第11話 烈牙の侍女

「これは驚いたな。公爵家の令嬢と言っても申し分ない姿だ」


 そう言ったのは火堂だった。

 その瞳には驚きとともに好意を抱いたような光が宿る。


 褒めてくれたのは嬉しいけれど息子に女性としての好意を持たれるのは避けたい私だ。


「父上。私にも真雪を手に入れるチャンスをください」


 今度は雷禅が思い立ったように烈牙様に許可を求めた。


 もう、なんなのよ、この子たちは。私は貴方たちの母親なのよ。

 貴方たちを子供として可愛く思うことはあっても恋愛感情なんて持つことはないわ。

 それに雷禅はこんな風に初めて会った女性を口説くような性格ではなかったはずだけど性格が変わったのかしら。


 私が生まれ変わる間に息子たちにもいろんな人生があったことは分かっているつもりだ。

 それに雷禅も火堂もまだ結婚していないので独身の公子が女性に興味を持つことを普通は咎めることはできない。


 今生では私はまだ未婚の女性だし。

 ただ問題なのは私が前世で彼らの母親だということだけ。


 いえ、「だけ」ではないわ。

 それこそが最大の問題点なのだから。


 私は多少不機嫌になる。

 烈牙様の前で公子たちから好意を見せられるのは困ることだ。


 もし烈牙様に公子の誰かと結婚するように命令されたら今の私の立場では断るのは難しい。

 だけど息子と結婚なんて考えたくもない。


「いや、彼女は私のメイドだと彼女自身が言ったのだ。真雪、明日から私付きの侍女として働くといい。竜葉、そのように手配しろ」


 烈牙様は私をその赤い瞳を細めて竜葉に命令する。

 私は胸がドキドキした。


 烈牙様の侍女になれば毎日烈牙様の顔を見ることができる。

 もう一度烈牙様に愛されたいと願う私には千載一遇のチャンスだ。


「だが真雪。公子たちは私の息子だ。袖にするにしても人前では困る。公子の話し相手になってくれないか? 公子たちには節度のある態度を取るように言っておく。それでどうだ?」


 烈牙様は私に優しく声をかけてくださる。


 私だって自分の息子たちと話はしたい。

 それ以上の行為をを公子たちが求めてこなければいいのだ。

 ここは烈牙様に従った方がいいだろう。


「分かりました。公子様方のお話し相手なら務めさせていただきます。それに魔公爵様の侍女として恥じぬ働きをいたします」


「うむ。ではお前たちもそのつもりでな」


「ちぇ、結局真雪は父上に取られたか」


 烈牙様の言葉に吹雪は悔しそうな顔をした。


 吹雪ったら私のことを本気で口説こうとしてたのかしら。

 お生憎さま、吹雪。私の心は烈牙様にしか興味はないのよ。


「仕方ないですよ、吹雪兄さん。父上が女性に興味を持っただけでも奇跡に近いんですからここは譲ってあげなければ」


 今度は響が吹雪に諭すように声をかける。


 吹雪は少し行動が暴走することが多いけれど響が吹雪の行動を諫める立場のようね。

 どちらが年上か分からないわ。


 それほど年の差はないけれど吹雪の方が年上なのに響よりも断然子供のように感じる。

 それでも諦めきれないのか吹雪は笑顔を作って私に問いかけてきた。


「でもこれで俺たち公子のお茶の相手はしてもらえるんだよね?」


「はい。もちろんです」


「それなら父上の侍女に取られてもいいか」


 吹雪は自分を納得させるかのように呟く。


 やれやれだわ。でも烈牙様が女性に興味を待たないでいたとは。

 噂では今も亡くなった奥方を愛しているからだと聞いてはいたけれど。


 やはり私の恋のライバルは自分の前世であるアリシアね。

 なんとも複雑な気分だけど仕方ないわ。

 アリシアに勝たなければ烈牙様は手に入らないもの。


「下がっていいぞ」


 烈牙様の言葉で私は竜葉と一緒に退室する。

 本当はもっと烈牙様のお顔を見ていたかったがこれからは侍女として烈牙様の傍に居られるのだから焦ってはいけない。


 だって烈牙様にとっては私と会ったのは今生では初めてなのだから私のことはほとんど知らないだろう。

 真雪として愛される為には真雪という人物を知ってもらわないと何も始まらない。


 竜葉が私に声をかけてきた。


「明日から烈牙様の身の回りのことをやってもらいます。西棟に真雪の部屋を用意しますので今日中にその部屋に移るように」


「分かりました。竜葉様」


 さてとりあえずはこれで烈牙様のお傍にいられる。

 明日からが楽しみだわ。


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