第31話 公子たちの素顔
使用人棟に行くと休憩室に紅葉がいた。
「紅葉!」
私は紅葉に声をかけた。
「わ! びっくりした。なんだ、真雪じゃない」
「なんだはないでしょう? 元気だった?」
「もちろん、元気よ。真雪も変わりない?」
「ええ。仕事も順調だし毎日楽しいわ」
烈牙様の言動に振り回されることはあっても毎日烈牙様にお会いできるのだから私にとっては嬉しいし楽しい毎日だ。
私が紅葉の前の席に座ると紅葉は私にお茶を淹れてくれた。
「このお菓子美味しいわよ。真雪も食べてみて」
紅葉は一口サイズのお菓子を私に勧めてくる。
見るからに美味しそうなお菓子だ。小腹の空いていた私は遠慮なくいただくことにした。
「ありがとう。いただくわ」
私は一つお菓子を食べてみた。
甘くて美味しいけどどこか品のある味。
う~ん、今まで味わったことのない味ね。
「美味しいわ。どこのお菓子?」
「これは私の母の手作りよ。私の母はお菓子作りを趣味にしているの」
「まあ、そうなの」
「時々私にも差し入れてくれるのよ。顔を見がてらね」
紅葉もお菓子を摘まむ。
紅葉の実家も男爵家だったはずだ。
本来なら貴族の奥方がお菓子であっても料理を作ることはない。
しかし私の実家もそうだがそれは裕福な貴族の家の話で雇える使用人が少ない家では貴族夫人が自ら料理することもある。
「そういえばもうすぐ
紅葉は街への買い出しも手伝っているので街の情報を聞きつけるのが早い。
「もう、そんな季節なのね」
咲夜祭というのはこの時期に咲く『
人間界の桜と違って月桜は夜にしか花が咲かない。
その日は街の人間たちが仮面をつけて月桜の下で男女がペアになって踊るのが定番。
咲夜祭の日に恋に落ちた男女は必ず結ばれるという言い伝えもあるぐらい。
貴族もお忍びで仮面をつけて祭りに参加することが多いとも聞いたことがある。
一応庶民の祭りではあるが庶民も貴族も関係なしの一夜となるのが咲夜祭だ。
男女の出会いの場ともなり実際この祭りで貴族の男性に見初められて結婚した女性もいるらしく女性にとっては玉の輿のチャンスの祭りでもある。
私も去年まで参加していた。
でも私の場合は恋人の男性探しではなく仲がいい女性友達と月桜の観賞をするのが目的だったが。
「紅葉は咲夜祭に参加するの?」
「当たり前じゃない。ちゃんと休みを申請したわ。このチャンスに素敵な男性との出逢いをしないと」
「フフ、紅葉らしいわね」
「あら真雪だって早く恋人作らないとダメよ。いつの間にか結婚適齢期過ぎてましたなんてことにならないようにね」
「私は成人してまだ一年足らずよ。そんなに結婚を焦ってないわ」
「じゃあ、咲夜祭には行かないの?」
「今のところ行く予定はないわね」
私は烈牙様しか望まないのだから他の男性に興味はない。
だが祭り自体は好きなので今年も行きたい気持ちはあるが烈牙様のお世話を休んでまで行こうとは思わない。
祭りより少しでも烈牙様と一緒にいる方を選ぶ。
「でもそう言ってる人間ほど早くに結婚しちゃうのよねえ」
「まさか。私は相手もいないし」
「真雪は公子様たちに気に入られてるみたいだから公子様の誰かと結婚したら?」
「私なんて公子様と身分がつり合わないし公子様は皆に優しいから私だけに優しいってわけじゃないわよ」
「あら、それは違うわよ、真雪」
「え?」
紅葉は急に真面目な顔になり少し声をひそめて話す。
「公子様たちは私たちにこの屋敷で働く使用人として優しく接してくれるの。真雪にかけるような甘い言葉なんて私たちは公子様たちから一度もかけられたことがないわ」
「そうなの?」
私は意外に思った。
公子たちは気軽な感じで私に甘い言葉をかけるから誰にでもそう接しているのかと思っていたのだ。
あの子たちは女性なら誰にでも甘い言葉をかけているのかと思ったけど違うのかしら。
私だけが特別ってこと?
「公子様たちは基本的に気難しい方ばかりよ。吹雪様と響様は少し優しいところがあるけれどその他の公子様とは話すのも緊張するわ」
「雷禅様や火堂様も?」
「当たり前じゃない。あの方たちは泣く子も黙る鬼将軍って言われているのよ。紅茶を淹れる時だって緊張で手が震えるわよ」
泣く子も黙る鬼将軍……
そういえばそう呼ばれているとは聞いてはいたけれど。
私は今朝の雷禅と火堂の様子を思い出す。
二人とも私に微笑みかけてくれた。
人を威圧するような感じには思えない。
烈牙様を棒で叩いた件については若干厳しい表情を私に向けたけれど。
あれは私が全面的に悪かったのだし。
でも私も以前街に行った時に兵士たちが話しているのを聞いたことがあるのよね。「今の将軍様は恐ろしい方だ」と。
それでも泣く子も黙る鬼将軍ってのは言い過ぎじゃないかしら。
「それは単に魔王軍で兵士に対して少し厳しいとかじゃないの?」
「とんでもない。実際、火堂様に熱を上げて寝室に忍び込んだメイドは不審者として剣で斬られたのよ」
「ホントに!?」
「ええ。公子様たちは女性でも容赦しないのよ」
あの火堂がそんなことを。
でも寝室に忍び込むなんて不審者と思われて処分されても文句は言えないけど。
「真雪も気をつけた方がいいわよ」
「分かったわ」
だけど雷禅も火堂も私の前ではいつも基本的に笑顔なのよね。
その時、先程樹牙から聞いた烈牙様が怒った時の出来事を思い出した。
もしかしたら雷禅も火堂も魔力が高いせいか魔族としての強い残虐性を持っているのかも。
それなら納得しないこともないわね。
「あ、休憩時間は終わりだわ。真雪はこれからどうするの?」
「私も西棟に帰るわ」
「そう。それじゃまたね」
「ええ」
私は西棟の自室に戻った。
それにしても公子たちが私に見せる顔と他の人間に見せる顔は違うということに少し驚いたわ。
魔族はやっぱり魔族ということなのだろう。
私が人間のアリシアだったら紅葉の話を聞いてショックを受けたかもしれない。
息子が他人を傷つけたと知ったら育て方を間違えたと悩んだ可能性はある。
でも魔族の真雪には公子たちが持つ残虐性を不思議に思わない。
それが魔族というものだと知っているからだ。
私も変わったわね。
私は部屋にある鏡に映る自分に微笑む。
アリシア。人間の貴女はもう死んだの。
貴女と私は似て非なるものなのよ。
私は魔族の真雪。それ以上でもそれ以下でもないわ。
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