第14話 侍女の仕事
「真雪か。待っていました。中へ」
私は竜葉の部屋に入る。
竜葉の部屋は整理整頓された綺麗な部屋だ。
壁の本棚にはぎっしりと難しそうな本が並んでいる。
「貴女の仕事について説明しますのでソファに座ってください」
私は竜葉に勧められるままソファに座る。
竜葉も私の向かい側に腰を下ろした。
「まずは烈牙様の起床は朝の5時ですのでその時間に烈牙様を起こす仕事と朝の紅茶を淹れてください」
「はい」
「そして烈牙様はその後に2時間ほど中庭で剣の稽古をいたします。この時は公子様も一緒の時があります。稽古が終わると汗を流す為にお風呂に入りますので烈牙様の部屋にあるお風呂にお湯を溜めて入浴できるように準備をしておいてください。部屋のお風呂といってもそれなりの広さのある浴槽ですのでお湯を溜める時間はよく計算するように」
「分かりました」
「その後は烈牙様は執務室で仕事をなされますので午後の3時になりましたら休憩用の紅茶とお菓子を執務室に持ってきてください。あとは寝る前にお酒を召し上がられますので私室にお酒を運ぶように。紅茶やお酒などの準備は同じ西棟にある厨房に準備されていますので基本的にはそれを運んで烈牙様にお出しすればいいです」
「はい。夜のお酒を出す時は果物でもお持ちしましょうか?」
「そうですね。何かつまめる物がある方がよろしいでしょう。とりあえず毎日する仕事は以上ですがお客様が来た時にはお客様へも紅茶を出すようにお願いします」
朝起こすこととお風呂の準備とお茶出しと夜のお酒ね。
それほど難しい仕事ではないわ。
私はホッとした。男爵家で自分のことは自分でするようにと育てられた私でも侍女やメイドのやる仕事の全てができる訳ではない。
この屋敷に来てメイドとして働くことができたのは紅葉たちがさりげなく手伝いをしてくれたからだ。
烈牙様に愛されたいとは願うけれどそれ以前に忙しい烈牙様を支えたい気持ちが大きい。
そのためには侍女として烈牙様がお仕事に打ち込めるように全力でお仕えしなければ。
「それと一番重要なことは烈牙様の日常の様子を他の者には言わないように」
その言葉と同時に竜葉の視線が鋭くなる。
烈牙様の日常の様子は他言無用ってこと?
それが一番重要なことってなぜかしら。
「それはなぜですか?」
「暗殺者に付け入る隙を与えることになるからです。貴女は詳しく知る必要はないですが烈牙様を邪魔に思う者たちも存在するのです。それと烈牙様の執務室での発言も決して他に漏らさないようにお願いします」
そういうことか。
つまりは何を見ても聞いても全てなかったことにしろということね。
そりゃそうよね。魔公爵ともなれば機密情報を話し合うこともあるはず。
だから余計に烈牙様は必要最低限の人間しか周囲に置かないのだわ。
私がアリシアだった頃は烈牙様は自分の仕事をけして私に見せることも聞かせることもなかった。
今思えば魔公爵だった烈牙様が綺麗な仕事ばかりしているわけではなかったはずだと分かる。
人間だったアリシアを気遣ってご自分の闇の部分を見せないようにしていたのだろう。
だってアリシアの私は魔界に来るまで魔族は人間を食べるって怯えてたぐらい魔族を怖がっていたのだから。
でも私も魔族に生まれ変わり魔族が何たるかを身を持って知ったから今なら烈牙様の闇の仕事の部分を知っても烈牙様への愛は変わらないと断言できる。
そう思うと一度死んで生まれ変わったかいがあるというもの。
「承知いたしました。竜葉様」
「では明日から仕事をお願いします。それと今日の夕飯は烈牙様と公子様がお揃いになって食事をする日です。烈牙様がその席で真雪を公子様に紹介したいと言っておりますので夕飯の時間になったら中央棟の食堂に来てください」
「公子様に紹介ですか?」
「ええ。烈牙様の身の回りの仕事をする以上公子様たちに顔を覚えてもらう必要があります。そうしないと不審者と間違われますので。真雪も公子様に殺されたくないでしょう?」
確かに不審者として殺されるのはごめんだわ。
私は息子に殺されるために生まれ変わったわけじゃないんだから。
でもまだ息子たち全員に会ってはいないし私にとっても公子に紹介させてもらえる話はいい話ね。
だけどさっき竜葉は烈牙様と公子が揃って食事をする日って言ったけどそれっていつもはバラバラに食事をしているってことかしら。
「魔公爵様と公子様はいつも食事を一緒にするのではないのですか?」
「皆様、お仕事がありますからね。昼間のお仕事の方もいれば夜にお仕事をされる方もいます。それに仕事が忙しく滅多にこの屋敷に帰らない方も。しかし烈牙様は公子様たちが不自由な思いをしてないか一週間に一度全公子様と夕飯を共にして近況報告を行っているのです」
なんて素晴らしいのかしら。
魔族はあまり家族の情が深いとは言えないのに自分の息子たちの様子を見るために食事会をするとは。
私がアリシアだった時は皆で食事するのが当たり前だったけど自分が魔族になってその光景は特殊なモノだったことが分かった。
別に今の真雪である私の家族が特別薄情だったわけではない。
魔族は子供のことは放任主義が多いのだ。
だから私もこうして自分の家を出て魔公爵の家に働きに出たのだから。
烈牙様はご自分の子供のことをきちんと考えているのだわ。
子供が困っていたら助けてあげられるように常に心を配ってくれるなんて。
私は自分が亡くなった後でも私たちの息子たちを気にして育ててくれた烈牙様に感謝の気持ちでいっぱいになる。
やはり烈牙様は優しい方だわ。
「分かりました。夕飯の時に食堂にまいります」
「私からの説明は以上です。その他の細かい仕事の内容は侍従に訊いてください」
「はい」
私は竜葉に一礼すると部屋を出た。
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