第14話 遙人の意外な特技

「うぷっ……」

「おいおい,大丈夫か?」


 女の子達が服を選んでいる間,僕は近くのベンチに座って翔琉かけるに介抱されていた。


 流石に今は落ち着いているが,お店を出た時は青ざめており,大将にも無理しなくていいぞと笑われてしまったのだ。


「それにしても――美陽みはるは全く気付いてないんだなぁ」

「……常盤ときわさんの拉麺を食べたことかな?」


 正直に言うと,僕も翔琉かけるに言われて気付いたぐらいなのだ。


 義妹にも同じことをしていたのであまり気にしないでいたのだが,常盤ときわさんは家族でもなければ今は恋人でもないのだ。


 注意を怠っていたなと少し反省をしている。


「だが,いい傾向だと思うぞ。遙人はるとに恋人役を任せようと思っているんだから色々と慣れてもらわないと駄目だと思うからな」

「でも,彼女は全く気付いていないんでしょう?」


 遠くから可愛らしい服を選んでいた常盤ときわさんを見て苦笑してしまった。


 青葉あおばさんと結衣ゆいちゃんは気付いていたようだが,帰り際にドッキリで教えようと考えているのか今は何も言わないでおこうと思っているらしい。


「しかし,ユフィちゃんのことはいいのか?夕食の時,かなり引き攣った笑みを浮かべていたぞ?やっぱり,恋人役とはいえ兄に彼女が出来るのは――」

「あの子は僕に恋人ができるのは大歓迎だよ。ただ,審査が厳しいけどね」


 僕のことが大好きで恋人が出来なければ結婚をすると宣言している義妹。


 そんな彼女であるが,僕に恋人ができることはむしろ大歓迎である。


 だが,小学校の時に僕が虐められていた事件を未だに引きずっているのか女の子と友達になる場合も念入りに素行調査を行ったりしているのだ。


「それはいくら何でもやり過ぎじゃないのか?」

「僕もそう思うんだけど一向に引いてくれないんだよね」


 僕は大したことないと言っているが,僕を小学校の時に虐めていた女の子の陰湿な数々の虐めを考えると義妹があそこまで過剰になるのは仕方がないと思った。


 何せ,星稜学園でその話をすると皆は優しい目をするだけでなく僕と同じように虐めを受けていた子達もあまりにも酷すぎる内容だと同情するほどなのだ。


「どうやら,僕は虐められていたことで感情――怒ることや悲しいとか嘆くといった感情が欠落しているらしいんだよね。御蔭でLICENSEライセンスの訓練校や任務では普通の学校よりも優秀な生徒だと言われてたよ」

「……すまん。嫌なことを思い出させたようで」

「そんな顔をしないで。僕は本当に気にしてないから」


 義妹と同じように翔琉かけるにも心配そうな顔をされてしまった。

 

 僕自身も同年代の子達と比べて異質な考えを持っていると十分理解している。


 感情の一部が欠落している――その影響があったからこそ僕はあの事件で生き残ることができ,平気でいられたのだ。


「そこの二人,暗い顔をしてどうしたの?」


 服を見終えたのか声を掛けた青葉あおばさん達が暗い顔していた僕達の前まで来ていた。


「ちょっと,昔のことを話していたんだよ」

「昔……そういうことね」


 青葉あおばさんは話の内容を理解したのかそれ以上は何も言って来なかった。


 詳しいことは知らないと思うが,彼女も一部は知っているのだろう。


「ねぇねぇ,そろそろゲームセンターの方に行かない?」

「そうだな。遙人はると,もう動けるか?」


 大丈夫だよと言うと皆でゲームセンターがある最上階まで向かって行った。


「うわぁ,凄い人――というか,学生が無茶苦茶多くない?」


 最上階のゲームセンターの前まで来ると私服を着た若い子供達だけでなく制服を着た誠央学園や星稜学園の学生達以外に他校の生徒達も遊びに来ていたのだ。


「よし!結衣ゆい,私達はメダルゲームで稼ぎまくるわよ!」

「おおう!!」

「おいおい,燥ぎ過ぎて他の人に迷惑かけるなよ」


 保護者のように二人の後に付いて行った翔琉かけるを見て僕は笑ってしまった。


「――よかった」

常盤ときわさん?」


 僕の顔を見て何故か少し微笑んでいた。


神条かみじょう君,さっき遠くから見ても暗い顔をしていたから」

「義妹にもよく言われるんだけど僕ってそんなに暗い顔をしている?」

「う~ん,今はそんなことはないと思うけど……」


 虹色の瞳アースアイに覗かれて僕は少し不思議に思ったことを尋ねた。


常盤ときわさんって男性恐怖症だけどそんなことをして大丈夫なの?」

「これくらいの距離なら平気よ。ただ,至近距離まで来られると……」

「――先日のトミーみたいになっちゃうってことね」


 尊い犠牲トミーの屍を目の当たりをしたことでそれ以降は犠牲者は出てなく平穏無事な学園生活を送られているのだ。


「この間の冨塚とみつか君には申し訳ないことしたわね。まあ,彼等に比べたら……」

「どうしたの?――んん?」


 常盤ときわさんがじーっと見つめている方を向くとそこには一台のクレーンゲームの中に可愛らしい猫のぬいぐるみが入っていた。


「これ,可愛いぃぃ!!」


 子供のように目を輝かせてクレーンゲームの中にあったぬいぐるみを見つめると彼女は財布を取り出してコインを投下した。


「ここをこうしてっと……よしっ!」


 彼女が狙っているぬいるぐみ,白い猫に小さな黒い猫が引っ付いていたぬいぐるみに標準を合わせるとアームを投下した。


 だが,ぬいぐるみは軽く引っ掛かるだけで取ることが出来なかった。


「あ~,失敗したぁ!でも、次こそ!」


 あまりの必死さに僕は笑いそうになったが,必死な彼女を見て同時に微笑ましくもなり楽しそうに見ていた。


 だが,流石に7回目ぐらいになると顔を引き攣らせてきた。


常盤ときわさん,流石にやり過ぎのような……」

「大丈夫よ!まだまだお金はいっぱいあるから!」

「いや,そういう問題じゃなくてね……」


 僕が言いたいのはお金のことじゃなくて常盤ときわさん自身のことであった。


 あまりの必死さに目がキマっており,さっきから『猫……ほしい……フゥ……』とか周りの人達がその可愛らしさとは裏腹にドン引きする表情をしていたのだ。


「また外したぁぁぁぁ!!でも,次こそは!!」

「……常盤ときわさん,僕がやろうか?」

「えっ――」


 周りの状況も見兼ねた僕が急に変わってくれと言うと驚いた顔をされてしまったが,笑みを浮かべると彼女は素直に変わってくれた。


常盤ときわさんが欲しいのって尻尾に黒い子猫が付いているぬいぐるみだよね?」

「そうよ!神条かみじょう君,取れそう?」


 物欲しそうに期待したような目をされたのでご期待に答えようと思った。


 父さんから店員さんに目を付けられて出禁にされるから乱獲はしてはいけないと言われていたが,既に7回も失敗しているなら問題はないだろう。


 僕は器用にアームを動かすと先程から苦戦していたぬいぐるみを一発で取って見せた。


神条かみじょう君,凄い!一発で取れるなんて!」

「自慢じゃないけどこういったことは得意だから。はい,どうぞ。」

「あ……。」


 僕に触れそうになって少し戸惑っていたが,欲しがっていたぬいぐるみを恐る恐る受け取ると常盤ときわさんは満面の笑みを浮かべて喜んでいた。


「ありがとう,神条かみじょう君!大切にするわね!――えへへ」


 ぬいぐるみを抱く仕草も合わさって周りの人は立ち止まって彼女に見惚れていた。

 

 無論、それはぬいぐるみを渡した僕自身もだ。


「(あんなに喜んでくれるならぬいぐるみを取ったかいはあったかな。それにしても,常盤ときわさんって笑うと本当にあどけない顔で笑うよなぁ)」


 普段とのギャップも合わさって本当に可愛いと思ってしまった。


「あれぇ?みはるん,そのぬいぐるみどうしたの?」


 メダルゲームで遊んでいた結衣ゆいちゃん達が大量のバケツを持ってやって来た。


神条かみじょう君が取ってくれたのよ。……そっちも凄いわね」


 いつもの顔に戻ると大量のバケツを抱えた結衣ゆい達を見て驚いてしまったようだ。


翔琉かける君が大当たりを引いてね!タワーになっていたメダルを一気に崩したから」

「俺は初めてだったからまったく何が起こったかわからなかったぞ?」


 メダルを入れた瞬間に当たりを引いたと思ったら行き成り画面が暗くなって上から大量のメダルが降ってきたらしい。


 多分それ,確率が無茶苦茶低い大当たりを引いたんじゃないだろうか…‥。


翔琉かけるって本当にそういった運が強いわよね。くじでもほぼ1等取ってるから」

「そうなんだ」

「俺もなんでだろうなっていつも思っているぞ。にしても,美陽みはるって相変わらず可愛い物が好きだよなぁ。自宅にもぬいぐるみ結構あるだろう?」

「いいでしょう,別に。何か問題でもある?」


 不貞腐れた顔で睨むと僕は彼女が可愛い物好きであることを思い出した――と,同時に結衣ゆいちゃんが僕の顔を見て何かを思い出したようだ。


「そういえば,遙人はると君の小さい時って無茶苦茶可愛かったよね?」

「えっ!?そうなの!?」


 その話を聞いた瞬間,常盤ときわさんが食い付いて来た。


悠姫ゆうひに写真を見せてもらったけどあれは可愛いってレベルじゃないでしょう?というよりも,あれで男の子なのよね」

「酷い言われようだけど僕はれっきとした男……常盤ときわさん?」

神条かみじょう君,その写真って今持ってるいるかしら?あるなら是非見たいんだけど!」


 先程,ぬいぐるみを取ろうとした時と同じようなキマッた目で『写真……見せて…‥』と詰め寄られて僕は冷や汗をかいてしまった。


そんな彼女を見て3人は軽く笑っており,僕を助ける気はないらしい。


常盤ときわさん,とりあえず落ち着こう?写真は今度持って……」

「やっと見つけたぞ,四之宮しのみやさん!」

「「えっ!?」」


 急に声を掛けられて僕達がそちらを振り向くとそこには数名の男性達がいた。


「げぇっ!?何であの先輩がここに……」

「マジ最悪なんだけど!」


 男性達――特に結衣ゆいちゃんの名前を呼んでいた中央の男性を見て翔琉かける青葉あおばさんだけでなく常盤ときわさんも呆れた顔で溜息を吐いていた。


 そして,名前を呼ばれた結衣ゆいちゃんはというと男性の顔を見るだけでとても嫌そうな顔をしており,僕は目の前の彼等と何かあるんだろうなと思ってしまった。

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