第33話 烈牙の誓い
次の朝。
私は朝の紅茶を持ちいつも通り烈牙様の私室まで来たが扉の前の兵士が怪訝そうな顔をする。
それもそのはず今日は剣の稽古をするため私は侍従仲間から借りた男性の衣服を身に着けていたからだ。
侍女が男装しているのだから兵士が戸惑うのは当たり前。
「真雪殿。その恰好は?」
兵士の一人が私に尋ねてきた。
「はい。今日から魔公爵様に剣の稽古をつけていただくために用意した服です」
「剣の…稽古ですか?」
「はい。そうです」
兵士は納得したようなしてないような顔をしたが部屋に通してくれた。
私は紅茶の準備をして時間を確認して寝室に入る。
今日は棒などの物騒な物は持っていない。
カーテンを開けると部屋が明るくなり私は烈牙様のベッドに近付く。
烈牙様は上掛けの布を頭から被り寝ていたので寝顔などは見えない。
相変わらず私の気配には気付かない様子だ。
昨日の棒で叩いて起こすのはさすがにやり過ぎだったと思うがこんなに無防備で寝ているのを見るとやはり心配になる。
でも烈牙様は私が棒で叩こうとしたら反応して起きたからきっと不審者が来ても大丈夫よね。
それよりも今は自分の仕事をしなくちゃ。
「おはようございます。烈牙様。起床のお時間です」
私は大きめの声で言ったが烈牙様は反応無し。
「烈牙様。起きてください。朝ですよ」
私は二度目の声をかけた。
だが今回も烈牙様は身動き一つしない。
おかしいわね。体調でも悪いのかしら。
「烈牙様。お体の調子でも悪いんですか?」
その声にも烈牙様は反応しない。
まさか、死んでるわけじゃないわよね。
心配になった私は慌ててベッドに近寄って烈牙様の体に触れようとした瞬間、烈牙様の手が私の腕を掴み私をベッドに引きずり込む。
「きゃあ!」
私は思わず悲鳴を上げてしまう。
一瞬、何が起きたか分からなかったが自分の身体に圧し掛かる重みを感じて私は目を見開く。
いつの間にか私は烈牙様に組み敷かれていたのだ。
「おはよう。真雪」
烈牙様は余裕の笑みを浮かべて私を見下ろしていた。
狸寝入りだったのね!
だまされたわ!
「烈牙様! 起きていらしたんならちゃんと起きてください!」
私は烈牙様の身体を間近に感じて顔が赤くなってしまう。
乱れたガウンからたくましい上半身が見えアリシアだった時に烈牙様に毎夜愛された記憶が蘇る。
心臓がバクバクと脈打って破裂しそうだ。
だからそういうこと思い出しちゃダメよ!
そもそも烈牙様の寝起きの姿は男性の色気ムンムンだから昔から心臓に悪いのよ!
混乱に陥る私とは対照的に烈牙様は余裕のある態度で私に甘く囁く。
「真雪が口づけでもして起こしてくれないかと期待したんだが」
「そんなこと致しません!」
「朝の挨拶くらいいいだろ?」
そう言って烈牙様は私に顔を近づけて私の額に口づけをした。
「っ!?」
私は烈牙様の身体を押し退けようとするが烈牙様のたくましい身体はビクともしない。
「本当は唇にしたいところだが真雪の想い人に申し訳ないからな」
私は体をビクリと身体を震わせた。
私の想い人は烈牙様だ。
ここで想いを打ち明ければ烈牙様は応えてくれるだろうか。
自分の気持ちを告白するかどうか迷っているとスッと烈牙様が私の身体から離れた。
「あまりからかうのも良くないな。悪かった。真雪」
烈牙様の謝罪の言葉が私の心に鋭く突き刺さった。
私をからかったの?
私が好きで口づけをするのではなくからかうために口づけをしたの?
この口づけに愛情はないんだわ……
その事実に私は衝撃を受ける。
「烈牙様はからかうために私に口づけをするのですか?」
私の瞳から涙がポロリと零れた。
きっと烈牙様は私じゃなくてもお気に入りの侍女ができれば同じように口づけをしてからかうのかもしれない。
私ではなくお気に入りの女性であれば誰でもかまわないのかも。
もちろん結城たちから烈牙様がこれまで侍女を置いてなかったことは聞いている。
しかしそれは今の私には何の慰めにもならない。
烈牙様はたまたま私を気に入ってからかうと面白いから口づけをしただけなのだ。
だから「私」でなくとも烈牙様から口づけをされる女性は他にいたかもしれない。
その可能性に私の心は悲鳴を上げ涙が堪え切れなかった。
「真雪……」
「からかうためならもうやめてください!」
私の涙を見て烈牙様は明らかに動揺していた。
こんな動揺した烈牙様の顔は見たことがない。
どんな時でも余裕を失うことはない烈牙様なのに今は明らかに狼狽えている。
「すまない。真雪。そんなに私に触れられるのは嫌だったのか?」
嫌なわけないじゃない!
好きな人に触れられて口づけされて喜ばない人間がいると思うの?
でも烈牙様は私をからかっただけ……
私は涙を拭って身体を起こした。
「私は相思相愛の方と肉体の関係を持ちたいと思っています。それ以外の人とはそういう関係にはなりたくありません。たとえ口づけだけであっても」
私の訴える言葉を聞き烈牙様は真面目な顔になった。
「すまなかった。真雪。お前の心を無視するようなことをして。今後はこのようなことはしないと誓う」
「本当ですか?」
「ああ。約束だ。必要以上には真雪には触れない。もしこの誓いを破ったら私の命は真雪にやろう」
烈牙様のその言葉に心が震えた。
アリシアだった頃、烈牙様は私に誓ったことを破ったことはなかった。
それがどんな些細な誓いでも。
だから分かるのだ。
烈牙様が今本気で真雪に誓っていることが。
「分かりました。私も取り乱してしまって申し訳ありませんでした」
私はベッドを降りて自分の乱れた心を落ち着かせる。
「烈牙様。今朝は剣の稽古をしていただけるのでしょう? 私、楽しみにしているんです」
心からの笑みを私は烈牙様に向けた。
もう私は怒っていませんという思いを込めて。
烈牙様にもその気持ちは伝わったのだろう。
表情を和らげて私に向けて微笑んでくださる。
「そうだったな。では準備をして行こうか。真雪」
「はい。烈牙様」
今はこの関係を崩したくない。
いつか烈牙様の中で真雪という存在がアリシアを超える存在になる時を待とう。
その時に私は自分の想いを烈牙様に伝えよう。
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