第19話 それぞれの目的のために

 ――数日後の午後。


 先日,提案されたスポーツ交流会が開催された。


 体育館では誠央学園と星稜学園の1年生達が行うバスケの試合――白星しらほし会長と赤松あかまつ先輩の決闘の行方を見ようと多くの学生達が詰め寄っていた。


「……凄い数だなぁ」

「本当だな。他にも試合があるはずなのに大半はこっちに来ているのか?」


 待機場所である男子更衣室からトミーと織斑おりむら君は会場を覗き込んでいた。


 よく見ると教職員達も見学に来ており,購買部にいるおばちゃん達はこの商機を逃さんと商売逞しく観客席にいる学生達にお菓子屋や飲み物を売ってもいた。


「上級生達はあまりいないけど1年生の大半はここにいるんじゃないかな?でも,赤松あかまつ先輩って2年生のはずなのになんでだろう?」

「おそらく,星稜学園の生徒達は王子を見に来ているのでは?」


 既に準備万端であったスケさんこと天野大助あまのだいすけが当たり前の様に答えた。


「――大助だいすけ,今はユフィもすすむもいないから普通に接してくれない?」


 顔を引き攣らせながら言うと彼は一度溜息を吐くと普通に喋り出した。


「……悪いが,今の俺達はこっちの喋り方が異常なんだ。それに,俺達は王子にとんでもないことをしてしまったのは事実だからな」


 すすむと違って普通に喋ってくれたが,最早昔の喋り方に違和感があるのだろう。


 変わり果てた同級生を見て僕は苦笑してしまった。


「僕は気にしてないんだけどね。他の皆も気に掛け過ぎだと思うような――」

「いや,遙人はると。悪いが,それに関してだけは天野あまのが正しい」


 外に顔を覗かせていたトミーも織斑おりむら君も大助だいすけの言葉に頷いた。


 彼等も星稜学園に入学する前に色々あって周りから虐めを受けていたのだが,僕の事情,特に女の子達からの虐めを聞くと血の気が引いたとよく言われるのだ。

 

 あの女好きであるトミーですらそんな子達とは関わりたくないと言っており,僕が自覚していないだけであの子達はとんでもない子達であったらしい。


「彼女達を炊きつけてしまった原因は俺達にもある。それに,そのことで一番辛い思いをしたのは姫様なんだ。もう少し自分を大事にしてくれ」

「……肝に銘じておくよ。あんなユフィは二度と見たくないからね」


 おそらく,あの子が涙が枯れるほど泣いたのはあれが初めてじゃないだろうか。


 あんな義妹の顔は二度と見たくないと思ったのは事実なので気を付けてはいる。


「やあ,皆。おつかれさま。」

「兄さん,それに皆さんも準備は大丈夫でしょうか?」


 話し込んでいると更衣室の扉から義妹とすすむ,茶髪よりも少し赤髪に近い笑顔が似合う男子生徒が一緒に入って来た。


「あれ?佐倉さくら先輩?どうしたんすか?」

白星しらほし君に頼まれてね。君達のコーチ役を任されたんだよ」

「そういえば,聖人まさと会長は司会と進行で動けませんでしたね。ところで,ユフィ。常盤ときわさん達はどうしたの?一緒じゃなかったかな?」

美陽みはるさん達は翔琉かけるさんの所です。あちらに行った理由を問い詰めるとか」


 生徒会室で翔琉かける赤松あかまつ先輩のチームに入ったことを聞いた僕達。


 翌日,常盤ときわさんは翔琉かけるに怒りながら抗議したが,彼はバスケ部の知り合いから頼まれて協力したとだけ言ってそれ以上何も語らなかったのだ。


 だが,僕は翔琉かけるのことはあまり気にしていなかったりする。


 その理由は――目の前にいる義妹が何も言ってこないことだ。


「ユフィ,僕に何か隠しているんじゃないのかな?」

「……どうしてそう思ったんですか?」


 今回の勝負,負ければ結衣ゆいちゃんは赤松あかまつ先輩と付き合うことになるのだ。


 そんな状況を一番望んでいないのは義妹のはずだ。


 そして,この子は自分の大切な者に手を出す人ほど容赦をしないのだ。


常盤ときわさんがあんな必死なのにユフィはあんまり必死じゃないと思ったからね。翔琉かけると何か企んでいるんじゃないかなって」

「ふふっ,そんなことはありませんよ。それに,私は兄さんが負けるとは思っていませんから」


 ――本気を出したら……痛い所を付かれてしまった。


 僕を見て微かに笑っている義妹には全部お見通しであるらしい。


 これは負けたら色々と怒られるだけでは済まされないなと思った。


「まあ,兄さんは大丈夫ですよ」

「その含みが物凄く気になるんだけど……」

「女の子は秘密が多い生き物なんです。頑張ってくださいね」


 そう言い残すと佐倉さくら先輩に後を任せて義妹は更衣室を出て行った。


「君達は本当に仲がいいね」

佐倉さくら先輩もそう思うでしょう?なのに,遙人はるとってユフィちゃんがいるのに常盤ときわさんにも手を出してるんですよ!?」

「あれ?神条かみじょう君って義妹さん以外にも好きな子ができたの?」

「トミー,この間も説明したけど違うって言ったよね?」


 あれから毎日のようにクラスメイトから常盤ときわさんとの関係を聞かれている自分。


 おまけに,トミーが生徒会室でそのことを盛大に暴露したことで聖人まさと会長だけでなく宝城ほうじょう先輩,かえで先輩にも詳しく聞きたいと迫られてしまったのだ。


 だが,僕と彼女の間にまだ恋愛感情もなく彼女からの依頼である恋人の関係を受けるかも決まっていない状況であったのだ。


神条かみじょう君,僕から1つだけ助言してもいいかい?」

「何ですか,佐倉さくら先輩?常盤ときわさんとの話なら――」

って案外,悪いものでもないよ?」

「えっ!?それって,どういう――」

「失礼します。皆さん,そろそろ会場の方にお越し頂いてもよろしいでしょうか?」


 更衣室の扉から朝美あさみさんが入って来た。


「直ぐに行くよ。皆,いこっか?」


 佐倉さくら先輩の話が気になったが,今は試合の方が優先だろう。


 あとで話を聞こうと先程のことは頭の隅に追いやり先輩の後に続いた。


「――神条かみじょう君!」

常盤ときわさん?それに,青葉あおばさんも結衣ゆいちゃんも」


 更衣室から出ると翔琉かけると話し終えたのか3人が駆け足で近付いて来た。


「ごめんなさい。私達の事情に巻き込んでしまって」

「大丈夫だよ。それに,結衣ゆいちゃんとは友達だからね。ところで,翔琉かけるとは何か話ができたのかな?」


 3人に尋ねると青葉あおばさんが溜息を吐きながらムスッとした表情を浮かべた。


赤松あかまつ先輩の取り巻き達に邪魔されて近付くことすら許されなかったわ。ただ,行かなくて正解だったわね。よく見たら向こうにたちばながいたから」

たちばなさんって生徒会で言っていた?」

「うん。ただ,物凄く剣幕で赤松あかまつ先輩と話をしていたから何かあったのかな?」


 まさか誓約書まで書いたのに約束を違えたことはまずないだろう。


「それにしても,遙人はると君ってやっぱり鍛えているだけはあるね」

「そうね。お兄ほどでもないけど……」

蒼一郎そういちろう先輩と比べないでほしいかな。あの人には到底追い付けないよ」


 まあ,蒼一郎そういちろう先輩よりも兄上の方が数倍凄かったりするんだけどね……。


 そう思っていると常盤ときわさんが興味津々に僕を見ていることに気付いた。


常盤ときわさん?」

「!?ご,ごめんなさい。神条かみじょう君って結構がっしりしているなぁっと」

「よく言われるよ。あと,あまりジロジロ見られると流石に照れるから」

「っ!?」


 自分がジロジロ見ていたことに気付いたのか慌てて視線を外したが,そんな彼女を見て青葉あおばさんと結衣ゆいちゃんはニヤニヤとした顔をしていた。


常盤ときわさんはたちばなさんのことをどう思っているの?」

「――えっ?」

「同じ生徒会のメンバーだけど1年生達をまとめて君に敵対するような行動を取っている彼女のことを」


 僕の言葉に常盤ときわさんは少し考えるとはっきりと答えた。


「……恨んでないわ。たちばなさんが言っていることは正論だから」

「ちょっと,美陽みはる!?あれだけ敵意を向けられているのにあの子の肩を持つの!?」


 流石の青葉あおばさんも納得が出来ないのだろう。


 だが,そんな彼女の言葉に常盤ときわさんは首を横に振った。


「彼女の婚約者も彼等も本来は私が助けるつもりでいたわ。でも,彼等に何も出来なかったのは私の力不足。恨まれるのは当然の報いよ」

「みはるん……」


 心配する2人を他所に彼女は意思を曲げるつもりはないらしい。


 お人好し過ぎるだろうと僕も思ったが,その考え方は嫌いじゃなかった。


「僕は常盤ときわさんのそう言った考え方――結構好きだよ」

「えっ!?」


 驚いた彼女を他所に僕は軽く手を振ると佐倉さくら先輩達の所まで走った。


「――彼女と何か話でも?」

「大した話はしていませんよ。それよりも,そろそろですか?」


 相手コートを見ると体格の良い誠央学園の生徒達の中に翔琉かけるの姿があった。


 こちらの視線に気付いたのか何故かいつものように軽く笑っていた。


「それではこれより誠央学園と星稜学園のスポーツ交流会を開催します!皆~,盛り上がっていくよー!」


 会場がざわざわとしている中,聖人まさと会長が高らかに宣言すると,会場は見学する学生達の熱気で溢れ出した。


 そんな,会場を見渡し,聖人まさと会長はマイクをかえで先輩に渡すと相手チームに居た赤松あかまつ先輩に近付いた。


赤松あかまつ君,今日はよろしくね」

「それはこちらの台詞だ。君に勝って四之宮しのみやさんを貰い受ける!変わりに俺が負けたら二度と彼女には関わらないとここに誓おう!」

「僕は構わないよ。だけど,君には絶対,結衣ゆいちゃんを渡すつもりはないからね」


 そう言ってお互いに固い握手をすると更に会場は熱気に包まれた。


 既に聖人まさと会長が結衣ゆいちゃんと恋人(半婚約状態)というのは公表していることもあり,皆は試合の成り行きが気になっているのだろう。


 二人が手を離すと今度は僕達が整列してお互いに握手を交わした。


「……翔琉かける,どうして赤松あかまつ先輩に協力をしたの?」


 握手をした翔琉かけるの手を離すと僕は事情を尋ねた。


「協力した理由かぁ。まあ,簡単に説明すると――」


 そう言って少し考えると翔琉かけるは僕に指をさした。


 僕?と不思議に思っていると彼は何故かニヤッと笑みを浮かべた。


遙人はると,俺達も賭けをしないか?この試合でお前が負けたら――美陽みはるとの恋人の件は手を引いてもらうってのはどうだ?」

「――へっ?」

「「何だってぇぇぇぇぇぇ!?」」


 翔琉かけるから出た衝撃の発言に会場に居た学生達は僕と常盤ときわさんを見て驚いていた。


 そんな彼等の視線に常盤ときわさんは顔を赤くして縮こまっていたが――僕は先程の更衣室で笑みを浮かべていた義妹の理由をやっと理解して顔を引き攣らせるのだった。

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