外伝 芽生えてしまった恋心(美陽視点)

※この物語は社交部で別れた美陽みはる視点の物語になります。


「それでは,常盤ときわさん。何かあればベルを鳴らしてくださいね」

「はい……ありがとうございます」


 ハルと別れた私は噴水近くに置かれたテーブル席に座り待つように言われた。


 目の前には高級ホテルに出て来そうなアフタヌーンティーセットが置かれて私は苺のケーキを取ると口に運んだ。


「……美味しい」


 流石は風華かざはな家の会長が部長を務める部活――最早,高級サロンと変わらないレベルではないかと思ってしまった。


「(私だけこんなにまったりしていいのかしら。本来なら風華かざはな会長とは私が話さないといけないなのに。それに,こんな接待を受けるなんて……)」


 正直に言えば,私はこのおもてなしを受けたくはなかった。


 只でさえ,誠央学園の学生の中には食費を切り詰めてまで勉学に励んでいる苦学生達もいるのだ。


 そんな彼等のことを思うと自分だけ裕福に過ごしているのが申し訳なく思った。


「(かといって,私が常盤ときわ家の人間であることに変わりはないわね。会社の方は全くといって手を貸す気もないから本当にどうしたらいいのかしら)」


 自分の地位と功績を引き換えに提示した支援策――おそらく,会社の上層部の一部は私を会社から遠ざけたかったから渋々支援を飲んだのだろう。


 表立っては私のことを気に食わないと言っているけど私が幼い時はあの人達は私のことを自分達の孫娘や娘のように気に言っていたのだ。


 それを考えると彼等が私を遠ざけた理由はだと思った。


「(会社は弟が継ぐのは間違いないけど私まで会社にいたら派閥が出来てしまう恐れがある。会社の№3の立場ならそうなってもおかしくはない。あの人達が恐れているのは外からの横やりがあることなんでしょうね)」


 常盤ときわコーポレーションがまだ小さな会社だった頃,多くの企業からの嫌がらせが相次ぎ何度も会社の業績は傾く事態となった。


 お父様の手腕の御蔭で何度も立て直すことができ今の常盤コーポレーションが出来上がったがそれでも当時を知る人達は苦情を舐めさせられた企業を許せないでいる。


「(私が外から利用される,政略結婚させられることを警戒しているんでしょうね)」


 嫌がらせをされていた理由は未だにお父様は教えてくれない。


 お母様に至っては何故か苦笑して困ったような顔をする。


 一体,過去に何が起こったのか私は気になって仕方がなかった。


「おい,あれって……」

「姫様だ……姫様がいらっしゃったぞ」


 急に騒がしくなり入口付近を見ると薄い青髪の女子生徒がいることに気付いた。


「ユフィちゃん?」


 社交部の先輩達と挨拶をしているユフィちゃんを見ると向こうもこちらに気付いたのか私のテーブル席まで近付いて来た。


美陽みはるさん,ここに居らっしゃったんですね――兄さんは?」

「……風華かざはな先輩とお話中よ。私は席を外すように言われたわ」

「そうでしたか――むしろ,私には好都合ですね」

「えっ?」


 微笑む彼女に言った言葉の意味が分からずにキョトンとしてしまった。


美陽みはるさん,兄さんのお話が終わるまで少しお喋りをしませんか?」

「そうね。私もちょうど暇を持て余していたところだから」


 そう言うとユフィちゃんも席に着き,先輩達が紅茶の準備を始めた。


「姫様,何か気になる点があれば何でもお申しつけください」

「ありがとうございます。それと,あまり畏まらなくて大丈夫ですよ」

「そうはいきません。我等社交部一同はあなたをと認めていますので」


 先輩は頭を下げるとその場を下がって行った。


「ユフィちゃん,今の話って……」

「そういえば,美陽さんにはまだお話していませんでしたね。ここ社交部は蒼の騎士団の忠臣派の本部です」

「ぶっ!?ゲホッ……ゲホッ……それって,ユフィちゃんの親衛隊ファンクラブよね!?」


 教室で聞こえてきたハルの話だと彼女の親衛隊ファンクラブには派閥があるのだ。


風華かざはな先輩は蒼の騎士団の団長代行,親衛隊ファンクラブの運営を全て請け負ってくれています。あと,熱愛派ともう1つ派閥もあって――」

「ユフィちゃん,ストップ!」

「はい?」


 正直……頭が痛くなってきた。


 風華かざはなグループの会長が親衛隊ファンクラブの運営を取り仕切っているってどういうこと?


 一体,この子って何者よといつも考えてしまう……。


「まあ,私の親衛隊ファンクラブのことは今は置いておきましょうか。それよりも,美陽みはるさんにお尋ねしたいことがあるんです」

「……何かしら?」


 真剣な表情で聞かれたので私も真剣な表情をしたのだが――彼女から予想外の質問,赤面するような話が出た。


「先輩達から聞いたんですが兄さんを押し倒した時に馬乗りになっていたらしいですね。もしかして,既に兄さんとはそこまでの仲――」

「ストォォォォップ!!何処からその話を聞いたの!?」

一葉かずは先輩から聞きました。あと,大声を出すと他の方に聞かれてしまいますよ?」


 ユフィちゃんに言われて周りを見ると先輩達の何人かは気になったのかこちらの様子を伺っていた。


 私は恥ずかしくなり縮こまってしまった。


「もう,やだぁ……」

「うふふ,美陽みはるさんって可愛らしいですね……正直,安心しました」

「安心?」


 彼女の顔を見ると何故か遠い目をしていた。


「兄さんがやっと恋人を作る気になりましたから。ただ,前に食堂でも言いましたが私はまだ美陽みはるさんと兄さんとの関係を認めていません」

「そういえば,言ってたわね。でも,安心して。私とハルはあくまで……」

「偽装カップルだから問題ない……とでも言うつもりですか?」


 そう言った彼女の眼は何処か冷たく普段から私に向けるような目ではなかった。


「先に言っておきますが例え美陽みはるさんがお姉様のご友人であっても兄さんを傷付けることがあれば容赦はしません。例え常盤ときわコーポレーションが出て来たとしても兄さんの害になるなら私はその会社ごと徹底的に叩き潰します」

「――それって……本気で言ってるの?」


 彼女が言った言葉は政財界では禁句タブーとしても有名だ。


 常盤ときわコーポレーション――お父様に楯突けば命がないと思えとまで言われておりその発端となった事件が私が男性恐怖症になった事件でもあったりする。


 要するに彼女はそんなことも気にせずに父に向って刃を取ると言っているのだ。


「私は本気ですよ?」

「そう……肝に銘じておくわ。私もハルとは争う関係にはなりたくないもの」


 これは本音だ――彼とは契約の関係だが異性としては初めて好感が持てた相手。


 出来ればこのままとして過ごしていきたいとも思っている。


「……まあ,美陽みはるさんがそんなことをするとは思ってもいませんので」

「当たり前でしょう。それにしても,ユフィちゃんってブラコン過ぎないかしら?」

「私はブラコンですよ?兄さんのことは大好きですから♪」

「……言い方を間違えたは――超ブラコンじゃない!!」


 満面の笑みを浮かべる彼女を見て私は質問を間違えたと後悔した。


 そういえば――風華かざはな会長との話をしている時に彼女のことでハルが気になることを言っていたことを思い出した。


「ねぇ,ユフィちゃん」

「はい?」

ってどう思う?」


 その言葉を聞いた瞬間,珍しく彼女の後ろで雷が落ちるのが見えてしまった。


美陽みはるさん……って萌えたりしませんか?」

「!?」


 その話を聞くと私達はお互いに手を握って頷いた――……。


 その後は二人で色々と語り合い気付けはかなりの時間が過ぎ去っていた。


「――なるほど,美陽みはるさんは可愛い男の子が好きだと……」

「そうそう。そういえば,ハルって昔は女の子みたいって言ってたような」

「そうですよ。私よりも可愛かったんじゃないでしょうか」

「そうなの!?」


 それは是非,拝んでみたいと思った。


 写真でも持ってないかなぁと尋ねようとすると近くに居た先輩が声を掛けてきた。


「姫様,風紀委員会のお二人がお迎えに来たようです」

「分かりました。直ぐに向かうとお二人にお伝えください」


 社交部の先輩は立ち去ると彼女は私に申し訳なさそうな顔をした。


美陽みはるさん,申し訳ありません。楽しいお話を折ってしまって」

「気にしなくていいわよ。今度,二人でお出掛けしてみましょうか。私も行ったことないから楽しみなのよね」

「ふふっ,では今度のお休みにでも兄さんを連れて一緒に行きましょうか。試したいこともありますから」


 何かを含んだ笑みを浮かべると彼女はその場を後にした。


「……さっきの言葉ってどういう意味かしら?それにしても,ハルの方も話が長いわねぇ。少し様子でも見に行こうかしら」


 私は席から立ち上がると風華かざはな先輩達が居た場所まで向かおうとした。


「……え~っと,確かこの辺りだった気が……」

「――美陽みはるちゃんを待たせていますから僕はこれで。本日はお時間を取って頂きありがとうございました」

「気にしなくてもいい。また,気軽に立ち寄ってくれ。今日は聞けなかったが小説の感想も語り合いたいからな」


 ハルと風華かざはな先輩の声が聞こえてきた。


 どうやら,話し合いは無事に終わったみたいだ。


「……遙人はるとさん,1つ聞いてもよろしいでしょうか?」


 声をした方へ向かって歩き出すと理世りせ先輩の声を聞こえてきた。


「今回のお話,遙人はるとさんには何の利益もありません。あれだけ誹謗中傷をされていたのに彼等を助けようと思ったのは何故ですか?」


 ――理世りせ先輩の言葉に私は歩を進めるのを止めて立ち止まってしまった。


 よくよく考えらたら今回の話はハルに取っては何のメリットもないのだ。


 いくら私と約束したからといってあれだけ誹謗中傷をされているのに彼等を助けようとする行動は考えてみれば労力を使ってまですることでもないはずだ。


 なのに……彼はどうして……。


「僕の彼女ですから助けるのは当たり前ですよ。ただ,敢えて言うなら――」

「敢えて言うなら?」

美陽みはるちゃんが傷付かずに済みますから……答えになっていませんか?」

「――!?」


 それ以降,彼の言葉は聞こえては来なかった。


 私もこの場にいるのはまずいと思い、急いで噴水のあった場所まで戻った。


「――美陽みはるちゃん,お待たせ。話は無事に終わったよ」

「そ,そう……よかったわね」

美陽みはるちゃん?何かあった?顔が赤いようだけど……」

「な,何でもないから!それよりも,早く行きましょう!」


 ハルに言われたことを無視しして私は急いで温室から逃げるように出ようとした。


美陽みはるちゃんが傷付かずに済みますから……』

「(あんなこと言われた意識しちゃうじゃないのよ!馬鹿!!)」


 私は今でも落ち着かない胸の行動を落ち着かせようと必死であった。


 この気持ちが何なのか男性恐怖症である私には分からなかったが初めて男の子に――異性として淡い恋心を抱いてしまったと気付いたのはまた先の話であった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る