第15話 公子たちとの対面 1
その日の夕飯の時間に私は中央棟の食堂に向かう。
食堂の入り口で竜葉が待っていた。
「遅刻してしまいましたか?」
私が竜葉に尋ねると竜葉は首を横に振る。
「時間通りです。真雪は優秀ですね」
竜葉に褒められて私はなんだか少し照れくさい。
烈牙様が昔言っていたが竜葉はあまり使用人を褒めるタイプではない。
使用人のミスで烈牙様が不自由な思いをされることを嫌うのだ。
そのため基本的に使用人には厳しい。
言葉遣いなどは使用人に対しても丁寧だがそれは竜葉が使用人の反応を見るためでもあると聞いたことがある。
竜葉に丁寧な言葉を使われて自分の目上の人物の竜葉に大きな態度を取るのか取らないのかでその使用人の本性を見抜くつもりらしい。
そんな竜葉でも使用人を褒めるまでは普段あまりしない。
私を褒める言葉を竜葉が使うのは珍しいことだ。
でも竜葉に対しては油断しない方がいいわね。
褒め言葉は嬉しいけどもしかしたらそれも私の使用人としての反応を見てるだけかもしれないし。
「今、皆様がお揃いになられました。私が呼ぶまでここで待機していてください」
「はい。分かりました」
私は緊張して自分が呼ばれるのを待った。
まだ全員の公子と私は顔を合わせていない。
他の子供たちは無事に立派に育ってくれたかしら。
たとえ自分が息子たちに母親だと名乗ることはできなくてもそれはかまわない。
私はアリシアではなく真雪なのだから。
私が前世で心残りだったのは子供全員の成人まで生きられなかったことだ。
病気だったのだから仕方ないことだが子供たちが大人になるまで生きたかったと息を引き取る最後までそう願っていた。
すると扉が開き竜葉が私を呼ぶ。
「真雪。来なさい」
「はい」
私は静かに食堂に入った。しかし身分の低い私が公子たちの姿を不躾に見ることはできない。
頭を少し下げて公子たちの姿を見ないようにする。
「真雪。私の横へ」
烈牙様が私に声をかける。
私はテーブルの正面に座っている烈牙様のところまで行き隣りに立つ。
「真雪。頭を上げよ」
「はい」
私が頭を上げると食堂のテーブルに座っている公子たちの視線が私に集中する。
一堂に会した公子たちを見て私の心は喜びに震えた。
ようやく全ての子供たちの顔を見れたわ。
「先ほど話した私の侍女になった真雪だ。以後、顔を覚えておくように」
烈牙様が公子たちに言葉をかける。
公子たちは僅かに頷いた。
「真雪は公子の全員と会うのは初めてか?」
「はい。魔公爵様。恐れながら初めてでございます」
今世で自分の息子全員と会うのは初めてだが誰が誰かは顔を見れば分かる。
髪の色や瞳の色の特徴もあるし顔立ちに子供の時の面影が残っているからだ。
しかし真雪がそのことを知っていることは隠さないといけない。
私は懐かしい息子たちを見て感動に震える身体を拳を握って押さえようと努力した。
その様子を烈牙様は私が公子たちの前で緊張していると思ったようだ。
「そんなに緊張せずともよい。私の息子たちはこれでも公子としての振る舞いは心得ている。むやみに女性に無体を働く者はいないからな。まずは公子たちに自己紹介をさせよう。お前たち歳の上から順に自己紹介しろ」
烈牙様が公子たちに命令すると烈牙様に一番近い所に座っていた雷禅が口を開いた。
「では、私から。真雪とはもう面識があるが私は第一公子の雷禅だ。仕事は魔王軍の第一将軍位を賜っている。父上と行動することが多いので真雪とも顔を合わせることが多いと思うからよろしく頼む」
雷禅は茶色の瞳に優しい光を宿して私を見つめる。
魔王軍の第一将軍位は元帥を務める烈牙様の次に高位の身分だ。
やはり雷禅が次の魔王軍の元帥になる可能性は高い。
だけどこの魔界では魔公爵の息子だからという理由だけでは第一将軍の位の者にはなれない。
魔族は己の力で評価される。魔力の強さはもちろん将軍というのだから剣術や戦術の知識も必要だし兵士からの人望だって必要だ。
雷禅が人一倍努力したから今の地位にいると考えるのが普通だ。
その雷禅の頑張りが想像できて私は胸が熱くなる。
雷禅は根は真面目ないい子だものね。
昔から父親の烈牙様に憧れている節はあったし。
将軍位を目指した気持ちは分かるわ。
「よろしくお願いします。雷禅様」
私は雷禅に一礼する。
「俺は第二公子の火堂だ。真雪も知ってると思うが仕事は雷禅同様に魔王軍の将軍をしている。魔王軍の第二将軍だ。よろしくな」
火堂は私に片手を上げる。
雷禅より遥かに軽いノリだ。
こんなことで将軍が務まるのか心配だが火堂は公子の中でも魔力が高かったのを思い出した。
もしかしたら魔力の高さを買われて将軍位に就いたのかもしれない。
持って生まれた魔力の差は努力だけでは超えられない部分があるのも事実なのだ。
少し粗暴な印象のある火堂だがけして乱暴者ではないことは知っている。
雷禅同様に「鬼将軍」と呼ばれているから兵士に対しては厳しいのかもしれないが。
そういえば昔知り合いの令嬢から火堂は鬼将軍だけでなく野性味溢れる素敵な将軍様とも言われてるって聞いたことがあったわね。
雷禅も女性にモテそうだけど火堂も女性にモテそうね。
身体つきは公子の中では一番たくましく見えるし。
「よろしくお願いします。火堂様」
今度は火堂の横に座っている黒い長髪に青い瞳の公子が口を開く。
「次は私ですね。初めまして、真雪。私は第三公子の
まあ、魔王様の宰相補佐をやっているとは驚いたわ。
立派な職業に就いたのね。
でも水魔は小さい頃から勉強が好きだったから文官になったことには納得できるわ。
それでも宰相補佐は文官の中では宰相に次ぐ地位だ。
実力のない者がなれる職業ではない。
そのことを考えれば水魔の優秀さが分かるというもの。
性格的にも水魔は子供の頃から物事を冷静に判断するようなところがあった。
宰相補佐は宰相と共に魔王様を支えて魔界で起こるあらゆる出来事に対応する仕事だもんね。
感情に流されず冷静に物事を判断できる水魔にはピッタリの職業だわ。
「よろしくお願いします。水魔様」
「次は私ですか」
水魔の隣にいた黒髪に鮮やかな緑の瞳の青年が私を見る。
「私は第四公子の
まあ。樹牙はお医者様になったのね。
昔から薬草に興味を持っていろいろ栽培していたものね。
それにしても宮廷医師ってことは魔王様の主治医ということだから名誉な職業に就いたのだわ。
魔王様は強大な魔力をお持ちだがけして敵がいないわけではない。
特にご自分の身内でもある異母兄弟のことを警戒していると烈牙様に教えてもらったことがある。
それはつまり魔王様のお命を狙う者がいるということ。
毒殺される可能性もあるから魔王様の主治医の宮廷医師は医術の腕の高さと身元がしっかりした者でなければなれない。
樹牙は幼い頃から薬草などに興味を持ち勉強をしていた。
子供の頃の樹牙の薬草に関する知識は当時の医師たちも驚きを隠せないほど素晴らしいものがあった。
私が病気になった時も樹牙の作った薬を飲むことがあったが私を死に至らしめた病気には残念ながら効果はなかった。
そのことを樹牙が気にしていなければいいけれど。
自分の母親を助けられなかったことでもし樹牙の心が傷付いたのなら申し訳なく思う。
医術だって万能ではないのだからそのことを気にしないで欲しい。
樹牙の心を思い少し不安になりながらも私は頭を下げる。
「ありがとうございます。よろしくお願いします。樹牙様」
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