第2章 第2節 偽装カップルの受難

第35話 穏やかになった日常

「「常盤ときわさん,本当にごめんなさい!!」」

「――え~っと……」


 現在の状況に美陽みはるちゃんは非常に困惑した表情を浮かべていた。


 風華かざはな先輩達との話し合いから数日後,二人で学園に登校してくると教室に誠央学園の1年生達――たちばなさんの周りにいた学生達が押し寄せてきたのだ。


「将来が不安だからって常盤ときわさんを傷付けることばかり言って……本当にごめん!」

「今更謝るのもおかしいと思うけど謝らせてください……ごめんなさい!」

「……皆さんの謝罪は受け取りました――ですが,お礼を言うなら彼の方では?」


 隣で席に座っていた僕の顔を見て美陽みはるちゃんは微笑んだ。


神条かみじょう,交流試合の時は本当にすまない!あれだけ馬鹿にした発言をしたのに俺達を助けてくれるなんて……」

「いや,特に僕は気にしてないんだけど……」


 予想通りとはいえ困り果てていた。


 風華かざはな先輩と約束した誠央学園の1年生への支援策。


 風華かざはな先輩と理世りせ先輩は早めに手を打ってくれたのだ。


「でも,大したことはしてないよ?将来の働き先は紹介したけど成績が悪かったら取り消しにもなるんだから」

「そんなことは百も承知だ!誠央学園にいた時なんか成績が良くても何処も受け入れてくれないんだからな!」

「そうよね!それに星稜学園の先生達って優しくて面白いし!誠央学園の先生達って何であんな酷い先生達ばかりだったのかしら……司馬しば先生みたいに優しい先生は一部居たのは確かなんだけど」


 彼女達の言う通り誠央学園の先生達が何故あそこまでエリート思考に染まったのかは分からないままだ。


 ――だが,問題の先生達は全員告発された事件で逮捕・学園から解雇されており,星稜学園には司馬しば先生を中心とした残った一部の先生達しか来ていないのだ。


 誠央学園にも教職員はいるが,あれは告発事件後にたちばな会長が呼んだ外部の先生であるため事件と無関係……要するに何故あのようなことをしたのか説明ができる先生が学園にはもういないという状況だった。


「お前等,その辺にしておいたらどうだ?流石の遙人はると美陽みはるも困っているぞ」

桐原きりはら?」


 こちらの様子を見ていた翔琉かけるが詰めかけていた学生達に小言を言った。


「謝るのは良いがお前達がこれからしないと駄目なのは二度とこんなことをしないように未だに美陽みはるに敵意を向けている奴等を説得することと星稜学園の学生達の信頼を回復させることじゃないか?」

「うっ……言われなくてもそこは分かっているつもりだ」


 翔琉かけるの言う通りこの問題は全てが解決したわけではない。


 今回の支援策にたちばなさんの周りにいた学生達は大いに喜んでいた。


 無論,無償と言うわけではなく一定の成績を収めて尚且つ常盤ときわコーポレーションに関わる仕事を最初は任されることが条件としていたのだ。


 そして,この条件を受け入れたくない学生が未だに一定数いる。


「質問なんだけど彼等って僕のやったことに不満なのかな?」

「……言いたくないがおそらくそうだと思うぞ。あいつ等に至ってはプライドが邪魔して支援を受けたくないんだろう。あとは――常盤ときわさんを本気で恨んでいるか……」

「そんなことをしても何も変わらないのにね」


 美陽みはるちゃんもたちばなさんも信用できなくなった子達……残念ながら今回の支援であそこにいる学生達の多くは未だに支援を受けようとしないのだ。


「先に忠告しておくけど支援を受けるにはタイムリミットがあるから。風華かざはな先輩はこういうことには手厳しいから出来るだけ早めに説得してね」

「ああ,出来るだけ早く説得しておく」


 それだけ言い残すと彼等は教室を出て行った。


「ねぇ,ハル。彼等が支援策を受けない理由って……」

「おそらくだけど,支援策を出したのがだからだろうね。風華かざはな先輩は目の前に現れたチャンス掴めないような者に興味はないって言ってたから待ったとしても今日明日ぐらいじゃないかな」

「本当にあいつ等って何を考えているのかしら。状況を考えたらプライド何か捨てればいいのに」


 様子を見に来た青葉あおばさんは僕達の話声が聞こえていたのかご立腹であった。


 美陽みはるちゃんに敵意を向けていた学生の大半は僕が風華かざはな先輩と交渉した日に捕まえたと蒼一郎そういちろう先輩から話を聞いた。


 どうやら,彼等は僕にも危害を加えるつもりでいたらしい。


 美陽みはるちゃんにも謝らず反省もする気がなかったので彼等はその日のうちに学園から出て行ってもらったようだ。


 それでも未だに美陽みはるちゃんを敵視する学生が残っているかもしれない。


 ――そして,誠央学園の校風に染まってしまった可哀そうな学生達も……。


遙人はると,余り思い詰めるなよ?お前は今まで美陽みはるが出来なかったことをやったんだからな。そうだろう,美陽みはる?」

「そ,そうね。ハルには感謝しかないわ」


 何故か目線を逸らされながら言われてしまった。


 社交部での話し合いの帰りから美陽みはるちゃんから目を逸らされることが増えていた。


 毎回というわけではないんだが,気になって仕方がなかった。


 ――あと,僕にはもう1件……別で問題も起こっていたりする……。


「か,神条かみじょう君!」


 先程,教室に来ていた誠央学園の女子生徒が戻って来て僕の前まで来た。


 何やら顔が赤いようだが――もしかして,……。


「と,常盤ときわさんと付き合っているのは分かっているんだけど……良ければ読んでください!返事,待ってます!」


 真っ赤になりながら手紙を渡されると女子生徒は教室から走り去って行った。


遙人はると,それで何件目だ?」

「これで9件目だよ。まあ,貰うのは良いんだけどね……」


 僕は背後で睨んでいる赤い髪の猛獣の視線に冷や汗をかきながら返事をどうすればいいんだろうと切実に考えた。


「――まあ,返事はしないといけないとして美陽みはるは落ち着かないだろうな」


 お昼休みになり,学食まで歩きながら翔琉かけるにそう言われてしまった。


 ちなみに,未だに美陽みはるちゃんには睨まれたままで青葉あおばさんと結衣ゆいちゃんはそんな僕達を見て笑いそうになっていた。


「にしても,美陽みはるはどうしたんだ?ヤケに遙人はるとを貰うことに反応しているような気がするんだが――お前達って何か進展あったか?」

「特に何もない……いや,あったかな……」


 まさか,階段で押し倒された時が原因じゃないだろうかと一瞬思ったが,よくよく考えらたら彼女がおかしくなったのは社交部からの帰りからだ。


 ただ,あの時は美陽みはるちゃんと一緒に居なかったことを考えると僕がいない間に何かあったんだろうか……。


「嘘でしょう!?何これ!?」

「うわぁ……」


 学食に着いてみるといつにも増して学生達がいることにびっくりしてしまった。


 食券コーナーの方も見ると長蛇の列……にはなってなく誰も並んではいなかった。


「これってどういうことかしら?誰も並んでいないのに座っている人が多い――」

「今日は定食しかしていないからだよ。変わりに値段は全部300円になっているから学生達が押し寄せて来ているんじゃないかな」


 声をした方を振り向くと珍しい二人が学食に来ていた。


「お兄ちゃん!?」

「お兄もどうしたのよ!学食って使わないでしょう!?」

「今日は様子見も兼ねて来て見たんだよ。しかし,予想よりも繁盛しているね」


 学食の状況を見て聖人まさと会長はにこやかな笑みを浮かべていた。


聖人まさと会長,何かしたんですか?」

「大したことはしてないよ。それよりも,注文を先に取ろうか」


 言われた通りに自分達は定食を注文すると空いていた席に着いた。


「……白星しらほし会長って人参が苦手なんでしょうか?」

「小さい時から苦手でね……知っているのに食べさせようとする悪魔はいるけどね」


 隣に座っている蒼一郎そういちろう先輩をジト目で睨んでいた。


 先程,食堂のおばちゃんに『人参いらないよ』と言ったのにそれを見兼ねた蒼一郎そういちろう先輩が『こいつは人参大盛で』と言って大盛の人参のソテーが追加されていたのだ。


 ちなみに,本日のメインはA定食が鮭のきのこ餡かけ,B定食が青椒肉絲,C定食がハンバーグであった。


「お兄ちゃん,人参食べないと駄目だよ?ほら,あ~ん♪」

結衣ゆいちゃん,さりげなく食べさせるのはやめてくれない!?」


 聖人まさと会長と結衣ゆいちゃんのやり取りを見て僕達は笑ってしまった。


「そういえば,美陽みはるちゃんって嫌いな食べ物ってあるのかな?」

「うっ……どうして,聞くのかしら?」


 目線を逸らされてしまった。

 

 彼女の行動が気になって聞いただけなのだが,これは早急に何とかした方がいいのではと思ってしまった。


 ――だが,理由は違っていたようだ。


遙人はると美陽みはるはピーマンが食べれないんだぞ」

「ちょっと,翔琉かける!?」

「ピーマン……」


 僕は食べていた青椒肉絲を見た。


 なるほど……だから目線を逸らしていたのか……。


「そ,それよりも,白星しらほし会長!今日はどうして食堂に?」


 慌てた様子で聖人まさと会長に話を聞く美陽みはるちゃんを見て僕と翔琉かけるは笑いそうになったがジト目で睨まれたので何も言わないでおこうと思った。


かえで君から色々と誠央学園の子達の話を聞いていてね。彼等のために僕の方でも何かできないかなと思ってね」

「それでこいつがまず考えたのが星稜学園が楽しい所だって分からせることじゃないかと思ったらしい。食堂の値下げもその一環だ」


 誠央学園の学生の中には苦学生も多く向こうの食堂は法外な値段で学食を楽しむことも出来なかったはずだ。


 そう思って聖人まさと会長はまず学食を楽しんでもらおうと考えたらしい。


「他にも学年ごとに色々と考えているんだけど1年生達には1学期に行ったをもう1回やろうかなと思っているんだよねぇ」

「「あれ?」」


 美陽みはるちゃん達は不思議そうに首を傾げていたが僕は顔を引き攣らせた。


聖人まさと会長,あれってまさか……」

「うん!校外学習だよ!」


 にこにこと笑う聖人まさと会長の言葉を聞いて僕は更に顔を引き攣らせたのだった。

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