第28話 橘美夜子の婚約者

「おはよう~」

「皆さん,おはようございます」


 僕は学園に入る前に何とか美陽みはるちゃんを宥めると安堵していた。


 あんな状態で教室へ入るとあらぬ誤解を生んでしまう恐れがあったからだ。


 ――だが,世界とは時に無慈悲で残酷であるのが世の常であって……。


遙人はるとぉ!!常盤ときわさんと登校中に何があった!?」

「トミー,おはよう。朝っぱらから元気だね」


 暑苦しい親友の言葉に僕は若干顔を引き攣らせていた。


「当たり前だろう!お前に色々と聞かないと駄目だからな!今朝,登校中に常盤ときわさんが顔を赤らめていたらしいけどお前は一体何をしたんだ!?」


 トミーの言葉を聞いた男子生徒達は目を赤く光らせて一斉に僕を見た。


 逆に女子達は美陽みはるちゃんに――言い終わる前に既に取り囲まれて根掘り葉掘り聞かれている状態であった。


 僕と美陽みはるちゃんが恋人(偽装)になってからクラスメイト達は僕達の関係が気になるのか毎日のように飽き足らず質問攻めをしてくるのだ。


「何度も言うけど君達が期待していることなんてないよ?」

「別に期待してない!ただ,お前が羨ましいだけだ!」

「そんなはっきりと言わなくても……」


 チラッと美陽みはるちゃん達の方を見ると周りにいる女子達はキャーキャーと黄色い声を上げており,男子達は先程よりも殺意を向けていた。


「まあまあ,お前等その辺にしたらどうだ?」

桐原きりはら?」


 教室で委員長と話し込んでいた翔琉かけるが僕の様子を見に来た。


「見方を変えると遙人はると美陽みはると恋人になったってことは他の女子達はフリーになったんだだろう?てことは,ユフィちゃんもフリーだろう?」


 翔琉かけるにそう言われた瞬間,男子生徒達の後に雷が落ちた。


「……そうだ。今までは神条かみじょうさんは遙人はるとがいたから無理だと思っていたが,今ならお近付きになれるんじゃ!?」

「俺達にもまだチャンスが残されていたか!?」


 男子達は一斉に雄叫びを上げ出した。


 僕と結婚するとまで言っていたことで男子達は義妹のことを諦めていたが,僕が美陽みはるちゃんと恋人(偽装)になったことでチャンスが出来たと思ったのだろう。


 ――だけどね,君達……肝心なことを忘れていないかな?


「でも,悠姫ゆうひってファンクラブみたいなのあったんじゃない?」


 青葉あおばさんの何気ない一言に別の意味で男子達の後ろに雷が落ちたようだ。


「……星稜学園の男子達は分かるけど何で誠央学園うちの男子達まで?」


 落ち込む男子達に尋ねると一人の男子生徒が重い口を開いた。


「この間の交流試合で神条かみじょうさんにお近付きになりたいって誠央学園の奴等が急増してな。彼女のファンクラブに入ろうとしたら門前払いをされたんだよ」

「君達,よくに入ろうと思ったね……」

「「蒼の騎士団?」」


 呆れた口調で言う僕の言葉に皆は唖然とした顔をした。


 ――神条悠姫かみじょうゆうひファンクラブ……別名,蒼の騎士団……。


 入学当初は彼女に好意を抱いている男子生徒達が作ったファンクラブであったが,GW以降に学園の社交部が関わったことで組織体制が急変。


 男子生徒だけでなく彼女に見惚れた女子生徒まで加入してその規模は学園の3分の1が加入していると言われている。


 そして,この組織ではある鉄の掟が決められており『蒼の騎士団は神条悠姫かみじょうゆうひの臣下であり,彼女に触れることは一切許されない』とされていた。


「……何,そのファンクラブ?」

「俺達が聞きたいぐらいだよ!神条かみじょう,どうなっているんだ!?」

「僕に言われてもねぇ……。ただ,内部でも義妹と恋人になりたい熱愛派と義妹の幸せを第一に考えている忠臣派とか色々な派閥に分かれていて……」

「「それ何処の国家勢力だよ!?」」


 ――君達のツッコミは痛いほど分かる……である僕もこれ何処の帝国ですか?と未だに理解が追い付いていない状況でもあるのだ。


 おまけに序列を貴族階級で分けており本当に何なのこの親衛隊ファンクラブ?とツッコミ満載で義妹の内面を理解している人でなければ困惑するだけだろうと思っていたりもする。


「ユフィちゃんって本当に変わった子よね。弱点ってないのかしら」


 女子生徒達に囲まれていた美陽みはるちゃんも今の内にと思ったのか彼女達の周りから抜け出して僕の隣まで来ていた。


「あの子に弱点はあるよ――弱点というか問題点が……」


 頭を抱えた僕を見て理由を知っている青葉あおばさんと結衣ゆいちゃんは顔を引き攣らせた。


「どうしたの,ハル?それにあおい達も?」

美陽みはる,あの子の問題点はね――」

遙人はると~,常盤ときわさ~ん。ちょっといいか?」


 教室の扉からいつも通り織斑おりむら君が僕達のことを呼んでいた――が,何だか様子がおかくし外も騒がしい状況であった。


織斑おりむら君,どうしたの?」

「いや,二人に話あるんだが……」


 言い難そうにしていると後ろの方から誠央学園の制服を着た銀色に近い髪の色をした男子生徒が出て来て僕達の方に頭を下げていた。


「うわぁ!?誰あの男の子!?」

「誠央学園にあんな男の子いたんだ……」


 星稜学園の女子生徒達は驚いた顔をしていたが何故か誠央学園の学生達は彼の姿を見ると困惑した表情を浮かべた。


倉屋敷くらやしき君!?どうしたの!?」


 彼の姿を見ると美陽みはるちゃんは慌てて二人の前まで来た。


「急に訪ねて来てすまない。少し話をいいだろうか?」

「私は別に構わないけど……ハルもいいかしら?」

「僕が構わないよ。少し場所を変えようか?」


 僕の提案に納得してくれたのか織斑おりむら君は彼を連れてに向かった。


翔琉かける,皆に彼の説明をお願いしてもいいかしら?」

「おう,任せておけ」


 翔琉かけるに後のことを頼むと僕達も彼等と同じ場所へ向かった。


「――ここって?」


 空き教室ではあったが,何やら机や段ボールが敷き詰められていて教室というよりも物置のような教室に見えたらしい。


「生徒会で必要な備品を置いている教室だよ。本来は旧校舎に置かないと駄目なんだけどあそこは場所が遠いからここの教室を置き場所に使わせてもらっているんだ。まあ,それは表立っての理由だけどね」


 星稜学園でも問題は色々とあり,秘匿する内容が多かったりもする。


 そのために,生徒会室とは別にこうした空き教室を利用して密談をする場所をいくつか設けていたりするのだ。


「それで,倉屋敷くらやしき君だっけ?僕と美陽みはるちゃんに話って?」


 僕達を呼んだ理由を彼に尋ねると彼は先程よりも深く頭を下げた。


美夜子みやこが本当に迷惑を掛けた!申し訳ない!」

「……美陽みはるちゃん,美夜子みやこってたちばなさんの名前だったかな?」

「ええ。彼の名前は倉屋敷輝くらやしきひかる君――たちばなさんのよ」


 頭を下げる彼の名前を聞くと僕は少し驚いてしまった。


 倉屋敷くらやしきといえば誠央学園の備品を全て請け負っている総合商社のはずだ。


 そして,今回の誠央学園で起きた事件で宝城ほうじょうグループ同様に大打撃を受けた企業の1つであったはず――あの企業の御曹司が1年生だったのか……。


 しかも,彼がたちばなさんの元婚約者だったなんて……。


「あの事件を起こした本柳もとやなぎ君って本当にとんでもない男子生徒だね。見方によるけど周りに被害を出し過ぎじゃないか」

「ええ。だから私はたちばなさんよりも彼のことを許せないのよ」


 未だに頭を下げる彼を見て美陽みはるちゃんは色々と思うことがあるのだろう。


 しばらくすると,彼は頭を上げて僕の顔を見た。


神条かみじょう君達も今回の事件に巻きんでしまってすまない。ただ,美夜子みやこのことを恨まないでほしい。あの子は僕が原因であんなことに……」

「別に怒ってないよ?彼女もでしょう?」


 僕の言った言葉に彼は目を見開いたが美陽みはるちゃんと織斑おりむら君は僕の気持ちが分かったのか同じように苦笑していた。


倉屋敷くらやしき君,たちばなさんはどうしているのかしら?」


 事件が起きた交流試合から数日経ったが,未だに彼女が自分達の前に姿を現さないことが気になっていたのだ。


「大半の生徒達は問題を起こした彼と同じ様に見られたくないのか試合に出ていたバスケ部の人達を中心に独自に謝罪をしたいと言っているよ。ただ,一部の状況が問題でね――美夜子みやこは必死になって彼等を説得している最中だよ」


 彼女の周りにいた1年生は今回の事件を得て半数以上が離れた。

 

 そして,試合に出ていたバスケ部を中心に美陽みはるちゃんに味方しようと考える生徒達も出始めて来たことでたちばなさんの周りはかなり弱体化したらしい。


 だが,大多数の人がだけであって美陽みはるちゃんもたちばなさんも信用できなくなって何処にも属さないと決め込んでもいるという。


 そして,彼が言った問題とはたちばなさんの周りに残った少数の生徒達のことであった。


「彼等は謝らないと主張する処か常盤ときわさんに謝罪しようと動いている生徒達の妨害までしているんだ。自分達を見捨てた常盤ときわさんに何故謝罪をしないと駄目なんだとね」

「あと,残ってる生徒達って退学させられた生徒から赤松あかまつ先輩のカードを使わせてもらって色々と自分の欲しい物を買っていたサクラの子達なんだよな」


 要するに先日の交流試合でこちらに誹謗中傷した生徒達でもあるのだ。


 よりにもよって今回の事件で一番問題を起こした生徒達が未だに問題を起こしている状況――自分の周りに未だに残っているので橘さんは頭を抱えているという。


織斑おりむら君,神条かみじょう君,重ねて本当にすまない」


 倉屋敷くらやしき君は色々と思うことがあるのか先程と同じように僕達に頭を下げた。


 僕達は本当にどうしようか考えていると黙り込んでいた美陽みはるちゃんが口を開いた。


倉屋敷くらやしき君,あの子達が謝罪をしないのは私が理由かしら?」

「ッ……美夜子みやこは何も言ってなかったが,恐らくそうだと思う……」


 美陽みはるちゃんはやっぱりかと思ったのか溜息を吐き出した。

 

 ――だが,直ぐに真剣な顔を付きになって彼を見た。


倉屋敷くらやしき君,たちばなさんに伝えて――条件を変更するって」


 彼女から出た言葉を聞いて織斑おりむら君と倉屋敷くらやしき君は驚いた顔をしていたが,隣にいた僕はそんな彼女を見て肩をすくめたが口元は軽く笑っていたのだった。

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