外伝 兄妹の歩む未来(???視点)

※今回の話は複数の場面に入れ替わりお届けいたします。


「――風華かざはなさん,1つよろしいでしょうか?」


 神条かみじょう君が去った後,その場に残っていた周防すおう先輩と久しぶりにお茶を楽しんでいると彼女は急に訪ねて来た。


「何でしょうか,周防すおう先輩?」

「先程のお話,詳しくお聞かせ頂いてもよろしいでしょうか?」


 先程のお話――常盤真実ときわまこと氏が誠央学園の事件に関わっている話のことだろう。


「それは,千堂せんどう会頭にご報告すると言うことでしょうかな?」

「みっくんにはお話はしません。今は彼等を動かすことはできませんから」


 彼女はその儚い姿とは思えないほどの真剣な眼差しで答えた。


 動かすことはできないか――どちらかと言えば動かしたくないと言った方が正解だと思うが……私自身も人のことを言えないので苦笑するしかなかった。


「なるほど……ですが,この話は私も詳しくは知らないと先程も言ったはずだが?」

「あまり私を見縊らないでください。あなたの力を使えば彼等のことを調べるのは容易なはずです。遙人さんに教えられなかった本当の理由は?」

「……Let sleeping dogs lie.」


 私のその言葉に一瞬だけ目を見開いたが理由を理解してくれたのかそれ以上は何も追及はしてこなかった。


「――なつめ様,ご報告が……」

「どうした?」


 星稜学園の男子生徒が私の前に現れた。


「先程,常盤美陽ときわみはる嬢がこちらまで来ておりました。話が終わっていたので問題がないと思いそのまま放置しましたが如何しましょうか?」

「……彼女は何処から話を聞いていた?」

周防理世すおうりせ様の1つ聞いてもよろしいでしょうか,辺りからでしょうか」

「まあ♪」


 彼女はクスクスと笑い出し,私も顔に片手を当てて笑いそうになった。


「とんでもないタイミングで美陽みはる嬢が来たものだな――これは神条かみじょう君の貞操が危うくなるだろう……よくやってくれた」

「いえ,問題がなければいいんですが……風華かざはな,1つ聞いてもいいか?」


 急に名前を呼ばれて何事かと思うと彼は真剣な表情をしていた。


御神みかみ……神条かみじょう常盤美陽ときわみはると付き合って幸せになれると思うか?」

「それは私でも分からない。姫様となら私が保証していたが彼女に関しては私は一切関わるつもりはない。気になるなら自分達で調べても構わない」

「……恩に着る」


 それだけ言い残すと彼はまた姿を消した。


「よろしかったのですか?」

美陽みはる嬢なら構わない。彼女自身に危害を加えるつもりはないだろう」

「そうですか――風華かざはなさん,もう1つだけお伺いしてもよろしいでしょうか?」

「……今日はよく質問をされる。今度は何を?」

「どうして,あなたみたいな人が悠姫ゆうひさんに従おうと思ったのですか?」


 私が姫様に従う理由……か。


 あれはGWの頃だっただろうか……。


 当時までの私は生きる希望など全く見出していなかった。


 幼い頃から神童の再来と言われた自分は風華かざはな家の三男に生まれた身でありながら期待をされていた。


 無論,兄二人は私のことを疎ましく思っていたがそもそも私は跡取りに興味などなく兄達にもどちらかが後を継げば兄の為にこの力を使うと約束をしていた。


 最初は疑われたが私の態度を見て兄達も私を疎ましく思うのを止めてむしろ後々のために仲良くしておいた方がいいと思い始めていた。


 ――だが,世界とは残酷で無慈悲なものだ。


 あの忌々しい事件で両親は疎か兄二人も亡くなり私は強制的に風華かざはなグループの跡取りになってしまった。


 そして,会長であった祖父も14歳の時に亡くなり,学生の身でありながら私は会長に就任したが特に授業も仕事も問題なく執り行うことが出来た。


 はっきりと言えば授業も仕事も簡単すぎた。


 グループの上層部は私の実力を見て過去の栄華を取り戻そうと考えている者達もいたが私はそんな下らないことには興味がなかった。


 そんな全てに興味を失せていたある日――私は彼女と出会った。


『ようこそ社交部へ……神条悠姫かみじょうゆうひ嬢』


 本来は3年生が部長を務めるはずの社交部も風華かざはなグループの会長である私が去年から部長を務める状況であった。


 そして,毎年行われる恒例行事――社交部に入れる学生を査定,新入生を歓迎するお茶会の中に1年生の首席であった彼女の姿もあった。


『本日はお招き抱きありがとうございます,風華かざはな先輩。身分的に私が来るのは分不相応かもしれませんでしたのに』

『気にしなくて構わない。何より君は学園でも非常に有名だ。私も一度,会ってみたいと思っていたのだよ』


 これは只の挨拶……いつも他のご令嬢達にもよくやることだ。


 あとは簡単に話でもして彼女に入部してもらうかどうか聞くだけだったが,彼女は私の斜め上を行く返答をした。


悠姫ゆうひ嬢は社交部に入る気はないかね?』

『申し訳ありません。私は別の部活に興味がありまして……』

『ほう……一体,どこの部活かな?』

『風紀委員会です』


 風紀委員会――星稜学園の風紀を担っている生徒会の次に重要視されている組織。


 首席の子達も生徒会の変わりに入部する学生が多いと言われているがそもそもあそこは学園組織の1つであって部活ではない。


 特に社交部に入っていても問題がないと思うが……。


『ただ,この部活には興味があります――私の目的を達成するためにですけど……』

『目的?』

『ええ……先程の入部の件ですが条件を付けるなら入部しても構いません』


 入部をしても構わない――面白いことを言う子だ。


 まるで自分が格上のように言っているようなものではないか。


 風華かざはなグループの会長である私にそうのような発言をする学生は滅多におらず,彼女に少し興味を抱きつつあった。


悠姫ゆうひ嬢,差し支えなければその条件をお聞かせ願えるだろうか?』

『構いませんよ。私の条件は――』


 彼女は私に指をさして不敵に笑った。


風華かざはな先輩と社交部が私の下に付くなら入部しましょう――こんな下らない世界を壊す大切な者を踏み躙る悪を滅ぼすためには力が必要ですから』


 私はこの時――初めて心が揺れ動いてしまった。


 私は初めて人という存在に……彼女という存在に興味を抱いてしまった。


 そして,彼女にはそれ叶えるための力を持っていた。


『――姫様,1つお聞きしても?』


 1学期が終わる頃,蒼の騎士団の体勢が盤石になりつつあったある日,私は彼女に前々から気になっていたことを尋ねた。


『何故,あなたはこのような組織を作ろうと思ったので?』


 これだけの組織を作るのだ――何かしら重大な目的があると思っていた。


 だが,彼女から出た言葉は可愛らしく切ない願いであった。


 ――二度と大切な兄が悲しまない世界を作るために力が必要だった。


 またしても衝撃過ぎた話だ。


 壮大な目的のためではなく大切な兄の為に力が必要だったというのだ。


 そして,彼女はそんな兄の幸せのためにあのような組織を作り一歩間違えれば修羅の道を歩むかもしれない状況を自ら選んだのだ。


『それが私の選んだ道ならば,修羅になろうとも地獄にでも落ちましょう』


 またしても私は彼女に興味を抱いてしまった――そして,彼女が大切にしているという兄はどんな人物であるのかも。


 ――彼を調べた時には姫様よりも驚愕したのは言うまでなかったが……。


「これが私が姫様に付き従っている理由だ。私は見てみたいのだよ。彼女だけでなく神条君も歩む未来がどういったものなのかを……理解はして頂けただろうか?」

「そういう理由だったんですね。その話,遙人はるとさんには?」

「してはいない。彼には教えてはならないと姫様に言われている」

「なるほど。では,私の方からも遙人はるとさんには教えないでおきましょう。悠姫ゆうひさんが自分の意思で話すその時まで……」


 そう言って彼女は紅茶に口を付けた。


 彼女に取って神条かみじょう君は弟のような存在……納得してくれるのは意外であった。


風華かざはなさん,あの支援策で遙人はるとさんは彼等から恨まれると思いますか?」

「おそらく,美陽みはる嬢を敵視していた学生達に取っては頭の痛い話だろう。最悪,彼等が神条かみじょう君に何かしら悪質な行動を取るのは明白だ――だからこそ,先手を打たせてもらった」

「先手?」


 首を傾げる彼女を見て私は不敵な笑みを浮かべた


「ここからは私の独断だが,彼等には少しお灸を据えようと思う。それに,あの二人の手を煩わせるわけにはいかない。あとはが上手くことを勧めてくれるだろう」


 その言葉を聞いた周防すおう先輩は悪戯をする子供を見るような目で肩をすくめた。


**************************


 「――くそっ!何だこの支援策は!?」


 空き教室に集まっていた数名の誠央学園の学生達はある資料を見て全員が怒りを露わにしていた。


「ねぇ,これって本当の話なの?常盤ときわの彼氏がやろうとしている支援って」

「間違いない。今日,社交部に入る所を見掛けた学生達がいるらしいぞ。おそらく,この支援の協力をお願いに行ったんだろう――くそっ!あいつの所為で交流試合からずっと不利なことばかり続いていやがる!」


 男子生徒は近くに会った机を思いっ切り蹴り倒して怒りをぶつけた。


 本来ならあの交流試合で色々と常盤ときわには苦しんでもらう予定だったが全てが水の泡となってしまった。


 これも全て常盤ときわの彼氏である神条遙人かみじょうはるとが原因だ。


常盤ときわよりもまずは神条かみじょうを先に何とかした方がいいかもしれないな。どうする?社交部から出てきたところを抑えて脅迫するか?」

「馬鹿なこというなよ!あいつは星稜学園の学生だぞ?手を出したら俺達だってどうなるか――」

「何を怖気づいているんだ!?俺達にはどちらにせよ明日なんてもうないだろう!?あの支援策で常盤ときわの奴に頭を下げるなんて俺はごめんだぞ!」

「そうよ!この際,あの男の子を捕えて常盤ときわを脅せ――」

「悪いが……お前達は全員ここで終わりだ」

「「!?」」


 声をした方を振り向くと教室の扉がガラッと開き,風紀委員会の制服を着た強面の学生とスーツを着た男性教員が立っていた。


「あんたは風紀委員長の青葉蒼一郎あおばそういちろう……それに,司馬しば先生!?」

「残念だが君達はここまでだ。話を聞かせてもらうからそのつもりでいてくれ」

「おい,あいつ等をひっ捕らえろ!」


 後ろに控えていた風紀委員は教室に居た数名の誠央学園の学生達を拘束した。


「離せよ!!一体,俺達が何を……」

「先程,お前達が話していた内容は録音させてもらった。他の空き教室を封鎖していたとはいえ……まさか,空いている1つを使うとは思っても見なかったぞ」

「なっ!?」


 教壇の中に入っていたボイスレコーダーを見せると彼等は真っ青な顔をした。


「そいつ等を連れて行け!話は事情聴取室でじっくりと聞いてやる!」


 最初は暴れていた彼等も状況を理解したのかそれ以降は暴れることはせずに大人しく拘束されたまま連れて行かれた。


「――たちばな,協力を感謝するぞ」

「いえ……元々はこちらが招いたことですから。それよりも,彼等が言っていた支援策と言うのは本当のことなんですか?」

「事実だぞ。昨日の夜,遙人はるとから電話があったからな。あと,風華かざはなの奴からも何か動きがあると言ってたからな。お前がめぼしい奴等を教えてくれて助かった」


 そう言って彼女の肩を叩くと彼は他の風紀委員達と共にその場を後にした。


「……よかったな,たちばな。問題が1つでも片付いて」

司馬しば先生……」


 司馬しば先生も微笑むとその場を後にした。


神条遙人かみじょうはると――常盤ときわさんの彼氏になった星稜学園の男子生徒……そういえば,誠央学園の生徒会長の名前に神条かみじょうという名前があったような……まさか……」


 橘美夜子たちばなみやこは今回の事件を解決させてしまった神条遙人かみじょうはるとの名前を思い浮かべるとある人物のことを思い出して急いでその場を離れて行った。

 

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