第12話 侍女は一人
私は一度使用人棟に戻り同室の紅葉に簡単に事情を話した。
吹雪たちに一時期口説かれていたことは紅葉も知っていたので納得はしてくれたようだ。
「まあ。そんなことがあったのね。公子様だけではなく魔公爵様にも気に入られるなんて凄いじゃない、真雪」
紅葉は目を丸くして驚いている。
「別に魔公爵様から私を気に入ったとの言葉をもらったわけじゃないわよ。でもご命令だから今日から西棟の部屋に移るわ。短い間だったけれど紅葉と一緒にいられて楽しかったわ」
私は正直な気持ちを紅葉に伝えた。
「私の方こそ楽しかったわ。それに西棟に行っても同じ屋敷内にいるのだもの。また会う機会はいくらでもあるわ」
それもそうね。
これで紅葉と永遠の別れという訳ではないわね。
私は自分の荷物を持ち西棟に向かう。
元々、そんなに多くの私物を持っていた訳ではないから荷物をまとめるのは簡単なことだ。
西棟では竜葉が待っていた。
「では部屋に案内します」
竜葉は私を部屋に案内してくれた。
案内された部屋の中に入って思わず唖然とする。
西棟では使用人に個室を与えているらしい。
それにしても今まで紅葉と一緒に生活していた部屋の3倍はある。
部屋の中央にベッドがあり衣装箪笥やお風呂も洗面所もちゃんとついていた。
それ以外にも棚には本が置いてあり机も立派なものだ。
とても使用人が使う部屋には思えない。
たかが使用人にこれほどの部屋を与えるものかしら。
私が疑問に思っていると竜葉がそれに答えるように説明を始めた。
「真雪は烈牙様の侍女として烈牙様の身の回りの世話をしてもらいます。烈牙様のお傍にいる以上それなりの服を着て身なりも整えてもらわなければなりません」
竜葉は衣装箪笥を開けて中を見せてくれる。
派手ではないが明らかにメイド服ではないドレスが何着かある。
綺麗なドレスだが一人で着られるタイプのドレスのようだ。
「烈牙様の元には身分の高いお客様もお越しになります。侍女は使用人ではありますがお客様をおもてなしする意味ではメイド服では困るのです」
へえ、そうなのね。
そういえば私がアリシアだった頃、私付きの侍女は確かに普通のドレスを着ていたわね。
私は昔を思い出す。
私は比較的自分のことは自分でやるタイプだったが魔公爵夫人である私には当然侍女が付いていた。
その侍女たちは普通のメイドと違いメイド服ではなくこの衣装箪笥にあるようなドレスを着ていたはずだ。
そういえば私付きの侍女は一人ではなかったわね。
他の侍女の方はどこにいるのかしら。
侍女としては先輩に当たる他の烈牙様付きの侍女とは仲良くしておきたい。
そう思って竜葉に尋ねてみた。
「それで竜葉様。烈牙様付きの他の侍女の方はどこにおられるのですか?」
「おりません」
「は?」
私は間抜けな声を上げてしまった。
烈牙様付きの侍女がいないってどういうこと?
「奥様がいた頃は侍女を置いておりましたが奥様が亡くなってからは烈牙様は自分の周りに女性を置かなくなりまして全て侍従が世話をしております」
私は少なからず驚いた。
烈牙様が周囲に女性を置いていない噂は聞いていたけれどまさか侍女も置いてなかったとは。
「ですので貴女のことを余程烈牙様はお気に召したのでしょう。ですがそのことに自惚れを抱かぬようにしてください」
竜葉は私に釘を刺す。
まあ、竜葉の意見はもっともね。
侍女に選ばれたのが自分一人だけならその立場を誤解する者もいるでしょう。
だけど私は烈牙様が能力のない者を傍に置くことを嫌っていたことも知っている。
烈牙様も自分のことは自分でするタイプなので侍従がいれば不自由ではないと判断されたのかもしれない。
「それに貴女には公子様のお話し相手の仕事もあります。公子様とお話している令嬢がメイド姿では困るのです。それ故に常にドレスを着ていてください」
そうだったわね。
メイド服のまま公子と一緒にお茶するわけにはいかないものね。
吹雪たちは気にしないかもしれないが急にお客様が来た時に公子とメイドが同じソファに座ってお茶を飲んでいたら驚いてしまうだろう。
「では着替えが終わりましたら西棟での貴女の仕事を説明いたしますので後で西棟の私の部屋に来るように」
「竜葉様の部屋ですか?」
「私の執務室は二階の烈牙様の執務室の隣です」
ああ、あの部屋ね。
そういえば昔もその部屋は竜葉が使っていたわね。
私はアリシアの時の記憶を辿り竜葉の執務室を思い出す。
「分かりました。後ほど伺います」
私が竜葉に一礼すると竜葉は部屋を出て行った。
さてまずは荷物を置いて着替えないと。
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