第4話 吹雪からのパートナーのお誘い

「だってこんなに美人なんだし、うちのメイドにしておくのはもったいないよ。響はそう思わない?」


「確かに。美人だけど……」


「真雪。別に取って食ったりしないから今度パーティーに連れて行ってあげるよ。俺はこれでも紳士だからさ」


 吹雪はすっかり乗り気だ。


 紳士は嫌がってる女性を無理に誘わないものよ、吹雪。

 いい子ではあるけど吹雪はちょっと強引なところがあるわね。

 私がアリシアとしてここにいるなら「他人の気持ちも考えなさい」って注意したいところだわ。


 しかし私は今はただの新人のメイド。

 公子の吹雪を怒る訳にもいかない。


「吹雪兄さん。それぐらいにしておいた方がいいですよ。真雪に嫌われたら元も子もないでしょ?」


 私が困っているのを察したのか響がやんわりと吹雪を注意した。


「ちぇ、仕方ないな。でもパートナーの件考えておいてね。俺は真雪のことが気に入ったからさ」


 吹雪は私にウィンクするとソファに戻る。

 私は内心ホッとした。


 響が注意してくれて助かったわ。

 私のことが気に入ったって吹雪は言ったけどパートナーにするって誘ったのは私を口説いたつもりかしら。

 自分の息子に口説かれるなんて新鮮な体験ね。


「では明日より東棟のお掃除をさせていただきますのでよろしくお願いします」


「分かったよ。よろしくね~」


 片手を私に振りながら吹雪は再び私にウィンクをする。


 やれやれ前途多難だわ。

 吹雪は「女好き」にでも育ってしまったのかしら。

 それはそれで問題よね。


 事前に人に聞いた話では私の息子の公子たちは全員まだ独身とのこと。

 いずれは息子たちもお嫁さんをもらって欲しいが息子が「女ったらし」だったら母親の私は心配だ。

 もちろん心配したところで今の私の立場ではどうしようもないのだが。


 紅葉と二人で部屋を退室した後に私は紅葉に尋ねた。


「吹雪様というのはいつもあんな感じなの?」


「そうね。使用人にも気楽に声をかけてはくれるけどメイドをパーティーのパートナーにするとは今まで聞いたことがないから真雪のことが気に入ったのね。公子様の側室になれるかもよ」


「まあ、冗談はやめてちょうだい。私が公子様の側室になれるわけないじゃない」


 身分の高い貴族は正妻の他に側室が持てる。

 烈牙様は私を正妻に迎えてから側室をどうかと勧められていた時もあるけどその度に「妻はアリシアだけでいい」と断っていたのを知っている。


 私は烈牙様が自分だけを愛してくれていると単純に喜んでいたけれどこの魔界の常識ではそれが普通でないことを生まれ変わってから気付いた。

 「魔公爵」とも呼ばれる烈牙様が正妻しか持たないのは本当に珍しいことなのだ。


 魔族は家族の情が人間ほど強くないとは言っても貴族の魔族は家を継ぐ子供を欲しがる。

 けして長子が継ぐとは決まってない。基本的に子供が複数いる場合はより魔力の強い子供を跡継ぎとすることが多い。


 だから正妻の他に側室も迎えて子供を多く作ることが好まれる。

 子供の数が多ければ魔力の強い跡継ぎを選ぶ時に選択肢が増えるからだ。


 幸い私の魔力では家の跡継ぎに選ばれることはなかったから良かったけれど。


 まあ、私の場合は烈牙様との間に息子を九人産んだのだから烈牙様も側室を迎えて子供を産ませる必要性を感じなかったのかもしれない。


 紅葉の言う公子様の側室という立場は身分の低い私のような男爵家の娘であれば本来は喜ぶことかもしれないがその公子が前世とはいえ自分の息子だと認識のある私にとっては冗談でもお断りする案件だ。


 自分の息子の側室なんて考えられない。

 それに私には烈牙様がいるのだから。

 そういえば烈牙様はどこにいらっしゃるのかしら。

 早く烈牙様のお姿を生で見たいわ。


「それと紅葉。魔公爵様はどこにいらっしゃるのかしら?」


「魔公爵様は西棟で過ごされているわ。たまに中央棟にいることもあるけれど。魔公爵様に会いたいの?」


「一応私の主人に当たる人物ですもの。お顔を拝見したいわ」


 私はあくまで使用人として魔公爵に会いたいのだと強調する。

 絶対に烈牙様にもう一度愛されたいと願っているなど知られてはならない。


「そうねえ。貴女の気持ちは分かるけどすぐには無理かもね。西棟には竜葉様が認めた使用人しか入れないから」


「そうなのね」


「でも偶然お会いすることもあるかもしれないけれど」


「紅葉は会ったことあるの?」


「もちろんお姿を見たことはあるわよ」


「どんな方だった?」


「う~ん。一言で言うととても綺麗な殿方ね。黒い髪に赤い瞳で表情は無表情なことが多くて笑ってる顔は見たことないかも。怖いって感じでもないんだけど冷たいような印象を受けたわね。あ、でも、これは外見の話よ。魔公爵様は使用人に対しては理不尽に怒ったりしない方らしいし私も自分の主人として尊敬してるわ」


「そうなのね」


 私は昔の烈牙様を思い出す。


 私の前では笑顔でいることも多かったが他の者がいると確かに笑顔を出す方ではなかったわね。

 でも紅葉の言う通り使用人に対して高飛車な態度をとるような方ではないのよね。


 烈牙様の優しさは私が一番よく知っている。


「さあ、もうすぐ夕飯の時間よ。使用人たちが使う食堂に案内してあげるわ」


「ありがとう」


 私と紅葉は使用人棟に戻った。


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