第2節 外伝物語

外伝 天才少女は初めてのデートに緊張中(美陽視点)

※この外伝は遙人達と商業施設で合流する前の話となります。


「うぅぅ~~~~」

「緊張し過ぎだぞ,美陽みはる


 前の助手席に座っていた翔琉かけるが後ろの席で唸っていた私に小言を言った。

 

 何故,翔琉かけるが後ろの席に座っていないかって?


 それは勿論,私が男性恐怖症であることを知っているからだ。


 彼とは両親が親友同士の関係で小さい頃からの幼馴染であり,表立って公表されていないがはずであったのだ。


 ――だが,お互いに事情があり,その話は破談となったのだ。


「運転手さんもすみませんね。一人で後ろの席を占領させて」

「構いませんよ。しかし,男性恐怖症とは難儀な体質を持ってますねぇ」


 運転手さんの言う通り本当に難儀な体質を持ったものだ。


 この体質のこともあって真面に電車に乗ることすら出来ないのだ。


 そして,外に出掛けるのもあおい結衣ゆいに守られながらじゃないと遊ぶことすら難しいという困った状況でもあったのだ。


「それにしても,後ろのお嬢さんはおめかししてどちらまで?」

「え~っと,それは――」

「こいつ,今日デートなんすよ。俺はそれの監視で」

「ちょっと,翔琉かける!?何を言ってるのよ!あおい達もいるんだから遊ぶだけでしょう!」


 抗議する私を見て運転車さんは愉快そうに笑い出してしまった。


「デートとは微笑ましいことで。でも,お嬢さんって男性恐怖症だったんじゃ?」

「その改善の一歩としてデートするんよね」

「うぅぅ~~~~」


 恥ずかし過ぎて先程と同じように唸ってしまった。


 そんな私を見て運転手さんは先程よりも愉快に笑い出してしまった。


「それにしても,可愛らしいお嬢さんで。うちの息子も高校の2年生でしたけどお嬢さんを見たら放っておけないような気がしますよ」

「ありがとうございます。息子さんは何処の高校に?」

「――誠央学園ですよ。ですけどね」

「っ!?」


 暗い顔をした運転手さんに私は黙り込んでしまった。


「息子は必死になって勉強をして誠央学園に入って喜んでましたよ。将来は親孝行ができるんだって。でも,夏のニュースで報道された事件のリストに息子が入っていたんです。部活で入っていたサッカー部の部費を盗んでいたと」

「……それって,実際はどうだったんですか?」

「無論,息子がそんなことするとは思いませんよ。ただ,誰も信じて貰えず,報道された時点でもう息子はあの学園にはいられません。学園側から勧告される前に自主退学をしましたよ」


 淡々と話す運転手さんの話に胸が締め付けられそうになった。


 話には聞いていたが,暫定理事会はニュースで報道されたリストに載っていた関係者は学生を問わず,全員の首を切ったのだ。


 調べもせずにあまりも横暴すぎると言われるかもしれないが,残っている誠央学園の関係者を救うためには仕方がなかったらしい。


 ――だが,その影響で2年生と3年生の大半の学生が退学処分になり,1年生だけが余り被害が出ていないという異質な状況となってしまっているのだ。


「息子さんはどうしていますか?」

「お恥ずかしい話ですが,今は家で引き篭もってしまってますよ。部活の先輩だけでなく同期や後輩からも疑われてショックを受けたみたいですから。まあ,今まで必死に頑張って来たんですから少しは休ませてあげてもいいかなと」

「………‥」


 運転手さんの話を聞いて押し黙っていると目的地付近に着いたようだ。


 私と翔琉かけるは降りると運転手さんにお礼を言った。


「では,お嬢さん。デート楽しんで来てくださいね」

「はい,ありがとうございます――それから,これを……」


 私は運転手さんに1枚の紙切れと名刺を手渡した。


「これは?」

「息子さんに渡してください。何かお困りであったらそこまで連絡をするようにと。必ず何とかしますから」

「何とかするって,お嬢さんは一体――!?お嬢さん,君は……」


 名刺を見て私の存在に気付いたようだ。


 頭を下げると私と翔琉かけるはその場を後にして待ち合わせ場所に向かった。


「――よかったのか?親父さんからは動くなって言われているんだろう?」

「大丈夫よ。使うのは私個人の伝手だから。会社は一切関わらせないわ」


 自慢じゃないが,中学の時に私はいくらか会社との伝手を持っていたりする。


 そして,資産もそれなりに持ってもいるのだ。


 正直,少しぐらい贅沢しても一生働かなくてもいいぐらいに。


「自分の手で助けられるなら私は全員助けるわ。どんなことをしても」

「お前を敵視している連中もか?」

「…………」


 翔琉かけるの言いたいことはわかる――だけど,あの子達だって元々は私を恨むつもりは全くないのだ。


 今回の事件の元凶は間違いなく本柳もとやなぎ君。


 そして,彼が起こした事件の原因は全て私にあるのだ。


「あんまり思い詰めるなよ?――それよりも,やっぱりそれになったんだな」

「し,仕方ないでしょう!?デートで大丈夫そうなのがこれだったんだから!」


 お爺様のお店で夕食を取った時,神条かみじょう君の義妹さんからデートをしてきたらと言われて私は大慌てをしたのだ。


 男性恐怖症になる前から男の子とデートをするなんて初めてのことだったのだ。


「しっかし,朝呼びに行ったらびっくりしたぞ。服が散乱していたからな」

「仕方ないでしょう!今日着ていく服をどうしようか悩んでいたんだから」


 初めてのデートなのだ――神条かみじょう君に幻滅されては元も子もない!


 デートなら綺麗系の王道スタイルが良いとは聞くが,残念ながら私はあおいほど身長も高くなく,結衣ゆいほどスタイルが良い訳でない――それでも他の女の子よりも凹凸はあるとは自負している!


 かといって,最初のデートで行き成り気合を入れて行くのもどうかと思うし,動きやすい服装ならあおいと被る,可愛い系なら結衣ゆいと被ると色々と悩んだ結果――。


「結局,いつものスタイルになったと」

「そういうこと。よくよく考えたら神条かみじょう君の好みを全く聞いてなかったから」

「まあ、それ以前に遙人はると美陽みはるってまだ付き合ってすらいないからな」

「うぐっ……」


 そうなのだ――私と神条かみじょう君はまだ付き合ってすらいないのだ。


 それなのに昨日の夜からずっとデートに着て行く服を考えていて今朝その状況を聞いた翔琉かけるに大笑いされてしまったのだ。


「……もしかして,あれを見て遙人はるとが気になりだしたか?」

「ち,違うわよ!気になっているのは,そうだけど……」


 最後は翔琉かけるにも聞こえないような小さな声で囁くと俯いてしまった。


 夕食が終わり,お店から帰る時に結衣ゆいから神条かみじょう君がカツラを着けていると聞いて私はびっくりしてしまった。


 彼はあまりそのことに触れてほしくなったらしいが,諦めて溜息を吐くと私達の目の前でカツラを取り素顔を見せたのだ。


「(確かにカッコいいとは思ったけど,それよりも私が気になったのは――)」


 彼の素顔が雨の日に私を助けてくれた男の子,敢えてもう1つ言うなら私を抱きしめて胸を触った痴漢に似ていたということだ。


 ――ただ,あの時の彼は金髪で神条かみじょう君は黒髪,髪型も若干違うのだ。


「本当にあの時の男の子は誰だったのかしら」

「あの時って美陽みはるを助けた男のことか?まだ,探しているのか?」

「ええ。私が男性恐怖症なのにどうして触れられても何もなかったのか気になって」


 翔琉かけるにもそこまで必死にならなくてもいいだろうと言われているのだが,私はそうも言っていられない。


 彼等,本柳もとやなぎ君や彼の取り巻き達はなのだ。


「何で本柳もとやなぎ君達は私が男性恐怖症であっても触れてこようとするのかしらね」

「それに関しては男子達でも分からないらしいぞ。石神いしがみ達はお前を本柳もとやなぎの所に連れて行こうと必死になっているだけだと思うが,本柳もとやなぎ自身が全くわからないからな」


 石神いしがみ君達はのは分かっているから今は置いておこう。


 本柳もとやなぎ君,彼は私と幼い時から面識があり,私が男性恐怖症であることは小さい時から知っているはずなのだ。


 彼は小さい時から私に好意を抱いているのは事実であるが,私が嫌がることは絶対にしないほど大人しい性格であった。


 ――だが,誠央学園に通い始めてから私に執着するようになり,私に認めてもらいたい為だけにあんな碌でもない事件を起こすようなことまでしたのだ。


「一体,彼は何が変わってしまったのかしら」

「それは俺にも分からん。まあ,小さい時に比べて変わったのは確かだな」

「……そうね」


 翔琉かけるも思うことは同じだったのだろう――今日のデートで何か自分の体質が改善するような出来事があればいいのだが……。


「お,あれって結衣ゆい達じゃないか?」


 待ち合わせ場所の時計台には既にキャップ帽に動きやすい服装をしたあおいと可愛らしい服装をした結衣ゆい――そして,あの時に見せてもらった髪型にカジュアルな服装をした神条かみじょう君が楽しそうに話し込んでいた。


 少し髪型が変わっているように見えたのか――カッコいいと思ってしまった。


「どうしたんだ,美陽みはる?」

「何でもないわよ。行きましょう」


 翔琉かけるに気付かれない様に私は小走りで二人の名を呼んだ。


あおい~,結衣ゆい~!」


 二人の名前を呼ぶ私も見付けると神条かみじょう君も私と同様に笑顔を向けたのだった。

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