第20話 真雪の想い人
時間を確認して3時のお茶の準備を整えて烈牙様の執務室に向かう。
執務室の扉をノックすると竜葉の声が聞こえる。
「誰ですか?」
「真雪です。魔公爵様にお茶をお届けに参りました」
「入りなさい」
竜葉の許可の声を確認して私は執務室に紅茶のワゴンを押して入る。
烈牙様は執務机ではなくソファに座って雷禅と火堂と書類を片手に何やら難しい顔をしていた。
だが私が入って行くと烈牙様たちは話を切り上げる。
「もうお茶の時間か。とりあえずこの案件については兄上と話してみる。雷禅は調査を続けるように」
「はい。分かりました。父上」
私は仕事の邪魔をしたようで申し訳なかったがお茶の準備をする。
雷禅は私の顔を見て笑みを浮かべた。
「今日から真雪がお茶を淹れてくれるのか。楽しみが増えたな」
当たり前のように甘い言葉で雷禅は私の興味を引こうと話しかけてくる。
そんな甘い声で誘ったって無駄よ、雷禅。
私は烈牙様以外興味ないの。
「フフ。男ばかりの我が家にもようやく美しい花が咲いたな」
火堂もニヤニヤと笑う。
雷禅の甘い言葉に一切なびくことなくお茶の準備をする私を面白そうに見ている。
この二人は相変わらずね。
でもここで下手に反応したりしたらもっとからかわれそうだからここは我慢よ、真雪。
私は何も言わず紅茶を淹れる。
烈牙様の紅茶には角砂糖を三つ入れて雷禅と火堂には角砂糖を入れなかった。
その代わり雷禅と火堂には自分で角砂糖を入れられるように角砂糖の入れ物をテーブルに置くことにする。
昔の記憶を思い出せば雷禅は角砂糖は入れず火堂は角砂糖を二つ入れるはずだ。
だがそれを真雪が知っていてはいけない。
三人に紅茶を淹れると三人は紅茶に手をつける。
烈牙様は既に砂糖が入っているのを知っているからそのまま飲む。
雷禅は砂糖を入れずに紅茶に口をつける。
そして火堂は自分で角砂糖を二つ入れた。そしてスプーンでかき混ぜて紅茶を飲む。
フフ、子供の時と同じね。
私は雷禅と火堂が立派な大人になってもやはり自分の子供なのだと嬉しくなる。
「真雪に淹れてもらうと何か紅茶の味が違う気がする。なんとなく懐かしい味に感じますね」
雷禅は美味しそうに紅茶を飲むが私はまた心臓が跳ね上がってしまった。
私がアリシアだった頃、紅茶が好きで自分で淹れて飲んでいた。
そしてそれを子供たちにも飲ませていたのだ。
だから誰がどのくらい角砂糖を入れるか知っている。
それと同時に紅茶の淹れ方は個人差があって私は知らず知らずのうちにアリシアだった頃と同じ淹れ方をしていたらしい。
雷禅が懐かしいと言ったのは子供の頃に散々私の紅茶を飲んでいたからそう感じたのだろう。
また失敗してしまった。
烈牙様は気付いているだろうか。
アリシアと真雪の紅茶が同じ味だということに。
私はチラリと烈牙様を見たが烈牙様は何も言わず紅茶を飲んでいる。
その表情はいつもと変わらない。
良かった。気付いてないわね。
「うん。真雪の紅茶は美味しいよ」
火堂も美味しいと言ってくれた。
私の紅茶が美味しいと言ってくれるのはありがたいけどもっと細かいところにも気をつけないといけないわ。
「二人とも私の真雪を口説くのはやめろ」
烈牙様がその赤い瞳を鋭くして雷禅と火堂を牽制した。
「私の真雪」と言ってくれているけれど今朝烈牙様に勘違いするなと言われたばかり。
今の言葉は自分の息子たちを争わせないための言葉ね。
「やだなあ、父上。口説いてませんよ。美味しい紅茶のお礼を言っただけです。怒らないでくださいよ」
雷禅は烈牙様に睨まれても慣れているのか余裕が感じられる態度だ。
「そうですよ、父上。俺たちと真雪が話をすることを認めてくれたじゃないですか」
火堂もニヤニヤしながら烈牙様に遠慮することなく言い返す。
火堂は完全に面白がっているわね。困った子だわ。
母親としてここにいるなら自分の父親に対してもっと敬意を払いなさいと怒りたいが今の私にはそれはできない。
「まったくお前たちは……」
そう言って烈牙様は黙ってしまった。
烈牙様の表情に変化は感じられないがきっと息子たちが私に好意を持って争いになることを懸念しているに違いない。
でもその懸念は杞憂でしかない。
だって私が愛するのは烈牙様だけだもの。
「それより真雪。真雪の好きな男性のことについて知りたいな」
突然火堂が私に興味津々の顔を向けて話題を変えた。
うっ、烈牙様の前で何でその話題を振るのよ、火堂!
私は内心焦る。
「真雪の好きな男?」
烈牙様が珍しく驚いたような表情を見せた。
「真雪には子供の頃から好きな男性がいるそうですよ」
雷禅が烈牙様に補足説明する。
何てことを言うのよ、雷禅。
余計なこと言わないで!
「ほお。興味深いな」
烈牙様が赤い瞳を細めた。
その瞬間、冷たい空気が執務室に流れる。
え? なにこの冷気?
もしかしてなにか烈牙様の不興を買ったのかしら?
戸惑いながら烈牙様を見ると烈牙様は明らかに不愉快そうだ。
「真雪。そいつは貴族か?」
場の空気を読まない火堂が平然と質問してくる。
公子の質問を侍女の私が無視することはできない。
「え、ええ、身分の高い方ではあります」
私はしどろもどろに返事をした。
どうしよう。私の想い人が烈牙様だとバレる訳にはいかないのに。
焦る私の様子が面白いのか火堂はさらに質問を重ねてくる。
「その男性とは結婚の約束をしているのか?」
「い、いえ。そんなことはありません」
「もしかして身分がつり合わない相手とか?」
「は、はい。私の一方的な想いですのでもうそれ以上はお許しください」
「でも公子妃にはならないってハッキリ言っていたけれど俺たちよりも身分が上の者か?」
火堂は首を傾げて考えるような素振り。
そんなこと言えるわけないでしょう!
公子たちより身分が上なんて限られた人物しかいないじゃない!
「いえ。これ以上の回答はできません。私の個人的なことなので」
「ますます気になるけど確かに真雪の個人的な想いを暴くのは可哀想だ。そのくらいにしとけよ、火堂」
雷禅が私に助け舟を出してくれた。
私は今の会話を聞いていた烈牙様のことが気になり烈牙様の方を見たが相変わらず不愉快そうな顔をしている。
なんで烈牙様がそんなに不愉快そうな顔をするのか私には分からない。
仕事中に個人的な話を雷禅たちにしたことがお気に召さないのかしら。
それとも息子たちの関心を引き付ける私を邪魔だと思ってるとか?
烈牙様に侍女を解任されることだけは避けたい私だ。
「そうだな。真雪の相手は気になるが確かに真雪の個人的なことだからな。このくらいでやめておこう」
火堂も追及することを諦めてくれたようだ。
私は自分の想い人が烈牙様だとバレずに済んだことにホッとした。
とにかく私が烈牙様を好きなことがバレずに済んで良かったわ。
私が烈牙様を好きなことがバレたらこの屋敷に置いてもらえなくなるもの。
「休憩は終わりだ。真雪、下がっていい」
不愉快そうな表情のままの烈牙様が低い声で私に指示を出す。
「はい」
私はお茶を片付けて執務室を後にする。
廊下に出て思わず溜息が出た。
ふう。なんとか乗り切ったわ。
それにしても烈牙様に私に想い人がいることがバレてしまったわ。
想い人が烈牙様だとはバレずに済んだけど烈牙様が変な誤解をしないといいわね。
私はそう思いながらワゴンを押して厨房に戻った。
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