第8話 天下の宝刀
響は一曲弾き終える。
「素晴らしいですわ、響様。こんな美しい音色は初めて聴きました」
私は感動すら覚えて響の演奏を褒めた。
こんな素晴らしい曲を弾けるなんて響は優しい子に育ったのね。
音楽にはその人物の心が現れると聞いたことがある。
こんな美しい音色を響かせる響はとても美しい心を持っているに違いない。
響の立派な成長に涙が出そうになるが私はグッと堪えた。
「ありがとう。真雪」
響はニッコリと笑う。吹雪にも負けない素敵な笑顔だ。
すると今度はノックがないまま扉が開く。
「相変わらず美しい音色だな。部屋の外まで響いていたぞ」
現れたのは黒い髪に茶の瞳の若い男性。
私はすぐに誰だか分かった。
第五公子の
「颯兄さん。今日は王城に行ってるんじゃなかったの?」
吹雪が颯に問うと颯は答える。
「王城の仕事が早く片付いてな。今日は午後から休みを取った」
そして颯は私に気付いたようで私を見つめた。
私は慌てて立ち上がろうとする。公子とメイドが同じようにソファに座るなど不敬に当たる。
吹雪たちが許しても颯に咎められる可能性は十分にある。
なにしろ真雪と颯は今生では初めて会うのだから。
「真雪は立たなくていいよ」
そう言って吹雪が私の腕を掴んだ。
私は手を振り払うこともできずそのままソファに座ったままになる。
どうしましょう。
颯は怒るかしら?
「誰だ? その女は?」
颯は不審そうな表情を浮かべた。
やはりメイドが公子たちと同席していることを不審に思ったようだ。
「新しいメイドの真雪だよ。今、響の演奏を聞いてもらってたんだ」
「新しいメイド?」
私は吹雪の手を振り払い立ち上がって颯に頭を下げた。
吹雪は不満そうな顔をしたが私は無視して颯に挨拶をする。
「初めまして、颯様。新しくメイドとして雇われた真雪と申します」
私の丁寧な自己紹介に颯も姿勢を正した。
どうやら私のことを不審者ではないと判断してくれたようだ。
「俺は第五公子の颯だ。王城の騎士をしている」
まあ、颯は昔から剣術に優れていたけれど騎士になったのね。
颯は騎士らしく剣を帯剣していて服装も騎士が着るような服を着ている。
その姿が凛々しくて息子の颯が立派に育ってくれたことを嬉しく思いながら颯を見つめていると颯が私に近付いてきた。
「白銀の髪か。珍しいな。顔も整っていて美しい」
私は不意の褒め言葉に思わず顔を赤くしてしまった。
自分の息子に美しいと言われるなんてやっぱり不思議な感覚ね。
昨日は吹雪たちにも容姿を褒められたけどなかなか慣れないものだわ。
「ダメだよ。真雪に手を出しちゃ。俺たちの方が早く真雪と知り合いになったんだから」
吹雪がジロリと颯を睨む。しかし颯はそんなことでは怯まない。
人の悪そうな顔をしながら颯は吹雪に視線を向ける。
なんか嫌な気がするわ。
「先に知り合ったから自分のモノという理由はなりたたないだろう。俺もこの女を気に入った。真雪と言ったな、今度一緒に出かけないか?」
颯の言葉に私は呆れてしまう。
吹雪も颯も私を一目で気に入ったようだけど息子たちはこんなに女好きだったかしら。
そもそも息子同士に取り合いされたって私は興味はないのだけれど。
ここは無視するに限るわね。
後で公子に対して不敬と言われてもかまわないと考えて私は颯たちの相手をやめることにした。
「私はメイドとしての仕事がありますのでこれで失礼させていただきます」
部屋の隅に置いてあった掃除道具を手にして三人の公子に頭を下げて私は出て行こうとする。
「ちょっと待て。公子の相手より掃除を取るのか?」
颯は明らかに不満そうだった。
だから私は天下の宝刀を抜くことを決意する。
「私は魔公爵様に雇われたメイドです。魔公爵様のために働くのが私の役目です。もし魔公爵様が私に公子様のお相手をするようにとの命令をされましたらお相手させていただきます」
私の言葉に三人の公子は呆気にとられた表情になる。
そう、私は魔公爵烈牙様に雇われたのだ。公子に雇われたメイドではない。
でも公子の三人の顔を見て私は内心笑ってしまった。
だって私は私を口説くなら魔公爵の許可を取れと言ったも同然だもの。
さすがに公子相手にそんな口をきくメイドは私ぐらいなものね。
烈牙様のために働くのが私の使命だと宣言した私は掃除道具を持って廊下に出た。
響の演奏を聴けたのは嬉しかったけど私は今はメイドの身分。
公子の相手はできないとハッキリ言えて良かったわ。
息子は恋愛対象にはならないし私には烈牙様がいるもの。
そうして私は他の公子の部屋の掃除をしてその日の仕事を終えた。
早く烈牙様のお顔を見たいわね。
私が最初に願うことはそのことだ。そしてその願いは意外な形で叶うことになる。
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