたい!みはるんとあおいもいいよね?」


 二人も問題なさそうに頷いた――となると,この後の予定は決まったのでそろそろ本題の話をしようかな。


常盤ときわさん,僕に頼んだ恋人の件って本柳もとやなぎ幹事長の御子息が関わっているのが原因であっているかな?」

「「!?」」

神条かみじょう君,もうそこまで調べが付いちゃったの?」

「僕の上司が気になって色々と教えてくれたんだよ。ただ,一番気になったのがその依頼って本柳もとやなぎ幹事長が提案したことなんだよね?」


 僕が一番気になったのはそこだ。


 彼の父親であるなら幹事長自身がご子息を止めればいいだけなのに何故そんな回りくどいことをしようとしているのか理解が出来なかったのだ。


「実はおじ様,本柳もとやなぎ幹事長とお父様って旧知の仲なのよ。それで,現政権の議員の方々も私の婚約者は本柳もとやなぎ君だろうって囁かれているぐらいだから」


 常盤ときわさん本人はまったくそんなことを考えていないが,幹事長の御子息は常盤ときわさんにゾッコンであり,周囲も二人が結婚することが当たり前という風潮があるらしい。


 そして,ここで一番問題なのがご子息が起こした誠央学園の事件である。


遙人はるとは今の政権がどういう状況になっているか知っているか?」

「知っているよ。LICENSEライセンスの訓練校で嫌と言うほど頭に叩き込まれるから」


 実は今の政府――特に現政権は若手,30代後半から40代前半の議員さん達が多く,旧政権も今まで国を支えていた年配の方達も少ないという。


 だが,未だに年配の方々の力が根強く残っているのは事実であるのだ。


「現政権が旧政権に対抗できているのはおじ様の力が大きいわ。でも,今回の事件でおじ様は責任を問われているから微妙な立場にいるのよ」


 今回の事件で一部の議員達が本柳もとやなぎ幹事長に不信感を抱いており,旧政権に鞍替えを考えてもいるという。


 そして,もう1つ厄介なことが旧政権の中心にいる一人が彼女の父親,常盤ときわ会長と犬猿の仲である新井あらい議員――誠央学園で問題を起こしている女子グループをまとめている娘さんの父親であるのだ。


本柳もとやなぎ君の周りには代議士の息子さんもいるわ。私とのことを注意したら鞍替えを考えている人達に話が流れてお父様とおじ様に亀裂が入ったと勘違いして向こうに行く可能性があるのよ」

「そうなると向こうが有利になるから政権がまた奪われて今進めている政策は全て中断。おまけに誠央学園で問題を起こしていた子達の勢いが増して今度は星稜学園で問題が広がる可能性もあると」


 僕の言葉に常盤ときわさんは溜息を吐きながら頷いた。


 学生同士の恋愛問題で政治的なことが絡むのはどうかと思うが,本柳もとやなぎ幹事長の御子息が起こしてしまった問題は色々なことを巻き込んでいるようだ。


「ま,そんな状況だから一番いいのは美陽みはるに恋人が出来て本柳もとやなぎの奴が諦めてくれることだな。それなら,おっちゃんも何とかできるって言ってたからな」

「でも,本柳もとやなぎ自身が納得しないかもしれないんでしょう?おまけにあいつの取り巻き達ってゴマを擦ろうと必死で美陽みはるとくっ付けようとしているじゃない」

「そうだよね。みはるんの気持ちも考えないのはどうかと思うなぁ」


 政治的な話は分からなかったようだが,常盤ときわさんと本柳もとやなぎ君との関係には親友としても色々と思うことがあるのだろう。


 特に結衣ゆいちゃんは自分の彼氏がそっち方面――政治的な立場に関りのある人だから恋愛に大人の事情を持ち込むのは大っ嫌いであるのだ。


「お嬢ちゃん達,その歳で色々と悩みが多いんだなぁ」


 拉麺を作っていた大将がこちらの話声が聞こえていたのか肩をすくめていた。


「あ!?すみません!お店の中なのに……」


 大将に言われて常盤ときわさんはしまったという顔をしていたが,特に大将は気にした様子をしておらず,いつの間にか従業員さん達を奥に引っ込めていたようだ。


「気にしなくていいぞ。星稜学園の学生達は話が多いってのは昔からだからな。まあ,人の恋路を邪魔する奴は馬に蹴られて地獄に落ちろって言葉もあるからその学生さんは何れ頭を蹴り飛ばされるんじゃないか?」


 豪快に笑う大将を見て常盤ときわさん達も乾いた声で笑うしかなかった。


 流石に他のお客さん達もそろそろ入って来ていたのでこれ以上は話をしない方がいいと僕達は思った。


 そう思っているとタイミングよく奥に引っ込められていた店員さんが出来上がった拉麺を持ってきてくれた。


「お待たせしました!塩拉麺のハーフサイズと味噌叉焼2つ,トッピングです!」


 常盤ときわさんの目の前に置かれた拉麺モンスターを見て彼女は絶句した――と思ったら逆に目を輝かせて喜んでいた。


「こ,これが拉麺?凄く美味しそうね!」

「その量は気にしないの!?」


 隣に座っている結衣ゆいちゃんと同様に彼女は早速美味しそうに拉麺を食べ始めた。


 翔琉かける青葉あおばさんを見ると唖然とした顔をしていたが,気にしても仕方がないと思ったのか自分の拉麺を食べ始めた。


「!?美味いな!」

「流石はトミーの情報網。予想はしていたけど,美味しいね」


 翔琉かけると同じように味噌叉焼を食べていた青葉あおばさんも美味しかったのか黙々と食べており,結衣ゆいちゃんはいつの間にかあの量で半分も食べ終えていた。


 ――ここの拉麺って普通サイズで他のお店の大盛サイズだから大盛だとそれよりも多いはずなんだけどこの華奢な身体の何処に収納できているのか不思議であった。


「……ごちそうさま」

遙人はると,小食とはいえそんな量で足りるのか?」

「ハーフサイズで普通の量だからね。それに,多分だと思うから」


 チラッと前を見ると結衣ゆいちゃんは満足した笑みで食べ終わっており,そんな彼女を見て青葉あおばさんは度肝を抜かれていたが,もう一人の方は半分を食べ終わった辺りから死んだ魚のような目でグロッキーな顔になっていた。


「も,もう……食べられないわぁ……」

「当たり前でしょう!結衣ゆいと同じ量を食べるって何考えているのよ!」


 まあ,予想通りの展開ではあった――が,やはり彼女は困った顔をしていた。


「これ,どうしよう……」

「流石に大盛を頼んでおいて残すのはねぇ。結衣ゆい,まだ食べれそう?」

「う~ん,流石に私もお腹いっぱいだよ」


 3人は困った顔をしてどうしようかと考え込んでいたが,僕は常盤ときわさんの目の前に置かれていたラーメン鉢を自分の前に持って来た。


神条かみじょう君?」

「予想はしていたからね。残りは僕が食べるけどいいかな?」

「――ええ,申し訳ないけどお願いしてもいいかしら?」


 申し訳なさそうにする彼女の確認を取ると僕は残っていた拉麺を食べ始めた。


「……食べちゃった」

「食べたわね」

「どうしたの二人とも?不思議そうな顔をして」

「みはるん――気付いていないんだね」 


 結衣ゆいちゃんに言ったことに常盤ときわさんは首を傾げて不思議そうにしており,翔琉かける青葉あおばさんに至っては何故かニヤニヤした顔で笑っていた。


 そんな彼女達のやり取りを他所に僕は何とか常盤ときわさんが残したラーメンを完食したのだった――が,お店から出ると先程の彼女と同様に死んだ魚のような目をしていたのは言うまでもなかった。

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