第13話 好きな男性

 私は衣装箪笥の中からなるべく地味なドレスを選んだ。

 そして化粧台の前でドレスに着替える。化粧品も揃っていたので薄く化粧をした。


 これでいいでしょう。


 鏡の中の自分の姿を見る。

 当然、その姿は真雪であってアリシアの面影はない。

 烈牙様も息子たちも竜葉も私がアリシアの生まれ変わりなどとは気付かないようだ。


 真雪自身を愛して欲しい私には都合がいいが若干寂しさも感じる。


 烈牙様はあの美しい赤い瞳で真雪を愛してくれるかしら。

 あのたくましい身体で再び私を抱き締めて欲しい。


 不安と期待を胸に私は荷物を片付けた後竜葉の執務室に向かった。

 私の部屋は西棟の三階の端にある。


 烈牙様は執務室も私室も二階にある。

 その二階の端に竜葉の執務室と私室があるのだ。なので竜葉の部屋に行くには階段を下りる必要がある。


 階段を下りると竜葉の執務室に向かう途中で烈牙様の執務室から出て来た雷禅と火堂に出くわした。


 私は慌てて廊下の隅により頭を下げる。

 今の私の身分はメイドなので当たり前の行動だ。


 しかし雷禅と火堂は私に気付くと声をかけてきた。


「真雪じゃないか。引っ越しは終わったの?」


 雷禅が優しい声で私に尋ねてくる。

 その声は烈牙様のような美しい声だ。


 普通の令嬢なら雷禅に声をかけられただけで舞い上がってしまうだろう。

 雷禅や火堂はもとより公子たちは母親の私から見ても烈牙様に顔立ちが似ていて美形揃いだ。

 

 きっと公子たちに好意を寄せる令嬢は多いはず。

 そんな彼らが誰も結婚していないことの方が不思議な気がする。


 でもそんな美形の雷禅に声をかけられても自分の息子だと認識している私が普通の令嬢のように舞い上がることなどない。


「はい。今から竜葉様にこれからのお仕事の内容を聞きにまいります」


「そうなのか。やはりドレスを着てるとどこかの貴族令嬢にしか見えないな。真雪にとても似合っている」


「私は一応男爵家の出身ですが」


 私が正直に答えると雷禅の表情が一瞬曇り隣りの火堂がニヤニヤ笑い出す。


 どうしたのかしら?

 私は正直に自分の身分を言っただけだけど。


「雷禅。そんな遠回しな誘いじゃ真雪には通じないみたいだぜ」


「そのようだな」


 え、もしかして今のは私を口説いていたの?


 確かに公子の話し相手にはなると烈牙様には約束したけど公子に口説かれては困るのだ。

 私は多少警戒するように雷禅たちを見つめた。私が警戒しているのが分かったのか雷禅は先程よりもさらに優しく私に声をかけてくる。


「真雪。別に警戒しなくていいよ。真雪は父上のお気に入りだから手を出すつもりはないけど、話し相手にはなってくれるんだろ?」


 私の警戒を解くように雷禅は人好きのする美しい笑顔を浮かべた。

 雷禅の美貌が何倍にもなって輝くように見える。

 何も知らない令嬢なら胸がときめく瞬間だろう。


 雷禅は絶対に女性にモテるわね。


 だが私は雷禅と火堂にまつわる別の評判も耳にしたことがある。

 将軍職を務める二人はその魔力の強さと兵士に対する態度で「泣く子も黙る鬼将軍」と呼ばれているとか。


 しかし目の前で笑みを浮かべる雷禅は「鬼将軍」などではなく立派な貴公子にしか見えない。


 この雷禅が泣く子も黙る魔王軍の鬼将軍なんてこの笑顔を見てどのくらいの人が思うかしらね。

 それとも私が耳にした「鬼将軍」の噂の方が間違っていたのかしら。

 まあ、いいわ。ここは穏便に相手をしましょう。


「はい。お話し相手には喜んでなります。ただ私はあまり面白い話はできませんが」


「大丈夫だよ。美人は見ているだけで心が癒される」


 まあ。雷禅は随分と女性を喜ばせる言葉を使うようになったのね。

 子供の頃は真面目な責任感の強い子だったけど。

 ああ、そうか。責任感が強いから将軍になれたのかも。


 私は自分の知っている雷禅とは幾分変わった印象の受けたことに新鮮味を感じた。

 生まれ変わって私が成長するまで雷禅を始めとする公子たちだっていろんな経験をして育ったはずだ。

 私の知らない息子たちの顔があってもおかしなことではない。


 子供はいつまでも子供ではないわね。

 でも私に女性としての好意を向けられても困るのよ、雷禅。


「褒めていただきありがとうございます。ですが私などを相手にするよりも雷禅様にはお似合いの令嬢がたくさんいらっしゃると思いますけど」


 魔公爵の第一公子で将軍職に就いてて将来は安泰、それに美形でもある雷禅のことを令嬢たちが放っておく訳がないと確信して私はそう答えた。

 すると雷禅は僅かに顔をしかめ、その様子を見ていた隣にいる火堂が面白そうに笑う。 


「ハハハ、真雪。雷禅はこう見えても女を傍に置くのを嫌う男なんだ。第一公子の妻の座を狙う女は嫌いなんだとさ」


 火堂は声を上げて笑ったが私の頭には疑問符が浮かぶ。


 でも今雷禅は私を口説く言葉を言ったはずよね。

 なのに女性に興味がないなんてことあるのかしら。


 雷禅は罰が悪そうな顔をして火堂に言い返した。


「火堂。そこまで言うことないだろ。俺は別に女が嫌いなわけじゃないんだ。ただ妻の座を狙う女は興味はないだけで」


 なるほど。私は話し相手にはなるけど別に雷禅の妻の座を狙う訳ではないから気楽に私と話ができるということね。


 私にとってはそれでかまわないけど年頃の雷禅が妻を娶らないのもそれはそれで母親として私は心配だ。

 無理やりに結婚はさせたくないが雷禅は烈牙様の後継者にもっとも近いのだからきちんと妻を迎えて欲しい。


 でも雷禅の結婚問題に今の私がどうこう言える身分ではないわね。

 とりあえずここは穏便にそれでいてハッキリと私の心は伝えておかないとだわ。


「私は公子妃にはなりたいと思いませんのでその辺のことはお気にせず気軽にお声をかけてください。なるべくお相手をする時間を作りますから」


「へえ。そんなにハッキリと公子妃にならないというなんて真雪には好きな男性でもいるのか?」


 火堂の言葉に私は一瞬ためらったがハッキリと答える。


「はい。私には子供の頃からこの方と決めた方がいますので」


 それはもちろん魔公爵烈牙様だ。

 幼い頃、自分がアリシアの生まれ変わりの記憶があることを自覚した時から私の心には烈牙様しか存在しない。


「なんかそいつが羨ましく思うが今日のところはそいつが誰かの追及は止めておこう。真雪も竜葉に呼ばれているんだろう?」


 いけない、そういえばそうだった。

 こんな廊下で長話をしている時間はない。

 でも今は追及しないと言われてしまったが好きな人がいると言ったのは間違いだったかしらね。


 私が烈牙様を好きなことを烈牙様にはなるべく知られたくない。

 私のこんな想いを知ったら烈牙様は私を遠ざけるだろう。

 烈牙様の中にはまだアリシアがいるのだから。


「はい。では失礼します」


 雷禅と火堂に一礼すると竜葉の待つ部屋に私は向かう。

 竜葉の執務室の扉をノックすると扉が開かれた。


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