第2話 ルームメイトの紅葉
魔公爵邸は王都の東の貴族の家が立ち並ぶ一角にある。
他の貴族の家より圧倒的に広い。周りをグルリと高い塀に囲まれていて普通に歩いていては魔公爵邸の姿を見ることはできない。
私は魔公爵邸から迎えに来た馬車に乗った。
メイドのために迎えの馬車を寄越すなんてそれだけ財力に余裕があるということだ。
自分の屋敷で働く者への心遣いを烈牙様は忘れたことはない。
良かったわ。
烈牙様の心は変わってないのね。
私を乗せた馬車は魔公爵邸の裏門に着く。
メイドや侍従は裏門から屋敷に出入りする。私が裏門に着くと一人の侍従が屋敷の中へと案内してくれた。
昔、私はここで暮らしていたから屋敷の間取りは目を閉じても間違いなく歩ける。
侍従は私を使用人棟にある応接間に連れて行った。
そこには見知った顔の男性がいた。
金髪に緑の瞳でちょっと気難しい表情をすることの多い
竜葉は烈牙様の側近で何でも屋のような仕事をしている。
もちろんアリシアであった頃は面識はあるが真雪としては初対面だ。
私はスカートを持ち上げて淑女の礼をしながら挨拶する。
「本日よりメイドとして魔公爵様にお仕えいたします真雪と申します」
竜葉は私の淑女としての礼がきちんとできていることに満足した顔になった。
「私は魔公爵烈牙様の側近で竜葉という。屋敷の内外のことは全て私を通すことになっている。ジル男爵令嬢真雪殿で間違いないか?」
「はい。間違いございません」
「では屋敷での仕事のことを貴女に教える人間を紹介しよう。
すると部屋の端で待機していたメイドが竜葉の前に進み出る。
「彼女はメイド頭を務める湊だ。湊、こちらはジル男爵家の真雪殿だ。今日から住み込みで働くことになった。彼女に仕事の分担と部屋に案内してあげてくれ」
「承知いたしました。竜葉様」
竜葉はそう言うと部屋を出て行った。
相変わらず忙しそうね。
まあ、烈牙様はあまり自分の側に人を置かない人だから竜葉が何でもしないといけないから当たり前か。
「こんにちは。真雪。私は湊。まずは荷物を部屋に置かないとね。部屋に案内するわ」
湊はニコリと笑みを見せた。
湊のことは知らないけど現在メイドを仕切っているのはこの方なのね。
「はい。ありがとうございます。湊様」
「様じゃなくて「さん」付けで呼んでおくれ。私はあまり身分差にはこだわりがないんだ。真雪が仕事を一生懸命にやってくれるならあたしらは仲間だからね」
「はい。分かりました。湊さん」
私がアリシアだった頃もメイドや侍従は仲が良かった。
人間だった私にも優しく接してくれたものだ。
「じゃあ。行くよ」
湊は私の前を先導するように歩き始める。
私は湊に遅れないように付いて行った。
「ここが真雪の部屋だよ。ルームメイトがいるからね」
二人で一部屋を使うのね。
部屋の中に入ると二つのベッドと二つの机。それに衣装箪笥などがある。
「もうすぐルームメイトの
「湊さん! 新しいメイドの方ですか?」
現れた女性は私より年上だが茶髪に緑の瞳が印象的だった。
「ああ、そうだよ。ジル男爵家の真雪だ。仲良くしてあげてくれ、紅葉」
「は~い。こんにちは真雪さん。私はユウラン男爵家の次女の紅葉よ。よろしくね」
「はい。私はジル男爵家の真雪です。どうか真雪と呼んでください。紅葉さん」
「なら私も紅葉って呼んで。私これでも20歳なの。ここに勤めて二年経つわ。何でも訊いてちょうだい」
「ありがとうございます。紅葉」
紅葉はニコニコしている。
笑顔が素敵な女性ね。
これから仲良くしたい先輩だわ。
「それで真雪の仕事なんだけど最初は公子様のお部屋の掃除をしてくれないかい?」
「公子様の部屋の掃除ですか?」
「そう。まずは屋敷の間取りを覚えるには掃除係がちょうどいいからね。屋敷に慣れたら公子様のお茶菓子を運んだりお茶を淹れたりする仕事をしてもらうから」
魔公爵邸の間取りならもう頭に入っているのだけれどここは知らないふりをするのが正解ね。
「分かりました。お屋敷が広いから迷子にならないように気をつけます」
「よろしい。では明日から頼むよ。紅葉も注意しなければならないことを教えてあげておくれ」
「分かりました。湊さん」
紅葉が湊に一礼すると湊は部屋から出て行った。
私は自分の荷物をベッドに置く。
「どっちのベッドを使えばいいんですか?」
「そっちでかまわないわよ。私はこっちのベッドを使っているから。それに机は左側のを使って。衣装箪笥はこっちのやつね」
「ありがとうございます。紅葉」
「私にあまり敬語は使わなくていいわ。お互い気楽に話しましょう?」
「分かったわ。じゃあ、これからよろしくね」
「こちらこそ」
私は荷解きにかかった。そんなに荷物は持って来ていない。
メイドの衣装は魔公爵家が揃えてくださると聞いていたから。
紅葉は自分のベッドに座りながら私が片付けるのを見ている。
「ねえ、その白銀の髪って素敵ね。生まれつきなの?」
「ええ。そうよ。目立つかしら?」
「そうねえ。でもメイドは皆髪を一つに纏めてキャップを被るからそれならそんなに目立たないんじゃないかしら」
紅葉も茶色の髪を一つに纏めてキャップをしている。
「紅葉はもう仕事は終わりなの?」
「あら、私は真雪に屋敷の案内をするように言われたの。公子様のお部屋の掃除だって公子様の部屋が分からなければ掃除できないでしょ?」
「そうね。もう少しで荷物が片付くから」
「ゆっくりでいいわよ。荷物が片付いたらメイドの服に着替えてね」
「分かったわ」
私の衣装箪笥にはメイドの服が何着か用意されていた。
これを着回しして使えということね。
「じゃあ、着替えるわね」
私はメイドの服に着替えて鏡の前で白銀の髪を纏めてキャップを被る。
確かにこれでは白銀の髪はあまり目立たないわね。
じっくり見られたら分かるだろうけど。
「それじゃ、行きましょうか」
私と紅葉は部屋を出て屋敷内を歩き始めた。
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