第24話 彼氏としての役目を

「――遙人はると!!」


 振り向くとそこには申し訳なさそうにしている翔琉かけると先程まで選手として出ていたバスケ部のメンバーが一緒にいた。


翔琉かける……それに君達も。どうしたの?」


 不思議そうに首を傾げると彼等は一度顔を見合わせて僕に頭を下げた。


神条かみじょう,すまない!あいつが変なことをしたばっかりに!」

「前々から悪目立ちするとは思ってたけどここまでするとは思わなかったんだ!俺達も全員あいつとは縁を切る!本当にすまない!」


 頭を上げて言った彼等の言葉に僕は肩をすくめると翔琉かけるを見た。


「悪い,遙人はると。何か予想より酷いことになって――」

「何処からの?」


 不思議そうに聞いた僕の顔を見て一瞬,能面のような顔をすると何故か急に笑い出して僕の髪をクシャクシャにした。


「最初から全部だわ!ほぼお前達が原因だけどな!」

「ちょっとやめてくれない!?今セットしてないんだから!」

「悪い悪い――美陽みはるのことありがとうな」


 真面目な顔で翔琉かけるがお礼を言うと僕も微かに笑って頷いた。


「おい,バスケ部の奴等,星稜学園の奴と仲良さそうにしているぞ」

「まさか,ワザと負けていたんじゃないでしょうね!?」

「……何か君達まで睨まれているけどいいの?」


 僕の言葉を聞いて彼等は周りにいた誠央学園の生徒達を見た。


「な,何だよ……」

神条かみじょうにこれ以上暴言を吐いたら俺達は全員試合を棄権するぞ」

「なっ!?やっぱり,お前達って……」

「俺達だって将来は不安だ。だがな――お前達みたいに人を誹謗中傷してまでポストなんて欲しくない!この試合が終わったらお前達とは縁を切る!たちばなさん,俺達はもうポストなんてどうでもいいから残って騒いでいるあいつ等に回してくれ!」

「そんな!?この試合はあなた達が頑張って……」


 言いたいことが終わったのか彼等はたちばなさんの話を無視して準備を始め出した。


「何だかたちばなさんが可哀そうだね」

「あれだけ色々と言われているのにたちばなの心配をするのか?」

「だって,彼女って全くの無関係でしょう?」


 先程と同じように能面のような顔をする翔琉かけるに微笑むと僕は休憩席まで戻った。


「……お前みたいなのが美陽みはるになってくれたら俺も安心なんだけどな」


 そう言って親友遙人の顔を見ながら笑うと彼等も休憩席に戻ったのだった。


「おかえり,神条かみじょう君。――さて,神条かみじょう君が出したとんでもない提案だけど……」

「酷い言われようですね」


 佐倉さくら先輩の言葉に僕は訝しい目でツッコミを入れた。


「でも,事実だろう?んで,作戦はどうするんだ?」

「う~ん,もうでいいかな」

遙人はると,適当ってお前――ん?適当?」


 僕の言葉にトミーや織斑おりむら君だけでなく大助だいすけすすむも意味を理解したのか真面目な顔で僕の顔を見た。


翔琉かける達はポストとか関係なく本気で向かってくると思うんだ。そんな彼等には悪いんだけど――本気で叩き潰そうと思う」


 正直に言うと怒ってないというのは半分は嘘であった。


 あれだけ彼等のために必死になって考えて動いている常盤ときわさんが誹謗中傷をされるのは僕もそろそろ我慢の限界であったのだ。


 なので彼等に実力を示してしてもらおうと思う。


「やっぱり,常盤ときわさんのことで怒ってるじぇねえか!羨ましいねぇ,チクショウ!」

「あはは……。ところで,常盤ときわさん達は?」

「あっちだぞ」


 少し離れた所に義妹達と一緒に居るのが見えたが,常盤ときわさんの顔を見るとかなり優れないような顔色をしていた。


「お前が暴言を吐かれているのを見て本気で泣き出しそうにしていたぞ。自分が蒔いた種で無関係の人がまた傷付いたって」


 青葉あおばさんや結衣ゆいちゃんに励まされていたが,本当に痛々しいと思った――同時に胸に鋭い痛みを感じてしまった。


 ――やっぱり,も彼等を許せないんだね……。


「んじゃ,適当で行くから頼んだぞ,遙人はると

「うん,任せておいて」


 話し終えたちょうどいい頃合いに電磁掲示板が鳴り,トミー達は先にコートの中に入って行った。


「――神条かみじょう君!!」


 コートに入ろうとすると近くにいた常盤ときわさんに呼ばれて振り向いた。

 

 そこには彼女だけでなく常盤ときわさんを心配そうに見ている3人も一緒だった。


「――ごめんなさい!誠央学園の学生達があなたを……」

「さっきのことはもういいよ。それよりも,常盤ときわさんの方こそ大丈夫?」


 僕は小さい時の影響で暴言に耐性があるが,彼女はそうでもないだろう。


「ええ。私はあまり言われてないから大丈夫だから」


 先程も思ったが大丈夫だと無理して作っていた笑顔は本当に痛々しいと思った。


 どうすれば彼女の心は和らいでくれるだろうかと思っていると――ふと昔に母が書いていた小説の一文を思い出した。


 ――凄く恥ずかしい台詞で義妹達には笑われるかもしれないけど致し方ない。


「……できれば,君には笑っていて欲しいな」

「――神条かみじょう君?」

「そんな落ち込んだ顔で見送られたら勝てる試合でも勝てなくなるからね」

「…………」


 僕の言った台詞に常盤ときわさんは目を見開いて驚いた顔をしていた。


 まあ,そんな顔をされて当然――というか,後ろで笑いそうになっている3人!


 僕だってこんな台詞,恥ずかしいんだから笑わないでもらえるかな……。


 そう思っていると我慢できなくなったのか青葉あおばさんと結衣ゆいちゃんはお腹を抱えて笑い出してしまった。


「か,神条かみじょう君ってそんな台詞も言うのね」

「い,意外過ぎて,お腹が……」

「僕だって恥ずかしいんだから笑わないでくれるかな?」

「ふふっ,ごめんなさい,兄さん」


 不貞腐れた顔で義妹達を見ると常盤ときわさんも身体を震え出し笑いそうになった。


常盤ときわさんもそんなに笑わなくても……」

「ご,ごめんなさい。神条かみじょう君ってそんな台詞を言う人じゃないと思ってたから」


 笑いを堪えている彼女を見て安心したが,何だか納得がいかなかった。


「ありがとう,神条かみじょう君。私はもう大丈夫だから。――それにしても,まさか神条かみじょう君があの時の男の子だったなんてね」

「うぐっ……」


 出来ればその話は試合が終わってからにしてほしいと思った。


 色々と思うことがあるのか今の彼女はジト目で僕のことを若干睨んでいたのだ。


 ――まあ,あれだけいい物を触らせてもらったら怒られても仕方がないだろう。


「まあ,その話はあとでじっくりと聞かせてもらおうかしら。……それから,試合に負けても特に気にしなくていいから」

常盤ときわさん?」

「こちらが負けても私との関係が無くなるだけでしょう?それに,そうなったら私自身で本柳もとやなぎ君達のことは何とか――」

「……本当にそう思っているの?」


 僕の言葉に彼女は黙り込んでしまった。


 大丈夫と言っているが,LICENSEライセンスである僕に依頼するほどの内容なのだ。


 ――大丈夫じゃないに決まっているじゃないか。


 そう思った瞬間,。 


「か,神条かみじょう君!?」

「まだ,依頼を受けていないけど――少しは彼氏として頑張らせて欲しいな」


 驚いた彼女から手を離すと僕はコートの中に入って行こうとした。


「じゃあ,行ってくるよ――――」

「――えっ……」


 背を向けて急に僕を彼女はただ呆然と見送ってしまった。


「……おいおい,本当にあいつ常盤ときわさんの彼氏だったのか!?」

「でも,さっきの見たでしょう!?彼,常盤ときわさんの頭に触れていたのにいつもの発作が起きていなかったじゃない!?」


 コートに入った僕を見てやはり会場にいた者達は驚いていた。


遙人はるとぉぉ!!どういうことだ!?常盤ときわさんに触れられるってぇぇ!!」

「色々と事情が合ってね。それよりも,そろそろ試合が始まるから準備して」


 未だに問い詰めて来るトミーを織斑おりむら君に任せて僕は翔琉かけるの前に来た。


「面白い物を見させてもらったぞ,遙人はると

「試合前にそんなニヤニヤした顔をしないでくれる?あと,そっちの彼等も僕に殺気を送らないでくれるかな?」


 何だか別の意味で彼等に火を点けてしまったようだ。


「それでは,改めて試合を再開致します!」


 ――おぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!


 体育館に歓声が沸く中,審判の合図でボールが投げられると試合再開となった。


 試合が開始されてまず最初のボールを織斑おりむら君が取ったようだ。


「こちらは10点取れば勝利だ!落ち着いていくぞ!」

「「おう!!」」


 翔琉かけるの言葉で相手チームは気合を入れ直して織斑おりむら君に立ち塞がった。


 ――だが,織斑おりむら君は相手チームを見たままボールを適当に投げたのだ。


「何処に投げているんだ!?」

「あっちには誰も居なかったはずだぞ!?何の意味が――!?」


 彼は驚いて一瞬,目を疑ってしまった。


 先程までそこには誰も居なかったはずなのに――いつの間にかその場所には黒髪の男の子,僕が走っていて織斑おりむら君が投げたボールを受け取っていたのだ。 


「いつの間にあそこに移動したんだ!?しかも,フリーじゃないか!?」


 叫んだ彼が驚いたのも束の間,僕はそのまま一人で攻勢を仕掛けた。


遙人はるとがフリーだ!!」

遙人はると君,そのまま決めちゃってぇぇ!!」


 ボールを持った僕はそのままリング近くまで来ると相手チームの二人がこれ以上は通さないぞという目で立ち塞がった。


「最初の点数は打たせるか!!」

「ここは絶対に死守するぞ!――って!?」


 二人でなら余裕で防げると思っていたのだろう――それが間違いであった。


 彼等に突っ込んで行った僕は後ろにいたトミーにでボールを投げて渡すと受け取ったトミーはそのままシュートを決めた。


「トミーが入れたぞ!」

冨塚とみつか君,頑張ってぇ~!」


 先制点を入れられたことで応援する星稜学園の学生達と違って休憩席にいた赤松あかまつ先輩は苦い顔をしていた。


「……なぁ,神条かみじょうの動きどう思う?」

「1回だけでは判断することができないな。だが,俺達の予想通りのことをしているならあいつは相当にやばいぞ」


 誠央学園のチームは何かに気付いたらしい。


 そして,彼等の予想は最悪の予想で現実となってしまったのだ。


「また,神条かみじょうがボールを取ったぞ!」

「くそっ!何であいつがいつも誰もいない所にいるんだ!?」

「おかしいだろう!何であんなデタラメな投げる場所が分かるんだ!」


 これでだ――神条遙人かみじょうはるとが星稜学園チームが投げた適当なボールの位置に立っているのは……。


 そして,問題はそれだけじゃないのだ。


「一人で突っ込んできたぞ!誰にもパスを渡させるな!」

「「おう!!」」


 さっきから一人で突っ込んで来ては相手の位置が分かっているのか直ぐにマークしていないメンバーの所にボールを投げるのだ。


 しかも,初動がまったくないから動きが掴めないでもいたのだ。


遙人はると,勝負だ!」

「さっきから思っていたけどやっと翔琉かけるを出してきたんだね」

「まあな!色々と背負わなくて済んだからな」


 今までは賭けのことや先程拘束された交代したメンバーのことを気にして全力を出せなかったのだ。


 今の翔琉かけるが最初から攻めていたらほぼ同点に近かっただろう。


 ――だが,今の僕は翔琉かけるでは止めることは不可能だ。


「ごめんね,翔琉かける

「何で謝――って!?」


 フェイントを入れて翔琉かけるを抜くと僕はジャンプをしてダングシュートを決めた。


「……マジかよ!?あの身長でダングってどれだけジャンプ力あるんだ!?」

「はははっ,やっぱあいつ凄いな!」

「笑っている場合か,桐原きりはら!!もう13-4なんだぞ!!」


 翔琉かけるは笑っていたが,誠央学園の他のメンバーは理解が追い付けない事態に困惑しながら僕の対処に追われていた。


 そして,僕に対して盛大な応援がされる中,勝利に執着していた誠央学園の学生達の中にはある心境の変化が現れる者達が出始めて来ていたのだった。


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