第3節 外伝物語

外伝 緊急要請とは穏やかではない(翔琉視点)

「「間接キスゥゥゥゥ!?」」


 遙人はると達が教室から居なくなった後,残っていたクラスメイト達は二人の変わりに先日の商業施設の話を聞いて驚いていた。


神条かみじょうさん,その話って本当なの!?」

「でも,常盤ときわさんって男性恐怖症だよね!?そうだよね!?」


 一緒に話を聞いていた誠央学園の女子生徒達も彼女達と同様に信じられないと言う顔で話をしていたユフィちゃんを見ていた。


「私もお姉様たちから聞いただけなので詳しくは知りませんが,家に戻ってから兄さんにも再確認を取りましたので事実だと思いますよ」

「「――事実なんだ…‥」」


 彼女の言葉を聞いて驚く子達もいれば酷く落胆する子達もいた。


「なぁ,星稜学園の女子達って何であんなに落胆しているんだ?」

「トミーから聞いてないのか?うちのクラスメイトの大半って遙人はるとのことを狙っている女子が大半だぞ?他のクラスにも結構いるけどな」

「マジかよ!?でも,神条かみじょうってどうみてもモテそうな感じしないぞ?言い方が悪いかもしれないが見た目どう見ても陰キャ――って,何で女子達睨んでいるの!?」


 遙人はるとのことを陰キャと言った誠央学園うちの男子は女子達に睨まれていた。


「今回は見逃すけど次に遙人はると君のこと馬鹿にしたら承知しないわよ?」

「いや,別に俺は馬鹿にしたつもりは――というか,皆は神条かみじょうの何処がいいんだ?」

「だよな。義妹さん,神条かみじょうって何か凄い特技とかあるのかな?」


 これは男子達の率直な疑問であった。


 ここまで女子達から人気があるということは何かしら凄い特技でもあるんじゃないかと思ったらしい。


「そうですね。成績は20位前後,運動系の部活に入っていませんけど運動神経も良い方ですね。あと,家事全般も出来て特に料理が得意です。生徒会や風紀委員会のお手伝いも良くしていて――」

「「ハイスペックじゃねぇか!?」」


 誠央学園の男子達が一斉にツッコミを入れると星稜学園の男子達は笑った。


遙人はるとって見た目で判断できないけど本当に凄い奴だからな。何度も白星しらほし会長に生徒会に入ってくれって打診されてもいるし」

「本当にあいつって何者なんだろうな……にしても,桐原きりはらは驚かないんだな?」


 さっきからまったく驚いていない自分を見て不思議に思ったのだろう。


「最初から面白い奴とは思っていたからな。まあ,それもユフィちゃんとの最初の出会いの方が衝撃的で塗り替えられたが」

「何かあったのか?」

「おう!遙人はるとがユフィちゃんに刺されてな!」

「「刺された!?」」


 驚いてユフィちゃんを見ると彼女はクスクスと笑っていた。


 そして,事情を知る星稜学園のクラスメイトはここにいない彼にご愁傷様と乾いた声で笑っていた。


 どうやら,彼女の遙人はるとに対しての悪戯は有名な話であるらしい。


 事情を話すと皆は納得してくれたようだが,目の前の女の子がそのような悪戯をするとは到底思えないらしく何時ぞやと同じように宇宙猫になっていた。


桐原きりはら,少しいいか?」

「ん?委員長?」


 話をしていると教室の扉が開いて普段から教室を空けている委員長が重い口調で自分の名前を呼んでいた。


「委員長,こっちに来てからあまり教室にいないけど何処に行ってるんだ?」

「少し野暮用……いや,今はその話はいい。悪いが,急ぎの話だ」


 委員長からその言葉が出た瞬間,自分は眉をひそめた。


「悪いな,お前等。委員長と話したら俺はそのまま帰るわ」

「おう!おつかれ,桐原きりはら

「またね~,桐原きりはら君」


 クラスメイト達に挨拶をすると自分は鞄を持って教室を出た。


「談笑していたのにすまない。一緒に来てくれるか?」

「別に構わないぞ。それで,何があったんだ?」


 委員長が滅多に教室に居ない理由――実はその理由は美陽みはるのことだったりする。


 夏に起きた横領の告発事件で迷惑行為を繰り返していた1年生の女子グループは星央会の崩壊と共に半壊する状況になっていた。


 そして,事件を告発した本柳もとやなぎ自身も同じ状況となっている。


 現在,彼は自宅謹慎を言い渡されて取り巻き達も行動が制限される状況となっている――まあ,先日の学園案内の時に問題を起こしたとも聞いているが……。


 なので,委員長が自分を呼ぶのはあそこで問題が起こった時だけのはずだ。


たちばなの所で何かあったのか?」

「ああ。しかも,今回の交流会に絡んだ話だ」

「おいおい,マジかよ」


 交流会の話と言うことは赤松あかまつ先輩が関わる話になるからだ。


 他にも試合があるからはっきりとは言い切れないが,今の状況を考えるとそのことが一番当たってそうな予感がした。


「ともかく,一緒に来てくれ。向かいながら事情を話そう」

「――少し待ってもらえますか?」


 歩き出そうとした瞬間,後ろから声を掛けられて振り向くとそこにはユフィちゃんと彼女と良く一緒に居る男子生徒2人がいた。


「――君はたしか……」

「そういえば,委員長は初対面だったな。神条悠姫かみじょうゆうひ,ユフィちゃんは遙人はるとの義妹だ」

「なるほど。あいつの義妹か」


 他の男子達と違って彼女を見ても委員長はあまり驚いた態度を示さない。


「リアクションが薄いぞ,委員長」

「美人であることに変わりはないが,俺はあまりそういったことに興味がない。それに,彼女のことは嫌というほど愚弟から聞いている」


 ユフィちゃんのことはトミーから聞いているらしい。


 溜息を吐く委員長に気にした様子もなくユフィちゃんは近付いて来た。


冨塚とみつかさんは私のことを御存じでしたか?」

「星稜学園の目立った学生は目を通しているつもりだ。あと,すまないがこちらは急いでいるんだ。要件があるなら早急に頼む」

「わかりました。では,その件ですが――ご同行してもよろしいでしょうか?」


 彼女から出た言葉に委員長は眉をひそめた。


「この話は誠央学園の問題だ。星稜学園の学生である君を呼ぶわけ――」

「その件に交流会,美陽みはるさんや赤松あかまつ先輩が関わっていると言っておりましたね?それから,交流会の試合には兄さんも出ます。私も部外者というわけではないですよ?」

「…………」


 ユフィちゃんを見て委員長は目を吊り上げて睨んでいるような表情をしたが彼女は全くといって動じている素振りを見せてなかった。


「……君の言うことも最もだな。いいだろう……付いて来てくれ」


 折れた委員長は一度大きな溜息を吐くと先に歩き出し,ユフィちゃんは後ろ姿の委員長に軽く頭を下げるとこちらに軽く笑みを浮かべた。


翔琉かけるさん,早く行きましょう?」

「……ユフィちゃんって意外と強引な所あるんだな」

「そうでもないですよ?」


 笑みを浮かべる彼女は自分よりも先に委員長の後に付いて行った。


「本当に興味が絶えない子だなぁ――ん?」


 視線に気付いたのか振り向くと彼女の取り巻き2人が自分のことを凝視していることに気が付いた。


「俺の顔に何か付いているか?」

「いや,姫様が名前で呼ぶ男子がどういった者か気になっただけだ」

「そっか。気になるならこっちだけでも名前で呼ばないようにしようか?」

「気にしなくていい。我等は姫様の意思を尊重している」


 お堅そうな2人の口調に苦笑すると自分も委員長達の後を追いかけて行った。


「――はぁっ!?お前等,それ本気で言ってるのか!?」


 委員長に付いて行くとそこは旧校舎,今は資料室になっている建物の近くだった。


 そこには誠央学園の男子生徒達が困ったような顔をしており,事情を聞くと自分は彼等から聞いた有り得ない言葉に耳を疑った。


「言いたくないが,それってもう犯罪だぞ?」

「そんなことは言われなくても分かっている!だから困っているんだ!」


 自分達が話をしているのは誠央学園のバスケ部の1年生――星稜学園に編入したことで現在は何処の部活にも所属していない学生達であり,そこに目を付けた赤松あかまつ先輩は彼等が世話になっているたちばなにある取引を持ち掛けたのだ。


 そして,そんな彼等にある問題が起きていた。


「星稜学園の出場メンバーに薬を盛る,ですか……」

「ああ。軽い腹痛を引き起こす薬だったんだが,飲み物に入れたそれを相手さんに渡すつもりでいたらしい。まったく,あいつは何を考えているんだ」

「――そのことをたちばなには報告したのか?」


 その場にいた4人は一度顔を見合わせると首を横に振った。


「報告しようとしたら他の奴等に止められてな。そんなことが赤松あかまつ先輩に知られたらこの話そのものがなかったことにされるって言われたよ」

「それは少しおかしくないでしょうか?既にこの件は事件になっていると思います。即刻,中止にするべきかと思いま――」

「君は俺達の状況がどうなっているか把握しているかい?」


 ユフィちゃんの忠告を遮ってバスケ部の彼は彼女に自分達の状況のことを尋ねた。


「俺達はそこまで必死じゃないがたちばなさんの周りには将来のことが不安過ぎて理性を保てない奴等もいる。その影響で常盤ときわさんを恨んでいる奴等も……」

「俺達もたちばなさんに頼まれて試合に出たが,今では出たことを後悔してるよ。君の言う通り宝城ほうじょう会長……いや,今は副会長か。宝城ほうじょう副会長か先生達にこのことを報告するべきか迷った。だけど,薬を盛ることを許容する連中だ。試合そのものが中止になったら関係のない星稜学園の生徒に被害が出るかもしれない」

「――それで,冨塚とみつかさんに相談して翔琉かけるさんを呼んでもらったと……」


 話を聞いたユフィちゃんは自分を見てどのような判断を下すか気になるのだろう。


 正直に言えば,この試合は即刻中止するべきだと思う。


 だが,中止して騒ぎになるのも問題だが,美陽みはるに牙を向かれたら本末転倒だ。


「委員長,俺を呼んだ理由って何だったんだ?」

「そいつの変わりにメンバーとして出場してもらいたいらしい。桐原きりはらも元バスケ部で1年生のエースだ。常盤ときわの幼馴染で呼ばれなかっただけだが,確実に勝利をするならたちばなも実際はお前に出て欲しかったらしい」

「なるほどね。――で,本当の理由は?」


 目の前にいる元バスケ部のメンバーに尋ねた。


「薬を盛ろうと考える奴だ。試合でも何か問題を起こすかもしれないからな。そんな危険な奴をメンバーとして出場させることなんて反対だ」

「まあ,正論だな。だが,今回の件に結衣ゆいが関わっているんだ。悪いが,俺は友人を裏切ってまで協力――待てよ……」


 チラッとユフィちゃんを見ると彼女は不思議そうに首を傾げた。


「ユフィちゃん,君は遙人はると美陽みはるが付き合うことはどう思う?」

常盤ときわさんが付き合う!?おい,桐原きりはら!?それって,どういうことだ!?」

「あ~,こっちの話だ。気にしないでくれ。んで,どう思ってる?」


 騒ぎ出した男子達を放っておいてユフィちゃんの答えを待った。


「私は賛成ですね。兄さんの男性恐怖症は治っていますが,本人が未だに恋人を作らないことが心配でして」

「その原因の大半はユフィちゃんだと思うぞ?まあ,反対ではないってことか」


 先程と同じように首を傾げる彼女を見てこの子は素で理解してないのかと笑いそうになったが笑いを堪えてバスケ部の連中を見た。


「分かった。メンバーとして出場しよう」

「本当か!?助かっ――」

「ただし,条件付きだ。本気を出すつもりでいるが,俺から1つ提案がある」


 自分は赤松あかまつ先輩や彼等の条件以外に提示したある条件,賭けの話をすると彼等は開いた口が塞がらなくなったようだ。


 ――だが,その話を聞いたユフィちゃんだけは最初は目を丸くしたが,理由を話すと悪戯が成功した時と同じような楽しい顔をして笑っていたのだった。

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