第16話 公子たちとの対面 2

「次は俺だな。今更だけど俺は第五公子の颯だ。仕事は魔王城の騎士をやっている。所属は魔王様の近衛部隊だ」


 颯はにこやかに笑みを浮かべる。


 騎士をしていることは知っていたが魔王様の近衛部隊に所属しているとは。

 やはり剣術の腕が優れているのね。

 それに魔王様は烈牙様のことをとても信頼されているからその息子の颯なら信頼できると近衛部隊に配置したのかも。


 もちろん颯自身の剣術の腕がなければ近衛部隊などには入れないのは分かっているが魔王様も信頼できる者が近衛部隊にいることは心強く思うに違いない。


 これからも颯には近衛騎士として頑張って欲しいわね。

 すぐに女性を口説く男性になって欲しくはないけれど。


「よろしくお願いします。颯様」


「俺は第六公子の景虎かげとら。仕事は魔王軍で働いている」


 黒い髪に黒い瞳。素っ気ない態度で話す景虎だが根は優しい子だということは知っているので気にしない。

 昔から言葉数が少なく大人しい印象の子供だったが勉強も剣術も優秀だったはずだ。


 景虎が雷禅や火堂のように将軍だという話は聞いていない。

 魔王軍では何をやっているのかしら。


 私が疑問に思っていると烈牙様が補足してくれる。


「景虎は軍の諜報活動部隊の隊長だが表向きは軍の中隊長ということになっているから他言しないように」


 なるほど。諜報活動が専門なのね。

 そういえば幼い頃から人を観察することが得意だった気もする。


 相手が何を好むのか嫌うのかを調べて効率的に人との付き合いをする子だった。

 その性格が諜報活動に向いていたのかもしれない。


 それにしても烈牙様はあっさりと景虎の正体を侍女の私にバラしたけどいいのかしら。

 烈牙様が私を信用してくださってのことなら嬉しいけれど。


「承知しました。よろしくお願いします。景虎様」


「はいはーい! 次は俺ね。第七公子の吹雪だよ。仕事は商人。真雪、よろしくね!」


 吹雪は子供のように無邪気な笑顔を見せる。

 息子たちの中で一番子供っぽいのは間違いなく吹雪かもしれない。


 明るい性格は人に好かれそうだけど公子としてはもう少ししっかりしてもらいたいわね。

 でもこんな性格でも商人として仕事ができるのだからもしかして仕事の顔は別なのかしら。


 商人は物の価値が分からないといけないし取引きするにも相手との駆け引きも重要な職業だ。

 子供っぽい吹雪の商人としての顔は別人の可能性もある。


「はい。こちらこそよろしくお願いします。吹雪様」


「次は私か。私は第八公子の青龍せいりゅうです。仕事は主に薬草の研究をしています。研究所はこの屋敷の近くにあるのでいつもはそこにいます」


 黒い髪に茶色の瞳の青年が口を開く。


 そう。青龍は薬草の研究者なのね。

 一度研究所にもお邪魔してみたいわね。


 青龍は子供の頃は樹牙と同じく薬草など植物に興味を持つ子供だった。

 私にも珍しい花が咲いていたからと花をくれたこともある。


 その時の青龍の可愛い顔を思い出して私は心が温かくなった。


 樹牙も青龍も医術や薬学の道に進んで人の役に立つ仕事をしていることは素晴らしいわ。


 魔族だって病気もすればケガもする。

 それが元で命を落とす者もいるからそういう時に医師や薬師などが活躍して命を救う。


 そういう点では魔族も人間も変わらない。

 魔族だって病気やケガで家族を失えば悲しむ。魔族は肉親に対する情が薄いと言っても全くないわけではないのだから。


「よろしくお願いします。青龍様」


「私で最後ですね。私は第九公子の響です。真雪とは既に知り合いですが改めて私の仕事を言うと楽師です。主に竪琴を弾きますが手の空いてる時は吹雪兄さんの仕事を手伝っています」


 響の態度は控えめだ。

 末っ子だから年上の兄たちを立てるように育ったのかもしれない。


 響の演奏は素晴らしかったわ。

 また聴きたいわね。


 私の脳裏に先日の響が演奏してくれた音楽が蘇る。

 あんなに綺麗な音色の音楽は聴いたことがない。


「よろしくお願いします。響様」


「以上が私の息子たちだ。真雪も自己紹介を」


 烈牙様に言われて私は一歩前に出た。


「改めて皆様よろしくお願いします。私は妖魔族のジル男爵家の六女の真雪です。これから魔公爵様の侍女を務めさせていただきます」


 私は一礼して元の立ち位置に戻る。


「真雪は私の侍女だからこの屋敷の各部屋の出入りは自由だ。お前たちもそれを心得るように」


 烈牙様がお許しになったのなら私は各公子の部屋の出入りも自由になる。

 これで私が公子の部屋にいても不審者と間違われることはない。もちろん何の用もないのに息子たちの部屋に黙って入るようなことはしないつもりだが。


「父上は真雪をお気に入りのようですね」


 火堂が烈牙様に確認するように問いかけた。


「何が言いたい。火堂」


 烈牙様の表情は変わらない。どこか無表情に近い顔。

 その顔を見た限りでは烈牙様が今、何を考えているのかは私には分からない。


「いえ。真雪を口説くのはダメだとこないだ言われたではないですか。その真意を伺いたくて」


 まあ。なんてことを言うのよ火堂。

 烈牙様が私に特別な感情がある訳ないじゃない。


 アリシアとして再会したならともかく真雪として出会ったばかりの烈牙様が私にすぐに好意を持ってくれるとは思えない。

 だって烈牙様は未だに私の前世のアリシアを愛しているに違いないのだから。


 烈牙様は溜息を吐いた。


「お前の思っているような関係ではないが真雪に手出しは禁止だ。全員に言っておくが真雪を話し相手として扱うことは認めるがそれ以上の行為はするなよ。私の許可なく真雪に深く関わることは禁ずる」


「承知しました。父上」


 火堂は言葉こそ丁寧だが顔はニヤニヤしている。


 それにしても烈牙様がここまで言ってくれるとは思わなかった。

 自分の許可なく私に深く関わるななんてまるで私が烈牙様のモノだと勘違いしてしまいそう。


 私は嬉しい気持ちになったがきっと烈牙様の言葉に深い意味はないのだろう。

 あくまで新人の使用人を公子たちから守ってくれただけに違いない。

 烈牙様はお優しい方だから。


「では真雪。今日は下がっていい」


「はい。魔公爵様」


 私は食堂を出て自室に戻った。


 さて、明日からは烈牙様の為に頑張って働かないと。

 もう一度烈牙様に愛してもらう為にはまずは真雪として烈牙様に認めてもらえる存在にならなければならない。


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