第9話 烈牙との再会

 それから数日は平穏な日々が続いた。


 吹雪や響と顔を合わせることはあっても彼らは私を口説くことはなかった。

 でも笑顔で挨拶はしてくれる。


 きっと私を口説いたのはこの白銀の髪のように物珍しかっただけなのね。

 諦めてくれて良かったわ。


 そう解釈した私は自分に与えられた仕事を黙々とこなしていた。

 他の公子と会うことはほとんどない。私は昼間の掃除だし公子たちは夜遅くに帰って来る。


 できれば他の息子たちの様子も見たかったがメイドの私が用もないのに公子の部屋に行って公子と話す訳にはいかない。

 私が母親のアリシアの生まれ変わりだと公子にバレてしまったら烈牙様にすぐに報告がいくだろう。


 そうすれば烈牙様は喜んで私を愛してくれるかもしれないがそれでは意味がないのだ。

 アリシアの記憶を持っていても私は真雪という存在なのだから。


 それでも私の烈牙様を想う気持ちは日に日に強くなる。

 なんとか烈牙様を遠くからでも見かけられないかと思っていたがまだその機会は訪れない。


 しかしその日は突然やってきた。

 私が紅葉と昼食を食べていると竜葉が慌てた様子で食堂にやって来る。


「真雪! 真雪はいないか!」


 突然自分の名前を呼ばれて私は慌てて返事をした。


「はい。ここにおります」


「私と一緒に来なさい」


「どこへですか?」


「いいから一緒に来ればいい!」


 竜葉はそう言って私に背を向けて歩き出す。


 いったいどうしたのかしら?

 私が何か仕事でミスでもしてしまったのだろうか。


 私はなぜ竜葉に「一緒に来い」と言われたか分からなかったが竜葉に置いて行かれないように懸命について行った。

 竜葉は屋敷の西棟の入り口に向かうようだ。


 まさか烈牙様のいる西棟に入れるの?


 竜葉はそのまま西棟に入って行く。

 私はためらいと期待に胸をドキドキさせながら西棟に入った。


 警備の者も竜葉が一緒なので私が西棟に入ることを止めることはしない。


 もちろん私は西棟の造りも全部把握している。

 だって前世ではここに烈牙様と私の部屋があったのだから。


 西棟も豪華な装飾品が飾ってある立派な建物だ。

 魔公爵の烈牙様が住むに相応しい。


 でも烈牙様はあまり贅沢を好まれる方ではなかった。

 廊下に飾ってあるこの豪華な絵画や壺などはここに来る来客のためだと昔聞いたことがある。


 魔公爵である烈牙様を訪ねてくる者は身分の高い者が多くそれらの者たちに魔公爵としての権威を見せる意味があるらしい。


 烈牙様の仕事に関しては私はほとんど知らないが魔王の同母弟で魔公爵の位を持つ烈牙様には政敵もいることは聞いていた。

 面と向かって敵対する者はいないがそれでも水面下では権力争いがあるので魔公爵として隙を見せる訳にはいかないのだと私に烈牙様が説明してくれたことがある。


 竜葉は西棟の二階に上がる階段の前で私を振り返り驚きの一言を放つ。


「真雪。今から魔公爵様に会っていただく。粗相のないようにな」


「魔公爵様に!? あの、なぜ私が?」


「お話は魔公爵様が行う。魔公爵様がいいと言うまで真雪は口を開かないように」


「は、はい」


 私の心臓はドクドクと高鳴った。

 突然の出来事だが烈牙様に会える。

 今生ではまだ一度もお会いしたことはないあの方に。


 竜葉は二階の一室の前で止まると扉をノックする。


 ここは烈牙様の私室だ。


 私は緊張で手に汗が滲む。

 烈牙様に会いたい気持ちは強いが自分がアリシアの生まれ変わりだとバレる訳にはいかない。


「誰だ?」


 部屋の中から低音の耳障りの良い男性の声が聞こえた。

 その声は間違いなく烈牙様だ。


「竜葉でございます。真雪を連れてきました」


「入れ」


 竜葉は扉を開き部屋に入る。私も震える身体を誤魔化しながら中に入った。

 中に入ると六人の男性がいる。


 二つの四人掛けの大きなソファに男性が三人と二人で座っていてそして一人掛けの椅子に私がもっとも会いたかった相手の烈牙様がいらした。


 黒い肩までのサラリとした髪は闇の化身のように艶やかに輝き赤い瞳は切れ長で鋭い。

 美しい美貌は衰えることはなく昔よりもさらに美しくなったような気さえする。


 ああ、昔と変わっていない。私の愛した烈牙様だわ。


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