第12話 友人達との休日

「んじゃ,はるるん。またね~」

「色々とありがとう。一緒にお昼に行かなくていいの?」

「問題ないよん。それに,私まで一緒にいたらあの子達と遭遇した時にややこしくなるからねぇ。あかりんには久しぶりに会ったけど,にもアンコは無事生きてるって言っておいて~」


 そう言って軽く手を振るとアンちゃんは人混みの中に消え去って行った。


 それにしても,色々と事情を知ることが出来て助かった。


 お礼にアンちゃんが大好きな京都のどら焼きをに買ってきてもらおう。


「――さてと,待ち合わせは時計台に11時のはずだからそろそろ……」

遙人はるとく~ん!!こっちこっち!!」


 声をした方を振り向くと結衣ゆいちゃんが元気いっぱいに手を振っていた。


 そして,その横ではキャップ帽を被りボーイッシュな格好をした青葉あおばさんがいた。


「ごめんね,待たせたかな?」

「大丈夫だよ~。みはるんと翔琉かける君もそろそろ来るんじゃないかな?」


 白いシャツにベージュ色のプリーツスカートを履いた金髪の美少女はキョロキョロと辺りを見渡すとそれだけで周囲の男性の目線を集めていた。


結衣ゆい~,拉麺食べに行くのにその色のシャツはどうかと思うわよ?」

「え~,だって折角のデートだよ?」

「デートなのは結衣ゆいじゃなくて美陽みはるでしょう!まあ,私達がいる時点でデートではないような気もするけど」


 青葉あおばさんの言葉に僕も苦笑しながら頷いた。


 先日の【グリルローズ】での夕食中――僕は常盤ときわさんから護衛任務と言う名の恋人になって欲しいというお願いをされたのだ。


**************************


「か,神条かみじょう君!私の――恋人になってくれませんか!!」

「……へっ?」


 僕は常盤ときわさんから言われた言葉に間抜けな返事をしてしまった。


 その隣では目が笑っていない義妹と常盤ときわさんの発言に開いた口が塞がらない青葉あおばさんと結衣ゆいちゃん,事情を知っていたのか大笑いしていた翔琉かけるがいた。


「兄さん,少し外でお話をしましょうか?」

「ちょっと待って!?僕にも事情が分からないんだよ!?」


 冷ややかな目で見る義妹を宥めると自分の言ったことが恥ずかしかったのか縮こまって俯いていた常盤ときわさんを見て――ちょっと可愛いと思ってしまったのは内緒だ。


「まあ,驚くのは無理はないと思うが,真面目な話なんだ」


 大笑いしていた翔琉かけるが真面目な顔をするとあおい結衣ゆいも真面目な表情になった。


 そして,落ち着いたのか常盤ときわさんは一度溜息を吐くと事情を話し出した。


「行き成りこんなことを言ってごめんなさい。詳しい事情は後日話すけど近日中には返事を頂きたいの。もし駄目だったら別の人でも構わないわ」

「別の人――常盤ときわさんって男性恐怖症だよね?それなのに恋人になって欲しいってどういうこと?しかも,僕じゃなくても構わないって……」


 はっきり言って狂気の沙汰としか思えなかった。


 冷ややかな目をしていた義妹も僕の体質のことを知っているためか常盤ときわさんの発言にやはり驚きを隠せずにいた。


「もしかして,美陽みはる。その依頼ってあいつ等が関係している?」

「ええ。彼は自宅謹慎中だけど学園に戻ってきたらまた私にしつこく迫ってくるかもしれないでしょう?対策できることは対策しておかないと。それに……」


 僕だけでなく隣にいる義妹を見ると少し困ったような顔をした。


青葉あおば先輩に聞いたんだけど,誠央学園の男子生徒が問題を起こしたんじゃないかしら?特に石神いしがみ君って男子生徒が全然話も聞いてくれなかったとか」

「げぇっ,あいつ早速問題を起こしたの?」

石神いしがみ君って全然懲りないよね。あおいの脅しにも屈しないから」


 3人は石神いしがみと言う名の男子生徒のことを話すと呆れた顔をした――が義妹は特に問題なさそうに笑っていた。


あおいさんの言う通り脅しに屈しない人でしたね。私に対しても値踏みするような目で見られましたから。ただ,早々にお帰り頂きましたけど」

「何て命知らずな……」


 不思議がる4人を他所に僕は義妹に付き従う番犬2人を思い浮かべるとその石神いしがみ君達にご愁傷様と思った。


 間違いなく彼等は親衛隊のブラックリストDEATHNOTEに載せられただろう。


「でも,美陽みはるさん。行き成り恋人になってほしいというのは難しいんじゃないでしょうか?恋人ならそれ相応のスキンシップをしないと怪しまれると思いますから」

「うっ……」

「まあ,ユフィちゃんの言う通りだよな。あいつが一番諦めてくれそうなことではあるんだが、肝心の美陽みはるが男性恐怖症だという」

「そ,そんなこと理解しているわよ!でも,あの子が私と争っているから彼にこちらの味方のようなことをされたらもう収拾が付かなくなるから」


 大きなため息を吐くと頭を抱え出してしまった。


 どうやら,僕達が思っているほどかなり深刻な問題を抱えているらしい。


「でしたら,今度のお休みの日に兄さんとデートをしてきたらどうでしょう?」

「「デート!?」」


 僕だけでなく常盤ときわさんも叫んでしまった。


「デートと言ってもお姉様達も一緒に遊びに行くってことです。私は風紀委員会の仕事でご動向はできませんが,まずは皆さんで交流を深めてはどうでしょうか?」


 義妹の提案に最初は目を丸くしたが,交流を深めるという意味ではそれも有りかなと思い,次の土曜日にでも皆で商業施設へ遊びに行こうと決めたのだった。


**************************


 ――ということがあって,皆で一緒に遊び行こうと思ったのだが……。


「まさか,常盤ときわさんは拉麺を食べたことがないとは……」

「意外だった?」

「いや,よくよく考えたら常盤ときわさんってお嬢様だったね」


 平日の学園で何処へ遊びに行こうかと話しているとお昼も一緒にどうかなと提案があり,お昼前に集まろうと決めたのだが――常盤ときわさんがそれなら拉麺屋さんに行きたいと言い出したのだ。


「あの子って滅多に外食行かないのよね。私達がファミレスに連れて行くことはあるけど焼肉屋さんにも行ったことがないんじゃないかしら」

「なるほど……」


 彼女の両親は仕事が忙しくて滅多なことでは家に帰って来ないらしく,今は一人で高級マンションに住んでいるという。


 そんな彼女の身の回りのお世話は全て父親である常盤ときわ会長が連れて来た家政婦さんがやっており,料理も絶品であったことから外食をする必要もなかったというのだ。


 ちなみに,隣には翔琉かけるが一人暮らしをしているので誠央学園にいた時は青葉あおばさんや結衣ゆいちゃんも招いて一緒にご飯を取っていたこともあるらしい。


「ただ,その家政婦さんの親御さんが倒れたって聞いたから今は別の人が来ているはずなのよね。どんな人が来ているかはまだ私達も会ったこと……」

あおい~,結衣ゆい~!」


 遠くから声をする方を見ると常盤ときわさんと翔琉かけるが一緒に歩いて来た。


 ベレー帽にチェックのスカート履いており,結衣ゆいちゃんの時と同様に周囲の男性の視線を彼女は集めていた。


「遅れてごめんなさい。神条かみじょう君も待たせてしまったかしら?」

「問題ないよ。それにしても,常盤ときわさんの私服姿,とても可愛いね」

「なっ!?」


 ボンっと一気に顔を赤くなり僕だけでなく隣にいた翔琉かけるまで笑ってしまった。


遙人はると君,みはるんってそういうのに慣れてないから駄目だよ?」

「そういえば,そうだったね。ごめんね」

「べ,別に問題ないから大丈夫よ!」

美陽みはる,喋り方がもう素になってるわよ?」

「うっ……」


 照れる彼女を見て僕達は笑ってしまった。


 先日の夕食以降,僕の前でも素の姿で接してくれるようになった常盤ときわさん。


 ――だが,それは常盤ときわさんだけではなく僕も同じであった。


「お,今日はを着けてないんだな」

「まあね。このメンバーであの格好だったら僕だけ浮いちゃうでしょう?」


 学園での髪型――前顔まで伸びた陰キャのような髪型ではなく今は素顔を見せてもワックスを付けた状態にしていた。


「それにしても,神条かみじょう君ってどうして学園ではあんな格好を?」

「あんまり目立ちなくないんだよ」


 実は常盤ときわさん達がお店から帰る時に義妹が僕の髪型のことを教えてしまい,結衣ゆいちゃんが昔のことを話したこともあってカツラを着けていることを告白。


 カツラを取った姿を見せた時は常盤ときわさんと翔琉かけるに驚かれてしまった――というよりも常盤ときわさんには痴漢をされた金髪の男の子に似ていたということで帰るまでジロジロと見られていて生きた心地がしなかった。


 まあ,あの金髪の姿も僕の姿なので間違ってはいない。


 あんな夢を見てしまった手前,夢と同じような出来事にはなって欲しくないので彼女に金髪であることは教えないでおこうと心に誓った。


「そっちの姿の方が絶対カッコいいと思うよ?みはるんもそう思うよね?」

「えっ!?そ,そうね」

美陽みはる,顔が赤くなり過ぎているぞ。初心にもほどがあるんじゃないか?」

「仕方ないでしょう!!こういうことに慣れていないんだから!!」


 翔琉かけるに抗議をする彼女を見て青葉あおばさんと結衣ゆいちゃんは肩を竦めていたが,僕はそんな彼女とこれから恋人になるかもしれないと思うと前途多難な予感がしてしまった。

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