第3話 公子の吹雪と響

 屋敷自体は私がアリシアとして住んでいた頃と変わらない。

 変わっているのは壁にかけられた絵画や調度品として飾られている彫刻など。


 私は紅葉の後をついて行きながらもキョロキョロと辺りを見回す。


 私の目的は烈牙様と再び愛し合うこと。

 だから屋敷内を歩いていると自然と烈牙様がいないか探してしまう。


「どうしたの? キョロキョロして」


「いえ、立派な屋敷だなと思って」


 まさか偶然烈牙様に会えないかなんて思っていたとは紅葉には言えないわね。


 再び烈牙様に愛されたいと願ってもそれは生まれ変わったアリシアではなく真雪として愛されたいと願う私は自分の正体を隠さなければならない。

 親切そうな紅葉に嘘をつくのは心苦しいがこれは仕方ないこと。


「そりゃあ、魔公爵様の屋敷だもの。王城には負けるけどこれ以上の広くて豪華な屋敷は他にはないわよ。ここが食堂ね。こっちは遊戯室。それに図書室」


 案内をしながら紅葉は屋敷の東棟までやってくる。


「東棟は主に公子様たちの部屋があるわ。真雪はここの掃除担当ね。大丈夫よ、公子様たちはメイドにも優しいから。でもその優しさを勘違いしちゃダメよ」


「勘違い?」


「優しくされて自分が公子様に愛されているって勘違いする使用人がいないわけではないということよ」


「まあ、私はそんなこと思わないわ」


 だって前世では私の息子だもの。

 息子たちのことは愛しいと思ってもそれは母親としての愛情。息子に恋心を抱くなんてありえない。


「真雪がそういう人間じゃなくて良かったわ」


 東棟は三階建てだ。

 二階と三階に公子たちの部屋がある。


「昼間は皆様お仕事に出かけていることが多いわ。だから掃除は昼間の内に済ませてね」


「分かったわ。でも公子様がお部屋にいたら掃除はどうしたらいいの?」


「その時は公子様に掃除が必要か訊けばいいわ。それぐらいの会話は許されているから」


「なるほど」


 紅葉は一つの部屋の前で止まる。


「どうしたの?」


「シ、静かに。今、第七公子の吹雪ふぶき様と第九公子のひびき様がご在宅なの。この部屋にいると思うから挨拶をするわよ」


「え! 公子様に?」


「真雪が新しいメイドだって顔を覚えていただけなかったら不審者に思われるじゃない」


「なるほど。そうかもね」


 私は緊張した。

 自分の息子の成人した姿が見れるのだ。特に響は響が5歳の時に私は亡くなったから無事に成長しているか心配だった子供だ。


 紅葉が扉をノックする。

 すると中から若い男の声で入室を許可する声が聞こえた。


「失礼します。公子様」


 紅葉が最初に中に入り私も紅葉の後に続くように部屋に入る。


「失礼いたします」


 ソファに二人の男性がいた。

 一人は銀髪に青い瞳。もう一人は金髪に青い瞳の人物だ。


 紅葉に教えてもらわなくてもどちらが吹雪でどちらが響かすぐに分かったわ。

 銀髪の方が第七公子の吹雪で金髪の方が第九公子の響だ。

 ああ、二人とも大きくなって。


 特に響は5歳の時の記憶しかなかったから立派に成長した姿に思わず涙が出そうになるがグッと堪える。

 初対面のはずのメイドがいきなり公子の前で泣く訳にはいかない。


「吹雪様、響様。新しく入りましたメイドを紹介いたします。真雪です」


「初めまして。吹雪様、響様。真雪と申します」


 私は二人に挨拶をした。


「ああ。新しいメイドか。俺は吹雪。よろしくね」


「私は響です。よろしく」


 二人は私を見つめて挨拶をしてくれる。


 メイドにもちゃんと挨拶してくれるなんて良い子に育ってくれて良かったわ。


 私が感激していると吹雪がソファから立ち上がり私に近付いて来る。


「へえ、真雪って白銀の髪なんだね。珍しくて綺麗」


 吹雪はまじまじと私の顔を見た。

 私の姿には前世の面影はないから私がアリシアだとは気づかないと思うがちょっとドキドキする。


「はい。私の家族でも白銀の髪は私だけでして」


「そうなんだ。社交界にデビューすれば男性たちが放っておかないと思うけど」


「お褒めの言葉ありがとうございます。ですが私は王城への入城許可も持たない男爵家の者ですので社交界に出ることはありませんわ」


「それじゃあ、今度、社交界に俺のパートナーとして一緒に行かない?」


 吹雪の言葉に私は戸惑ってしまう。

 仮にも公子のパーティーのパートナーにメイドが選ばれるなど聞いたことがない。


 冗談で言ったのよね?

 それに吹雪には悪いけど私は烈牙様以外のパートナーを務める気はないの。

 ここは穏便に断るしかないわね。


「あの。私は公子様のパートナーになれるような身分ではありません」


「身分なんて気にしなくていいよ。男爵家だって貴族は貴族なんだし俺のパートナーでもおかしくないよ」


 身分で人を判断しない人に育ってくれたのは嬉しいけれど私は貴方の母親なのよ、吹雪。

 困ったわ、どうしようかしら。


「吹雪兄さん。無理強いはいけないよ。真雪が困っているじゃないか」


 響が助け船を出してくれた。


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