外伝 想いはたった1つだけ(悠姫視点)

※この外伝は遙人達が商業施設で遊んでいる時の別の話になります。


「――聖人まさと様,本日はお忙しい所,誠に申し訳ありません」


 車から降りると数名ほどのスタッフとスーツを着こなしている初老の男性が私達を出迎えてくれた。


 本日,私達星稜学園の風紀委員会のメンバーは聖人まさと会長に付き添って白星しらほし財閥が運営している商業施設の視察・警邏の確認にきていた。


「ところで,そちらの方が聖人まさと会長の御友人で風紀委員長の?」

「星稜学園の2年生,青葉蒼一郎あおばそういちろうです。よろしくお願いします」


 初老の男性,この商業施設一帯を任されている総責任者の本部長は挨拶をした蒼一郎そういちろう先輩と握手を交わした。


「君が青葉あおば本部長の御子息ですか。お噂は聞いておりますよ,最後の武士道ラスト・ブシドー殿」

「ぐっ――出来ればその呼び方は……って,お前達も笑うな!特にせい!!」


 蒼一郎そういちろう先輩の2つ名,最後の武士道ラスト・ブシドーという名に聖人まさと会長だけでなく付き添いで来ていた風紀委員会の何名かも笑いそうになっていた。


 ――昔からそうだが,私が通う星稜学園には生徒達からの親愛と信頼を込めて2つ名を生徒会より送られるという変わった校風があったりする。


 私の2つ名,蒼天の瑠璃姫プリンセス・ラピスラズリも生徒会から送られた名であった。


「楽しい学生達ですね,聖人まさと様――ん?君は……」


 一人だけ誠央学園の制服を着ていた女子生徒がいたことに気付いたのか,その女子生徒は本部長と名乗る男性に挨拶をした。


「誠央学園2年生の宝城楓ほうじょうかえでです。元誠央学園で生徒会長,今は星稜学園で生徒会副会長を務めております」

宝城ほうじょう家の御令嬢でありましたか!?挨拶が遅れて申し訳ありません。……実家の方はもう大丈夫なのでしょうかな?」

「はい,御蔭様で」


 噂には聞いていたが,誠央学園で起きた事件でかえで先輩の実家は大赤字になり会社が倒産の危機になったらしい。


 そこを常盤ときわコーポレーションと白星しらほし財閥の援助で立て直すことができ,今は新しい一歩を歩み始めていたのだ


「本部長,そろそろご案内をした方がよろしいかと。あまり大勢でここにいると他のお客様から目立ってしまいますので」

「確かにそうだな。聖人まさと様,よろしいでしょうか?」

「ええ。では,案内をよろしくお願いします。」


 本部長はスタッフ達を下がらせると私達と一緒に施設内を回り始めた。


「最近,学生達の往来はどうですか?」

「星稜学園の学生さん達以外に他の学園の子供達も大勢遊びに来ておりますな」

「となると,学生達がご迷惑を掛けてませんか?何ならこちらの風紀委員会が――」


 聖人まさと会長と本部長さん,蒼一郎そういちろう先輩は施設内を回りながら往来する学生達の話や警備状況について話していた。


 そんな中,私やかえでさん,付き添いで来ていた他の風紀委員のメンバーは許可も出ていたことで雑談をしながら3人の後を付いていた。


「えっ!?美陽みはるちゃんって悠姫ゆうひちゃんのお兄さんとデートなの!?」

「はい――といっても,あおいさんやお姉様,翔琉かけるさんも一緒ですけど」


 今日の風紀委員会の用事がなければ,自分も兄さんに付いて行こうと思っていた。

 

 やはり,兄と付き合う女の子――常盤美陽ときわみはるという人が気になっているからだ。


「それにしても,神条かみじょうさんにしては珍しいわよね」

「珍しい?」


 スケさんとカクさん以外に一緒に来ていた2年生の女子生徒の先輩が隣にいたもう一人の先輩同様に不思議そうな顔をしていた。


「だって,神条かみじょうさんが男の子を下の名前で呼ぶのって滅多にないでしょう?桐原翔琉きりはらかける君だっけ?誠央学園の男子生徒さん」

「……実はそうでもないんです」


 ――常盤ときわ女学園,あの学園では通っている学生達は皆家族という感覚で過ごしている人が多く,下の名前で呼び合うのは当たり前であったのだ。


 勿論,先生達も下の名前で呼んでおり,お姉様が男性の方であっても下の名前で親しく呼ぼうとするのはそれが理由であったりする。


あおいさんは女学園では下の名前で呼ばない珍しいタイプでしたね。ですが,外の学園に戻ってきてあおいさんが注意していたことがよく分かりました」

「そういえば,美陽みはるちゃんも似たようなこと言ってたわね。共学に進学したての頃は男の子達に勘違いされて無茶苦茶大変だったって」


 ――知り合った男の子に行き成り下の名前で呼ぶのだ。


 そして,女学園に通っていた学生達は可愛い子が多い。


 男の子達に勘違いされるのは仕方がないことであり,私も星稜学園に進学してからはそこは徹底している――が,信頼を置くと直ぐに下の名前で呼ぶようになる。


翔琉かけるさんは私のことをではなくと言ってくれました。だから,他の男の子達と違って興味が出たんだと思います」

「姫様が興味が沸いた男子生徒とは気になりますね」

「右に同じく」


 後ろにいたスケさんとカクさんが珍しく私の話に参加してきた。


 彼等は普段,私の話には参加せず,見守っているだけなのだ。


天野あまの君と格之かくの君はやっぱり複雑?神条かみじょうさんが男の子に興味が沸くのは」

「どちらかといえば,姫様に相応しい男性かと言う方が気になります。最低でも王子ぐらいは力を示してもらわなければ」

「無論,姫様が何もするなといえば我等は従うのみです」

「あ~,ごめん。二人に聞いたのが間違いだったわ」


 先輩は顔の表情を全く変えない2人を呆れた顔で見ると私は軽く笑ってしまった。


 そんな話が聞こえて来たのか,本部長さんが歩きながら声を掛けて来た。


「面白い学生さんがいるものですな,聖人まさと様。ところで,彼女は?」

神条悠姫かみじょうゆうひ君。1年生の学年首席ですよ」

「何と!?彼女が1年生の監督生プリフェクトだったとは……。もしや,先程から彼女が言っていた姉の方も首席――いや,2年生と3年生の首席は聖人まさと様とあの方でしたな」

 

 考え込んでいる本部長に聖人まさと会長は軽く笑うと蒼一郎そういちろう先輩がその疑問に答えた。


悠姫ゆうひのお姉様というのは常盤ときわ女学園のあの制度のことですよ。あと,悠姫ゆうひの姉は四之宮結衣しのみやゆいでそこの朴念仁とくっ付けた張本人ですから」

「朴念仁とは酷い言い方だなぁ」

「10年近くあいつの気持ちにまったく気付いていなかっただろうが」


 珍しく不貞腐れた表情をしていた聖人まさと会長を見て呆れた顔をした蒼一郎そういちろう先輩,そんな二人を驚いた顔で見ていた本部長に私は説明をした。


「大したことはしていませんよ。ミス常盤ときわコンテストで優勝したら盛大に告白するとお姉様に相談されてスピーチを考えただけですから」

「いや,あれはとんでもないスピーチだったぞ……」

「そうでしょうか?私はただお姉様の想いを細かく編集しただけで――」


 幼い時に心臓に重い病を持ち,病院生活を余儀なくされたお姉様。


 心臓を移植しないと助からないと主治医に言われて,両親共々その多額の費用に絶望していた所を入院していた聖人まさと会長が肩代わりしてくれることに。


 ――だが,そんな聖人まさと会長の行動を白星しらほし総帥は許さなかった。


「後でお姉様から聞いたんですが,白星しらほし総帥は無償で手助けしたことを怒っていました。お前は彼女達に重い十字架をずっと背負わせる気なのかなと」


 多額の費用,数億という大金を無償で受けたお姉様達。


 命を救われた者に取っては神にも等しい行動だと思うだろう。


 もし,聖人まさと会長がお姉様が嫌がることを命じたとしても恩を受けた者は言うことを聞いてしまうことだってあり得る。


 だからこそ,白星しらほし総帥は自らの意思でお姉様に会いに行くのを禁止したのだ。


「あの時はお爺ちゃんが言っている意味がまったく分からなくてね。一時期はお爺ちゃんのことを相当恨んでいたよ。でも,成長するに連れて色々と学んでいく内にお爺ちゃんの言っていることがよく分かったよ」


 ――金は諸刃の剣,人を助ける薬にもなれば,人を殺す刃にもなる。


 そして,人によっては人生を操る手段としても……。


 白星しらほし総帥は敢えて鬼になって聖人まさと会長が道を踏み外さないようにしたのだ。


 だが,周りがそんな状況であっても――お姉様の心は1つの想いだけであった。


「病院で初めて出来た友達,一緒に遊んでくれた優しいお兄ちゃん。お姉様に取ってはただそれだけだったんですよ。そして,お姉様がそんな聖人まさと会長に恋をし,その想いは成長するごとにより強くなっていた――と,言う話を物語のように……」

悠姫ゆうひ君,ちょっと止まってくれないかな!?」

「……はい?」


 周りを見ると聖人まさと会長は珍しく恥ずかしそうにしており,蒼一郎そういちろう先輩とかえで先輩はそんな会長を見てニヤニヤとしていた。


 そして,話を聞いていた本部長さんと先輩達からはすすり泣く声が聞こえた。


「……聖人まさと様,本当に結衣ゆい様と結ばれて何よりです。我等一同,改めてお二人の婚約を心より祝福致します」

「本部長!!皆がいる前でその話はやめて頂いて――って,蒼一郎そういちろうかえで君はそんなに笑わないでくれるかな!?」


 未だに笑ってる蒼一郎そういちろう先輩とかえで先輩に聖人まさと会長は抗議した。


 余談ではあるが,お姉様が皆の前で盛大に告白したスピーチは常盤ときわ女学園の生徒達に取って憧れの話となり,身分の違いであっても祝福をされていたりする。


 その影響もあって白星しらほし財閥では聖人まさと会長とお姉様の婚約の話が内々に進められており,白星しらほし総帥や白星しらほし理事長もお姉様のことを気に入っているそうなのだ。


「姫様がそのようなことをなさっていたとは――流石でございます」

「大したことはしていませんよ。あれは,お姉様が頑張っただけですから」

「謙遜ならさないでください。姫様が作った――!?」

「……カクさん?」


 立ち止まり何故かある方向をずっと見つめ出した。


格之かくの,どうした?」

「さっき叫び声と一緒に王子の声が聞こえたような気が……」

「えっ――」


 彼が言った言葉に私は眉を顰めると同時に直ぐに動き出した。


蒼一郎そういちろう先輩,少し様子を見てきます!カクさんお供をお願いします。」

Yes, Your Highness.かしこまりました,姫様

「おい,悠姫ゆうひ!?何処へ――」

「様子を見て来るだけです!何もなければすぐに戻って来ますので!」


 私はカクさんを連れて声が聞こえた場所――最上階にあったゲームセンターまで急いで走って行ったのだった。

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