第2章 第1節 君のために僕ができることを

第27話 恋人としての初登校

※この話では視点が遙人はるとから美陽みはるに変わっています。


「――7時半か……」


 学園近くの駅の階段付近で壁にもたれながら私は時間を確認した。


 周りを見ると人数は少ないが誠央学園や星稜学園の生徒達が楽しそうに談笑をしながら通学しているのが見えた。


「あれ?常盤ときわさんじゃない?」

「本当だ!どうしたの?こんな所で一人で」

 

 階段から誠央学園の制服を着た女子生徒達が声を掛けて来た。


 胸の校章を見ると緑色,2年生の先輩達であることが分かった。


「おはようございます,先輩方。待ち合わせをしているので」

「待ち合わせって――あ!?もしかして,この間のスポーツ交流会に出ていた星稜学園の男子生徒!?やっぱり,常盤ときわさんの彼氏だったんだ!」

「学園内でも噂になっていたもんね!しかも,髪型変えたら物凄くイケメンって聞くじゃない!?おまけに星稜学園の首席のお兄さんって!」

「あはは……」


 あおい達から聞いていたが私と神条かみじょう君……ハルと恋人になった話は星稜学園で今一番熱い話題として盛り上がっているらしい。


 まあ,男性恐怖症である私が恋人ができたのだ――驚かれて当然だろう。


「でも,大丈夫なの?こんな所で一人で待っていて」

「大丈夫ですよ。私一人ではありませんから」

「「えっ?」」


 先輩達は私の言った意味を理解できなかったのだろう。

 

 苦笑しながらチラッと近くの自動販売機の方を見ると星稜学園の制服,風紀委員会の制服を着た男子生徒がこちらを見ていたのだ。


「あの男子生徒って試合に出ていた男の子じゃない?どうしてこんな所に……」

「ハル……神条かみじょう君の義妹さんが私が男性に声を掛けられた時に対処できるようにと回してくれたらしくて」


 先輩達の視線に気付いたのか茶髪の男子生徒,格之かくの君は軽くお辞儀するとまた別の場所に移動してこちらの様子を伺っていた。


「そういえば,神条かみじょう君の義妹さんって学園の3分の1が所属するファンクラブを従えているとか言ってたような……」

「そうそう。それに,この間の交流試合――その義妹さんが問題を片付けて誠央学園うちの男子生徒を取り押さえたんでしょう?何人かその子に惚れたのかファンクラブに入れて欲しいと言ってる子達もいるとか」

「あはは……」


 先程と同様に乾いた声で笑うしかなかった。


 あの事件以降,誠央学園内にもユフィちゃんに惚れ込んだ男子生徒だけでなく女子生徒達もファンクラブに入りたいと殺到したそうだ。


 ――ただ,あのファンクラブはのファンクラブではなかったのだ……。


「(ハルから聞いたけど何処の秘密結社よ!と思ったわね。まあ,今度そこの副団長さんと面会する約束をしているんだけど……)」


 星稜学園に来てから色々と濃い出来事に巻き込まれているが今回のそれは1,2を争うほどの濃さではないかと思ったりしている。


「それじゃ,常盤ときわさん。私達は先に学園に行くから。ここら辺は星稜学園の風紀委員会が見回りに来ているから大丈夫だけど気を付けてね」

「はい。先輩達も気を付けてくださいね」


 先輩達に言われたことに苦笑してしまった。


 先輩達が気を付けてと言ったのは地域の治安が悪いからではないからだ。


 恥ずかしい話だがそれは誠央学園の1年生――私に関わって来る本柳もとやなぎ君達,問題の女子グループ,そして……先日の事件で痛手を被ったたちばなさんの周りの子達だ。


「あれから数日は経ったけどたちばなさん達はどうしたのかしら。未だに謝りに来ない所を見ると相当揉めているんだと思うけど」


 白星しらほし会長に話を聞くとたちばなさんの周りからは多くの1年生が離れているらしい。


 だからといって,全員が私の方に味方をしようと思っているわけではない。


 退学された彼の発現――自分と同じような考えつ持つ者がたちばなさんの周りにいると言われて皆は関わりたくないと思ったようなのだ。


結衣ゆいの言った通りたちばなさんが可哀そうね。あの子は全く悪くないのに責任を取らされることになって……。それに,あの子があんなことをしたのは私が原――」

「朝から暗い顔をしているけど大丈夫?」

「きゃっ!?」


 急に声を掛けられて振り向くとそこにはハルが立っていた。


 びっくりした私はジト目で彼を少し睨んだ。


「脅かさないでよね,ハル!」

「ごめんね,美陽みはるちゃん。それよりも,おはよう」


 彼は軽く笑うと私に朝の挨拶をしてこちらも挨拶を返した。


 こちらの様子を伺っていた彼もハルが来たことを確認すると軽くお辞儀をして学園に向かって行った。


「もしかして,待たせちゃったかな?」


 時計を見ると8時前ぐらいになっており,既に私が来てから30分近く時間が過ぎていたのだ。


「気にしないでいいわ。こっちが早く来ただけだから」

「そうだったんだね。じゃあ,今度からはもう少し早く来るようにするよ」


 申し訳なさそうに言うと彼を見て私は肩をすくめて苦笑してしまった。


 それから少しすると駅から学生達が降りて来て自分達もその子達と同様に学園に向かって歩き出した。


常盤ときわさん,おはよう~!」

遙人はると君もおはよう!常盤ときわさんと仲睦まじいね!」

「あんまり揶揄わないでね。美陽みはるちゃんってこういうことに慣れてないんだから」


 学園までの道のりで声を掛けられてハルは女子生徒達に対応していた。


 ――だが,声を掛けてきたのは女子生徒だけではなく……。


「朝から羨ましいぞ,遙人はると神条かみじょうさんという美人な義妹さんがいるのに常盤ときわさんと付き合うなんてズル過ぎるぞ!」

「それ学園で何度も言ってるよね?そんなことを言っても美陽みはるちゃんも義妹も皆には渡さないよ?」

「「羨ましいぞ,チクショウ!!」」


 男子達は彼を見て罵倒していたが本気で言っているわけではなかった。


 そんな姿を見て私は軽く笑ってしまった。


「笑ってどうしたの?」

「ごめんなさい。何だかおかしくて――星稜学園の皆さんは神条かみじょう君と本当に仲が良いと思いましたから」

「まあ,彼等も本気で罵倒しているわけでは……ないと思いたいね。それから,美陽みはるちゃん。喋り方,またおかしくなっているよ?」

「うっ……」


 注意はしているつもりなのだが,今までの癖で猫を被っていた時の喋り方で話してしまう時があるのだ。


 そんな私を見てハルは笑いを堪えていた。


「そんなに笑わなくてもいいでしょう!」

「ごめんごめん。でも,皆に受け入れて貰えてよかったね」

「……そうね。もっと早くこっちの喋り方をすればよかったわ」


 意外にも私の素の喋り方は星稜学園の学生達や誠央学園の先輩達は気にせずに直ぐに馴染んでくれたのだ。


 誠央学園の1年生達に至っては未だに私と喋ることを躊躇する学生達がいるのでどう思っているか分からないが彼等に何か言われても変えるつもりはない。


 委員長の話では私の見方が変わった子達もいるので特に問題にはされていないだろうと言っているが,私とハルが偽装カップルになった元凶――私の天才少女の仮面を着けた姿に惚れている本柳もとやなぎ君は私の素の姿をどう思うのだろう。


「それにしても,ユフィもとんでもないことを提案してきたね」


 考え事をしているとふとハルが義妹さんの話を振って来た。


「それって今日の待ち合わせのことかしら?」


 私の言ったことにハルは苦笑しながら頷いた。


 今日から始めたハルと待ち合わせての朝の登校。

 

 ――実はこれを始めようとしたきっかけは意外なことが始まりであった。


「お婆様に恋人になったの!?と言われた時は焦っちゃったわね」

「まあ,その御蔭で気付くことが出来たんだから感謝しないと」


 お婆様に感謝――実はハル達と一緒にお店で夕食を食べているとお婆様が私とハルとの関係を聞いて来たのだ。


 その時にユフィちゃんが恋人になったことを報告すると驚いたのだ。


遙人はると君!?美陽みはるちゃんと付き合ったの!?そんな風に見えなかったら驚いたわ!』


 何気ない一言であったがあおい達にも相談したら私達はまったく恋人同士には見えないと言われてしまったのだ。


 白星しらほし会長と付き合っている結衣ゆいもまだ数日しか経ってないから大丈夫だと言ってくれたが時間が経つに連れて今のままだと怪しまれるとも言われてしまった。


 これは色々とまずいのではないかとハルと相談していると急にユフィちゃんが私達にある提案をしたのだ。


「恋人と思わせると同時に私の男性恐怖症を直そうって大丈夫なのかしら」

「ユフィにも色々考えがあるんだと思うよ。でも,驚いたな」

「驚く?」


 何故か彼は悩ましい顔をしてとんでもないことを言い出した。


「僕の女性恐怖症を直す時にあの子って過剰なスキンシップばかりしていたからそれをするのかなと思ったんだけど――杞憂だったみたいだね」

「過剰なスキンシップって――そういえば,ハルってユフィちゃんとお風呂とか添い寝を……!?あれをやるの!?」

「流石にあそこまではしないと思うよ?ただ,他にも色々とあったからね……」


 私は彼が言った言葉に顔を赤くすると色々と妄想してしまい俯いてしまった。


美陽みはるちゃん,顔が赤いけどもしかして色々と妄想しちゃった?」

「!?そんなわけないでしょう!ハルのエッチ!変態!シスコン!」

「シスコンは関係ないと思うよ!?」


 抗議する彼に顔を赤くした私は言われたことを頭の隅に追いやろうとしたが,学園に着くまで悶々とした状態が続いてしまったのだった。

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