第21話 烈牙との晩酌
夕飯の後、寝る前に烈牙様はお酒をお飲みになる。
その習慣はアリシアが生きていた頃と変わらない。
人間だった頃の私はお酒が飲めなかったが魔族に生まれ変わり私はお酒が飲めるようになった。
酔い潰れるまで飲んだことはないが真雪の兄姉がお酒に強かったのでそれに付き合って飲むうちにかなりお酒に強くなってしまった。
そこがアリシアと真雪の大きな違いかもしれない。
烈牙様は赤ワインが一番好きだ。
これは烈牙様の周囲の人間はみんな知っていることなので私が赤ワインを持って行っても怪しまれることはないだろう。
それにしても今日は朝から心臓に悪いことが多いわ。
砂糖の数から紅茶の味、そして私の想い人の話。
今日はさっさと烈牙様にお酒を運んで休むことにしましょう。
私はそう思って赤ワインを持って烈牙様の私室に向かう。
私室の前に来ると烈牙様の私室から竜葉が出て来た。
「ああ、ちょうど良かった。真雪。烈牙様は今お仕事を終えた。お酒を出してあげてください」
「はい。分かりました」
こんな時間までお仕事していたのね。
やはり魔王軍の元帥のお仕事は大変なのね。
烈牙様は魔王様の同母弟。
魔王様には同母の兄弟は烈牙様しかおらず魔王様の信頼が厚い。
魔王様の異母兄弟は多くいるが異母兄弟のことを魔王様は信用していない。
烈牙様からそう説明された時に理由を尋ねたがその理由は教えてもらえなかった。
魔界にも権力争いは存在するからたぶんそのことが関係してるのではと思うけれど。
私は烈牙様の部屋の扉をノックする。
「誰だ?」
「真雪です。寝る前のお酒をお持ちしました」
「入れ」
「失礼します」
私は扉を開けて中に入る。
烈牙様はリビングのソファに座っていた。
赤ワインをグラスに注ぎおつまみの果物と一緒に烈牙様の前に置く。
烈牙様は私が準備する間何も話さず私を見ていた。
さてこれで私の一日の仕事は終わりだ。
私が退室しようとすると烈牙様から声をかけられた。
「真雪。酒の相手をしろ」
は? 私もお酒を飲めって言うの?
別にお酒は好きだから飲むのはかまわないけど私の今の身分は侍女なのにいいのかしら。
普通は主人と侍女が一緒にお酒を飲むことはない。
「私もお酒を飲むんですか?」
「そうだ。少し話がしたい。それとも酒は飲めないのか?」
「いえ、そんなことはありません」
すると烈牙様は何かを探るような視線を私に送ってくる。
なにかしら? 何か私失敗したかしら。
私は正直疲れていたのだけれど烈牙様の言葉には逆らえないし烈牙様の視線も気になる。
ここは素直に従った方がいいだろう。
私は烈牙様の向かい側のソファに座った。
予備に持って来ていた空のグラスに烈牙様自身が赤ワインを注いでくれる。
「あ、私がいたします!」
「これぐらいかまわない。遠慮せず飲むがいい。このワインは魔界でも特に希少な北部のマルク産のワインだ」
グラスに注がれたワインの産地を聞いて私は驚いた。
マルク産のワインは数が少なくてとっても高価なワインだ。
男爵家で育った私はもちろんそんなワインを飲んだことはない。
いや、高位の貴族も滅多に口にできる代物ではないだろう。
さすがは魔公爵家ね。
マルク産のワインを惜しみなく毎晩味わうなんて。
魔公爵家の裕福さが分かるわ。
アリシアの時は魔公爵家が特に裕福とか考えたこともなかった。
あの頃は烈牙様に与えられる宝石などの装飾品も普通に受け取っていたし魔公爵家の財力や権力に興味を持つことなくこれが魔界の貴族なのだと当たり前に思って暮らしていた。
前世の自分があまりにも世間知らずだったことに自分でも呆れてしまう。
そんな人間だったから烈牙様は相当私に気を使ったに違いない。
烈牙様に前世の私は迷惑ばかりかけていたのかも。
ごめんなさい、烈牙様。
反省の言葉を心の中で呟きながらグラスに手を伸ばす。
「ではありがたくいただきます」
私は一口ワインを飲んでみた。
渋さと甘さが絶妙でとても美味しい。
「とても美味しいです。魔公爵様」
「烈牙だと言ったろう」
そうだった。二人の時は名前を呼ぶんだった。
「失礼しました。烈牙様」
私は言い直した。
烈牙様を魔公爵様ではなく烈牙様と呼べるだけでその嬉しさに私の心は震える。
だが当然烈牙様が私の想いに気付くことはない。
「真雪はお酒が飲めるのか?」
「はい。兄姉がお酒好きだったので一緒に飲んでるうちにだいぶ強くなりました」
「なるほどな。真雪を酔い潰すのは大変そうだ」
酔い潰す? 私を?
「私を酔い潰してどうするんですか?」
「さてどうしようか」
烈牙様の赤い瞳は笑っている。
まるでいたずらを仕掛ける子供のようにも見える。
周囲の者は烈牙様はあまり表情を出す方ではないと言うけれど私の前でこのように表情を出してくれるのは嬉しい。
一瞬だけ昔の自分と烈牙様に戻った気がした。
だけど私はすぐにその考えを打ち消す。
私は真雪。アリシアではないのよ。
「烈牙様はお酒が強いのですか?」
烈牙様がお酒に強いことは知っていたが何か話題をと考えてそう口にする。
すると肩を竦めながら烈牙様は答えてくださった。
「そうだな。酔い潰れたことはない。お酒なら兄上より強いだろうな」
烈牙様が「兄上」と呼ぶ方はただ一人。魔王様だけだ。
「魔王様のことですか? 魔王様もお酒が強そうな方のような気はしますが」
「真雪は魔王に会ったことがあるのか?」
アリシアの時に魔王様とは何度も会っているが真雪になってからは会ったことがない。
「いえ。ありません。我が家は男爵家ではありますが王城への出入りを許可された貴族ではないので。ですが魔王様のことは肖像画で見たことがあります」
「では王城には行ったことがないのか?」
「はい。ありません」
「そうか……では今度機会があったら王城に連れて行ってやろう」
「は?」
私を王城に連れて行く? 何をしに?
「真雪も私の侍女なら兄上の関係者とも多く対面することもあるだろうし王城のことを知っておいて損にはならない」
まあ。それはそうだけど。魔王城の内部は既に知っているのよね。
魔王様の私室にも招かれたことあるし。
でもそんなことは言えない。
「分かりました。勉強のために機会があればお供いたします」
烈牙様は満足気に頷いた。
私だって理由が何であっても烈牙様と出かけられるなら一緒に出かけたい。
「明日は所用で昼間は外出する。真雪は公子の話し相手でもしていてくれ。また吹雪の奴が真雪と話したいと騒いでいるらしい」
私は吹雪の顔を思い出す。
吹雪は子供の時に甘えん坊だったけどそのまま成長してしまった感じね。
公子の話し相手も私の仕事だから仕方ないわ。
「承知しました」
「では下がっていいぞ。あまり引き留めると良からぬことをしていると疑われるからな。私としては多少騒がれた方が嬉しいが」
本気なのか冗談なのか分からない烈牙様の言葉に私は胸がドキドキした。
烈牙様は私を穏やかな表情で見つめている。
少しでも真雪のことを好ましく思って欲しいと私はいつも願っているが今烈牙様が何を考えているのか分からない。
表情からは嫌われてるとは思えないけど。
でもきっとこの言葉は冗談よね。
そう簡単に烈牙様がアリシアを忘れるとは思えないもの。
「では失礼します」
私は自分の動揺を悟られないように烈牙様の部屋を出て自室に戻って溜息を吐く。
烈牙様は私のことをどう思っているのかしら。
勘違いするなと言いながら好意があると勘違いしそうな言葉を話す烈牙様のことが分からないわ。
期待していいのかダメなのか。
それに侍従長の結城に言われたように侍女として試されている可能性もあるし。
とにかく今日は疲れたわ。
明日も早いし今日はもう寝てしまおう。
私はベッドに入って早々に眠りについた。
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