第5話 想い出のオルゴール
次の日、私はさっそく東棟の掃除に取りかかる。
私の今日の受け持ちは二階にある第六公子から第九公子の部屋の掃除だ。
私はまず昨日吹雪と響に挨拶した第九公子の響の部屋から始めることにした。
扉をノックして響が在宅か確かめるが返事はない。
鍵は開いてるしこれは入ってかまわないということね。
私はバケツに入れた水が零れないように気を付けて持ちながら部屋に入る。
昨日も思ったけれど響の部屋は整理整頓されていて綺麗な部屋だ。
響は几帳面な性格をしていたからそれが部屋にも表れているのだろう。
まずはハタキで埃を落としていく。
毎日清掃が入っているせいかそんなに埃は溜まっていない。これならそんなに時間がかからず終わるかもしれない。
男爵家に生まれてもそれほど裕福な暮らしをしていたわけじゃないから我が家のルールは自分のことは基本的に自分ですること。
なので掃除自体は家でもやっていたから苦にはならない。
ハタキをかけながら何気なく戸棚の上の時計の隣に置いてあったそれを私は見つける。
それは細かいデザインが特徴の小さなオルゴールだった。
私はドクンと心臓が高鳴る。
それは私が響の5歳の誕生日に贈ったオルゴールだったからだ。
響は幼い頃から音楽が好きだったのでこのオルゴールを誕生日の贈り物に選んだ。
オルゴールをもらった時のまだ幼かった響の笑顔が私の脳裏に蘇ってくる。
ああ、響は今も私が贈った物を大切に持っていてくれたのだわ。
私が亡くなってからかなりの時間が経っているのに。
魔族にとっては人間ほど長い時間と感じてはないかもしれないが私にとっては生まれ変わるまでの時間は長かった。
今でも響がこのオルゴールを部屋に飾っていることに感激して私は目に涙が浮かぶ。
そしてオルゴールを触ろうとした。
「それに触るな!」
その瞬間、鋭い声が部屋に響く。
声に驚いて私は慌てて手を引っ込めた。
声のした扉の方を見るとそこには響が立っていて険しい表情を私に向けている。
明らかに怒っている様子だ。
「申し訳ございません。響様」
私は頭を下げ響に謝る。
使用人が公子の持つ私的な物に許可なく触れることは許されない。
響が怒るのは当たり前だ。
たとえそれが前世の私が響に贈った物だったとしても。
「お前は確か昨日挨拶に来た新しいメイドだったな。名前は真雪だったか」
「はい。さようでございます」
私は頭を上げて答える。
すると怒りを鎮めるためか響を息を吐き出して一呼吸してから私に話しかけた。
「怒鳴って悪かった真雪。だがこのオルゴールは私にとって特別なモノなんだ。触らないで欲しい」
「申し訳ございませんでした。以後、気を付けます」
「いや、お前は何も知らなかったのだから今回は許す」
「はい。ありがとうございます」
響は戸棚の上のオルゴールを大事そうに触る。
その顔はとても優しくどこか寂し気な表情だ。
「それはどなたか大切な方からの贈り物ですか?」
私は思わずそんなことを訊いてしまった。
響は私がそんなことを訊くとは思っていなかったのだろう。
目を丸くして驚いた表情をしている。
それはそうね。メイドごときが尋ねて良い内容ではないわね。
今はただのメイドでしかない私が公子である響の所有物に対してあれこれ訊くのは間違っているわ。
ごめんなさい、響。
私は再び謝ろうと言葉を発しようとした時に響の方が先に口を開いた。
「なぜそう思う?」
「あ、はい。響様がオルゴールを見つめる瞳がとても優しい瞳だったのでとても大事にされていらっしゃるのだと思いまして」
私は正直に答えた。
先ほどの響の瞳はオルゴールをまるで愛おしい者を見つめているかのようだった。
もしかしたら響はオルゴールを見て母親のアリシアのことを思い出していたのかしら。
「ああ、そうだ。これは亡き母上が私の5歳の誕生日に贈ってくれたオルゴールだ」
ああ、やっぱりそうなのね。だからそんなに大事にしているのね。
ありがとう、響。
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