第28話 刺激的な起こし方
次の日の朝。
私は一つの実験をしようと思い立った。
そしてあるモノを用意して紅茶のワゴンの布の下にそれを隠していつも通り朝の紅茶を運ぶ。
兵士も私の顔を覚えていて何も言わずに烈牙様の私室に入れてくれる。
とりあえず兵士にこれが見つからなくて良かったわ。
リビングにワゴンを置くと布の下に隠してあった物を私は取り出す。
私が用意したものは細い木の棒だ。
烈牙様は自分に危険が迫れば体が勝手に動くと言っていた。
剣を向けるという私の言葉にも笑って「たまにはそんな刺激的な起こし方もいい」と仰った。
だから私は実験することにしたのだ。
自分が棒で叩こうとしたら烈牙様は起きるのかということを。
起床の時間を確認して私は寝室に入る。
いつもは寝室に入るとすぐにカーテンを開くのだが今日はこっそりと烈牙様のベッドに近寄った。
烈牙様は相変わらず微動だにせず眠っている。
棒を持って近付いただけでは起きないようね。
やはりここは実際に棒で叩いてみないとかしら。
もちろん木の棒には布を巻き万が一烈牙様の身体に当たってもケガがないような作りにはしている。
それでも叩かれればそれなりに痛いだろうが。
私は息を整えて烈牙様目掛けて棒を振り上げる。
だが烈牙様はまだ無反応だ。
ここで怯んではダメよ。
これは烈牙様に危機感を抱いてもらうためなんだから。
たとえ私でも烈牙様に危害を加えることもあるかもしれないという危機感を烈牙様には持ってもらいたい。
それが最終的には烈牙様を護ることになるんだもの。
「えい!」
覚悟を決めた私は棒を振り下ろした。
棒が烈牙様の身体に当たろうとする瞬間、烈牙様が右手で棒を楽々と受け止めて握る。
そして赤い瞳を開いた。
「真雪か。随分刺激的な起こし方だな」
私は烈牙様の怒りを買う覚悟だったのだが烈牙様の赤い瞳に怒りの色はない。
むしろ面白いという光が宿っていた。
「烈牙様がたまには刺激的な起こし方をしてもかまわないと申されましたので」
事前に用意していた言い訳の言葉を言うと烈牙様は僅かに口元に笑みを浮かべる。
「確かにそうだったな。だが今度は別の起こし方も学んでくれ」
そう言うと烈牙様が棒を引っ張った。
棒を握ったままだった私は不意を突かれて烈牙様のベッドに倒れ込む。
すかさず烈牙様が私の体を受け止めてベッドに私を引きずり込んだ。
「っ!?」
気が付いたら私は烈牙様に組み敷かれていた。
烈牙様の乱れたガウンの間からたくましい筋肉質な美しい裸体が見えている。
私はパニックになった。
前世では何度となく烈牙様に抱かれていたとしても真雪としてはこんなに烈牙様の身体を身近に感じたことはない。
頭で考えるよりも先に初心な真雪の身体が烈牙様を押し退けようとする。
しかしそんな私の抵抗を簡単に押さえ込んだ烈牙様は面白そうに私を見ていたが顔を私に近付けてきた。
私は口づけをされると思って思わず目を瞑る。
そして額に柔らかい感触を感じた。烈牙様は私の額に口づけたのだ。
てっきり唇を奪われると思っていた私は拍子抜けをした。
目を開けると烈牙様の赤い瞳が笑っているのが確認できた。
「たまにはこういう甘い起こし方をしておくれ」
「なっ、なっ!」
私は言葉にならず顔を真っ赤にして慌てて烈牙様の体を再度押し退ける。
今度はすぐに烈牙様は私を解放した。
烈牙様のベッドから飛び出ると私は乱れた呼吸を整えようと大きく息をする。
これくらいで動揺しちゃだめよ、落ち着いて、真雪。
胸のドキドキが収まらなかったが何度か深呼吸して無理やり平然とした表情を作った。
「烈牙様。おはようございます。せっかくの御言葉ですが私には甘い起こし方などできません。竜葉様にバレたら殺されてしまいます」
平静を装ってそう答える私を烈牙様はクスクス笑いながら見つめる。
「私を棒で叩いて起こそうとする時点で竜葉に怒られるんじゃないか?」
私はさらに顔を赤くした。
そうね。烈牙様の言う通りだわ。
考えたらその方が問題かも。
「だがここには竜葉はいない。私と真雪だけだ。何をしようと私とお前が黙っていれば何もバレないぞ」
「だ、だからと言って、く、口づけをするなんて!」
「これは口づけではない。朝の挨拶だ」
まあ、なんて屁理屈を。
でも私も棒で叩くという使用人としてあるまじき行為をしたのだからここはお互い様ということにした方がいいわね。
「とにかく棒で叩こうとした件は謝ります。申し訳ございませんでした」
私は頭を下げた。
「別にかまわないさ。刺激的な起こし方をと言ったのは私だし。おかげで真雪の体の感触も味わえたし」
「か、体の感触!?」
烈牙様の言葉に私はさらに顔を赤くする。
「真雪はもう少し体に肉をつけた方がいいぞ。ちゃんと食事はしているか?」
しかし烈牙様は面白がりながらも私のことを真面目に心配してくれているようだ。
「は、はい。食事はきちんと取っております」
「そうか。では今朝は中庭で剣の稽古を見学するといい」
「ありがとうございます」
烈牙様はいつも通り衣裳部屋へ着替えに向かう。
私は朝の紅茶の準備をしながら先ほどの烈牙様の口づけを思い出していた。
額に口づけをするのは親愛の情を示す時にするものだ。
烈牙様は真雪のことを好ましく思ってくれているのかしら。
それだったら嬉しいけどただからかっただけとも考えられるわ。
う~ん、どっちなのよ。
私は悶々とした気持ちのまま紅茶を淹れる。
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