第29話 中庭の稽古の見学
朝の紅茶を飲んだ後、烈牙様は私を連れて中庭に出る。
中庭には既に雷禅と火堂が待っていた。
私の姿を見ると雷禅も火堂も驚いた顔をする。
まさか私が一緒に来るとは夢にも思わなかったに違いない。
「おはようございます。雷禅様、火堂様」
私は二人に頭を下げた。
「ああ、おはよう、真雪。今日はどうしたんですか?」
挨拶を交わすとさっそく雷禅が私が現れた理由を訊いてくる。
返事をしようとすると烈牙様が私よりも先に口を開いた。
「今日から真雪は見学者として朝の稽古に参加する。その方がお前たちもやりがいがあるだろ」
「なるほど、そういうことですか。真雪が見ているなら恥ずかしい姿は見せられませんね」
雷禅は私に微笑む。
その顔にはやる気が満ちているようだ。
「ああ。それなら大歓迎さ。真雪にかっこいいところを見せて俺に惚れさせないとな」
火堂も冗談なのか本気なのか分からない言葉を言いながらニヤニヤ笑う。
別に貴方たちの姿を見て私が貴方たちに惚れることはないのよ、ごめんなさいね。
そう心の中で呟くが二人の様子を見ていると明らかに稽古に対してやる気を出しているようだ。
烈牙様の言う通りに私が見学していることで二人の意欲が高まったらしい。
私にとってはちょっと複雑な気分でもあるが。
「火堂。真雪は私の侍女だと言っただろう。朝から私の真雪を口説くな」
烈牙様に「私の真雪」と呼ばれるとどうしても胸が高鳴ってしまう。
息子たちを争わせないための言葉だと分かっているのに。
それと同時に今朝の額に口づけをされたことが脳裏に浮かぶ。
反射的に抵抗してしまったが烈牙様からの口づけが嬉しくないわけはない。
顔が赤くなりそうだったので私は慌てて自分の頭から口づけの件をかき消す。
今は思い出しちゃダメよ、真雪。
雷禅と火堂に変に思われるわ。
「でも父上。人は心変わりをする生き物ですよ。真雪が俺に恋したらそれを止める権利は父上にはないでしょう?」
火堂の挑戦的な言葉に烈牙様の赤い瞳が鋭さを増す。
しかしそれに火堂が怯えた様子はない。
烈牙様に睨まれるぐらいは想定内のようだ。
「確かに本人の気持ちは優先するが……真雪に無理強いはするなよ、火堂」
「分かってますって」
ニヤニヤ笑う火堂にこれ以上何を言っても無駄だと思ったのか烈牙様は溜息をひとつ吐くと稽古の話を始める。
「今日はどちらから相手になる?」
「では今日は俺からお願いします」
火堂が腰に差していた剣を抜く。
大きな長剣が太陽の光に反射してキラリと光る。
本当に真剣で斬り合っていたのね。
しかもこんな大きな剣で稽古をするなんて。
剣を見ただけで私には恐ろしく感じる。
「分かった。では始めよう」
烈牙様もスラリと剣を抜いた。
こちらも火堂と同じく大きな長剣だ。
雷禅は私と近くにあった長椅子に座る。
「真雪も大変ですね。父上のワガママに付き合って」
どうやら雷禅は烈牙様が私に剣の稽古を見学していろと命令したと思ったらしい。
なので私は首を横に振る。
「いえ。見学をしたいと願ったのは私ですから」
烈牙様から「稽古を見たいなら中庭で見るがいい」と言われたのは事実だがその誘いに乗って稽古を見学したいと願ったのは自分だ。
だって烈牙様の雄姿を間近で見られるのだから。
「おや、そうなんですか。真雪が望んだんなら私も良いところを見せて真雪に気に入ってもらわなければ」
火堂と同じようなこと言わないでよ、雷禅。
私は貴方たちには恋愛感情を持つことはないのだから。
ガキーン!
その時、目の前で烈牙様と火堂の剣が火花を散らした。
剣の稽古が始まったのだ。
二人とも素早い動きで剣を繰り出したり相手の剣を避けたりしている。
部屋から見ていた時よりも遥かに迫力があり私は驚く。
剣を手に稽古する烈牙様の姿は力強さと美しさを兼ね備えている。
ああ、烈牙様の戦う姿はやはり戦神のように神々しいわ。
もちろん本当の戦場のように本気で戦っているわけではないが稽古だけでも烈牙様の姿は私を魅了する。
改めて烈牙様に惚れ直す気分だ。
だが稽古を見ていて私はあることを思い出した。
烈牙様も火堂も軽々と剣を振り回しているが剣の重さはかなりのものになると聞いたことがある。
真剣の重さってどのくらいなのかしら。
疑問に思った私は隣に座っている雷禅に声をかけた。
「あの。雷禅様。もし許していただけるなら雷禅様の剣を持たせていただけませんか?」
「私の剣を?」
「私は真剣がどのくらい重いか知らないんです。もし可能ならば一度持ってみたいと」
「ああ。そういうことならかまわないよ。はい」
雷禅は立ち上がり腰から剣を抜くと私に柄の部分を向けて渡す。
私も立ち上がって雷禅の剣を持ってみた。
受け取った瞬間、とんでもない重みが私を襲う。
「お、重い……」
剣は私の予想よりはるかに重い。
雷禅は私の様子を見て笑っていた。
私は必死に剣を構えようとするが持ち上がらない。
ちょっと待って! 烈牙様たちってこんな重い剣をあんなに軽々と振り回してるの?
衝撃の事実に私は剣を交えている烈牙様と火堂を見るがどうみても二人は真剣を木の棒のように簡単に扱っている。
これが烈牙様たちには普通なのだわ。
「真雪には無理そうだな。それは男性用に作られている剣だからね。女性用の剣なら真雪も持てると思うが」
そう言って雷禅はひょいっと私の手にあった自分の剣を取った。
雷禅も真剣の重みなど感じてないかのような動きだ。
「女性用の剣もあるのですか?」
「あるよ。この剣より軽くて短い剣だけど」
雷禅は剣を鞘にしまう。
私は剣術に興味が湧いた。
「もし良かったら私にも剣術を教えてくれませんか?」
「真雪に?」
「はい。私も自分の身は自分で護りたいんです」
それに剣を習っておけばいざという時に烈牙様をお護りできるかもしれない。
そうよ。魔公爵の侍女が剣術を使えても何もおかしくはないわ。
「じゃあ。父上のお許しが出たらね」
「はい」
私は再び雷禅と長椅子に座り烈牙様と火堂の稽古の続きを見学する。
二人ともかなりの運動量なので火堂は息を切らしているが烈牙様に息の乱れはない。
それだけでも烈牙様が只者ではないことが証明されているようなものだ。
やはり烈牙様の実力は半端なものではないわ。
そして火堂が踏み込んだ瞬間に火堂の剣を払いのけた烈牙様が火堂の首にピタリと剣が突きつけた。
勝負ありだ。
「まいりました」
火堂は負けを認める。
「今日の剣はいつもより鋭さがあったがその分攻撃するときに隙があった。気をつけるように」
「はい。分かりました」
私は烈牙様と火堂に用意して置いた汗拭きのタオルを渡した。
火堂はかなり汗を掻いているが烈牙様は額に汗が滲む程度だ。
「父上。真雪は剣術を習いたいそうですよ」
雷禅が烈牙様にそう声をかけた。
「真雪が? 真雪は剣術を習いたいのか?」
烈牙様に問われた私は頷いて返事をする。
「はい。護身用に習いたいと思いまして」
「それで今度は棒ではなく真剣で私を襲うつもりか?」
「襲う?」
烈牙様の言葉に雷禅が眉をひそめた。
うっ、ここでその話をしないでください、烈牙様。
しかし雷禅たちには烈牙様の言葉をしっかり聞かれてしまっている。
「真雪が寝起きの父上を襲ったのか?」
口調が厳しくなる雷禅に私は慌てて説明した。
「い、いえ。魔公爵様が刺激的な起こし方をしろというものですから今朝は棒で叩いて起こしてみました」
「父上を棒で叩いた!?」
「真雪が!?」
雷禅も火堂も驚きの声を上げながら二人の私を見る視線が鋭くなる。
その顔はたとえ父親のお気に入りの侍女であっても父親を傷付けることは許さないという表情だ。
そりゃそうよね。そんなことしたら罰として殺されても仕方ないぐらいのことを私はしたのだから。
雷禅や火堂からキツイお咎めがあるかもと覚悟した私だったが烈牙様が二人から私を自分の背中に庇うように私の前に立った。
「別にかまわん。雷禅も火堂も真雪を責めることはするな。私が許可したことだ」
「しかし父上」
「私が真雪程度に殺されるわけはないことぐらいお前たちも分かっているだろうが」
「それはそうですが。棒で叩かれて起こされるなど聞いたことありませんよ。ケガでもされたらどうするんですか?」
「ちゃんと棒は避けた。気にするな。私と真雪の問題だ」
「はあ……」
雷禅も火堂も烈牙様の言葉に呆れたようで私を責める気は失せたらしい。
うう。今更ながらあんな起こし方はないわよね。
ごめんなさい、烈牙様。そして二人から私を庇ってくれてありがとう。
「それで真雪は剣術を習いたいんだったな」
今度は私に烈牙様が確認するように訊いてきた。
「はい。でも魔公爵様に剣を向けたりは致しません」
「あれは冗談だ。だが護身用に習うなら明日から私が指導してやる」
「本当ですか?」
「ああ。女性でもいざという時に剣を取らねばならない時もあるからな」
烈牙様は真面目な顔で言った。
魔王軍を率いる烈牙様はいろんな戦場を見ている。
烈牙様の言う通り女性でも剣を取らねばならないことも戦場ではあるのだろう。
「分かりました。よろしくお願いします」
私は頭を下げた。
「真雪の話はこれで終わりだ。次は雷禅が相手だな」
「魔公爵様。私はお風呂の準備がありますので先に戻ります」
「分かった。雷禅。やるぞ」
「はい。父上」
私は雷禅の剣技も見たかったが自分の仕事を放りだすわけにはいかない。
でも烈牙様の雄姿も間近で見れたし雷禅たちからお咎めがないように庇ってもくださったし。
これからは烈牙様に剣の稽古もしてもらえる。
やはり烈牙様はお優しい方だわ。
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