第7話 商人の吹雪と楽師の響
突然の別の人物の声に私は驚いて悲鳴を上げるところだった。
「っ! ふ、吹雪様!」
「フフ、驚かしてごめんね。真雪」
そこに立っていたのは昨日も会った第七公子の吹雪だった。
吹雪は外套を着ている。
どこかからの帰りだろうか。
荷物も大きなカバンを二つ持っていた。
「吹雪様。いつからそこに」
「う~ん。響が真雪を口説いてるぐらいからかな」
吹雪の言葉に響は顔をしかめて咎めるような口調で吹雪に文句を言う。
「吹雪兄さん。立ち聞きはいけないことですよ」
「だってさ。いつもは女に興味を見せない響が真雪を口説いてるんだもん。驚くなって方が無理でしょ」
「口説いてなんかいませんよ。少し話をしていただけで…」
「分かった、分かった。怒るなよ、響」
肩を竦めながら吹雪は部屋に入るとカバンをテーブルに置く。
「商売の取引して来たよ。これは戦利品」
吹雪はカバンを開けて中身を取り出す。
カバンの中からは小箱に入った美しい宝石たちが顔を出す。
綺麗な宝石ね。公子が高価な宝石を持っているのは不思議ではないけど吹雪は商売の取引きって言ったわよね。
吹雪は何の仕事をしているのかしら。
魔族は貴族であっても普通に仕事をしている。
職業もいろいろあって人間たちが行う仕事とそんなに変わらない。
「吹雪様は宝石を取り扱っていらっしゃるお仕事をされているのですか?」
私が尋ねると吹雪はニコリと笑みを浮かべる。
自分の息子だという記憶がなければ恋心を抱いてしまいそうな素敵な笑顔だ。
顔がいいのは烈牙様に似たのね。
だからと言って先日みたいにすぐに女性を口説く男じゃ困るんだけど。
「宝石だけじゃないよ。俺は商人なんだ。扱う品物はいろいろあるよ。だからドレスの調達は俺に任せて」
吹雪は得意気に胸を張る。
吹雪が商人になっていたとは思わなかったわ。
響のところに商品を持って来たということは響も商人の仕事をしているのかしら。
吹雪も外套を脱いでソファに座った。
戦利品だという宝石を響も確認している。
「吹雪様と響様はお二人で商売をなさっておられるのですか?」
「ああ。響は楽師としての仕事もあるから手が空いてる時だけ響に手伝ってもらってるんだ」
「響様は楽師様なんですか?」
「そうだよ。響、一曲真雪に聴かせてあげれば?」
「そうだな。じゃあ、真雪ちょっと待ってて」
響は隣の部屋へと足早に姿を消す。
そこへ扉がノックされた。
「入れ」
吹雪が入室許可を出すと紅葉がお茶のセットをワゴンで運んで来た。
おそらく吹雪が頼んで置いたのだろう。私は掃除道具を部屋の隅に片付けると紅葉と一緒にお茶を出す。
響が隣の部屋から戻って来るとその手には竪琴があった。
金色の細やかな装飾を施された立派な竪琴だ。
そういえば響は幼い頃から音楽が好きだったわね。
私は前世の記憶の中で響が音楽を好きでいろんな楽器を習っていたことを思い出す。
その中に竪琴もあったはずだ。
紅葉はお茶出しが終わると部屋を退室していった。
紅葉から小声で「後はお願いね」と言われてしまい私は頷く。
本当は私は掃除係なのだが話の成り行き上、私のために響が演奏をしてくれるらしいので私が退室するわけにはいかない。
「真雪もお茶を一緒に飲もうよ。立っているのは辛いだろう」
吹雪は自分の隣の席を手でポンポン叩く。
そこに座れということね。
私は一瞬ためらったが素直に座ることにした。
公子とメイドが一緒のソファに座るなんて湊さんが聞いたら怒られてしまいそう。
響は竪琴の弦の調整をしていたが準備ができたのか私の方を見る。
「真雪は何か好きな曲がありますか?」
「いえ、私は音楽のことは何も知らないので響様の好きな曲を聴かせてください」
「そうですか、では」
竪琴の音色が部屋に響き始める。
しっとりと心に響く音色が印象的な曲だ。
曲名は知らないが私はなぜか烈牙様のことを思い出す。
烈牙様と過ごした短い日々は私の宝物。毎日が楽しかった。
また烈牙様と愛し合いたい。あの赤い瞳で私を見つめて欲しい。
今度はアリシアではなく真雪として。
そんな想いを抱かせるような美しい旋律だった。
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