第45話 麗華王女の情報

 次の日の朝。

 中庭ではいつも通り烈牙様と公子たちが剣の稽古をしている。

 私も参加するようになり最初は木剣の重さに振り回されていたがだいぶ木剣を自分の思い通りに動かせるようになってきた。


 今朝は雷禅と火堂と颯が朝稽古に参加していた。

 私は軽く烈牙様と剣を交えて相手の剣の力を受け流す練習をする。


 烈牙様からは「真雪は覚えるのが早い」とお褒めの言葉をいただいた。

 それだけで私は喜びに包まれる。


 次に烈牙様は雷禅と剣の稽古を始めた。

 私は椅子に座っている颯の横に座る。


 そうだわ。魔王様の近衛隊にいる颯なら第二王女の麗華王女のことを知っているかもしれない。

 麗華王女の情報を颯に訊いてみましょう。


「颯様。お尋ねしたいことがあるのですが」


「なんだい、真雪」


「あの人前ではちょっと話せないので。今日は颯様は非番でいらっしゃいましたよね」


「ああ。今日は休みだ」


「でしたら後でお部屋に伺ってもよろしいでしょうか?」


「へえ。真雪が俺の部屋に来てくれるなんて嬉しいな。真雪ならいつでも大歓迎さ」


 颯は茶化すように言いながら笑顔で私を見つめる。

 その瞳にはどこか甘さを含んでいるようにも感じた。


 そんな期待したような眼をしても無駄よ、颯。

 貴方が望むような用事じゃないんだから。


「あの変な意味ではありませんからね」


 私は先手を打つように一言颯に対して牽制球を放つ。


「俺はどんな意味でも受け入れる準備はできているけど」


 颯はニヤニヤして楽しそうだ。


 もう、私をからかっているのね。

 でも今は颯の力を借りたいから怒る訳にはいかないわね。


「それでは後程伺います」


「ああ。分かった」


 その後私は稽古を早く切り上げて烈牙様のお風呂の準備に向かった。


 その日も烈牙様はお出かけになられたようだ。

 もうすぐ魔王軍主催の剣術大会があるのでその準備で忙しいのだと竜葉が教えてくれる。


 剣術大会は魔王軍の武者たちが剣術で争い優勝者は烈牙様と剣を交える栄誉を与えられるというものだ。

 だが今まで烈牙様が剣術大会で負けたことはないらしい。

 それ故に烈牙様は魔界一の剣豪と呼ばれているのだ。


 さて烈牙様も出かけたし颯の部屋に行こうかしら。


 私は西棟を出て東棟の颯の部屋までやって来た。

 扉をノックすると入室許可の声が聞こえたので颯の部屋に入る。


 そして最初に驚いたのは壁一面に剣や槍が飾ってあったことだ。

 大きさや装飾の有無も多種多様でまるで武器の博物館のよう。


 凄いたくさんの剣や槍が飾ってあるのね。

 これは全部実戦用かしら。それとも颯の趣味?


「そんなに剣や槍が珍しいか?」


 颯は壁を見て立ち尽くしている私に声をかけてきた。

 私は我に返り颯に返事をする。


「見事なコレクションですね、颯様。これは実戦で使うものですか?」


「ああ。一応実戦用だ。どれもいつでも使えるように手入れをしている。剣術大会などで賞品にもらった武器とかなんだがいつの間にかけっこうな量になってしまった」


 なるほど。大会の賞品なのね。

 だけどこれだけの量になるなんて大会でどれだけ賞を取ったのよ。

 颯は雷禅や火堂より剣術に優れているのかしら。


「そうなんですね。颯様は雷禅様や火堂様より剣術が上手いのですか?」


「いや。雷禅兄さんや火堂兄さんには負ける。あの二人の腕前は群を抜いているからな」


「確かにあのお二人は毎日魔公爵様と稽古していますし」


 雷禅と火堂以外の公子は毎日朝稽古に参加しているわけではない。

 だが雷禅と火堂だけは毎回烈牙様から剣の指導を受けているのだ。


「ああ。だが兄さんたちは将軍だから剣術大会には基本的に出られない。将軍の参加を認めたら最初から勝負がついているようなモノだからな。その点俺は参加できるから賞金や賞品をもらえる」


「なるほど。そうでしたか。それでも颯様が強いことに変わりはありませんわ」


「ありがとう。真雪に褒められるとなんだか母上に褒められているようだ。い、いや、別に真雪が俺より年上に見えるってわけじゃないぞ」


 颯は慌てたように取り繕うが私も「母上」という言葉にドキリとする。


 落ち着いて、真雪。

 大丈夫、私の正体がバレたわけじゃないんだから。


「とりあえずソファに座っていいよ。それで話とは?」


 話題を変えるように颯が私にソファに座るように勧めて私の話を聞く体勢になった。

 私はソファに座り先ほどの動揺を見せないために一呼吸してから話し始める。


「実は魔王様の第二王女の麗華王女様のことが知りたいのです。颯様は近衛隊にいらっしゃるので王族関係者には詳しいかと思いまして」


「麗華王女の?」


「はい。性格とか周囲の評判とか」


「そうか。もしかして真雪の耳にも入ったのか? 麗華王女が父上を追い掛け回してること。まあ、皆が知ってる話だからいずれは真雪の耳にも入るとは思っていたけどな」


 え? そんなに有名な話なの。


「麗華王女は魔王様と正妃様の間に生まれたたった一人のお子様で金髪に緑の瞳の美しい姫君だ」


 金髪に緑の瞳ね。

 颯から見ても美人ということか。


「だが性格はキツイの一言だな。自分の侍女たちにも機嫌が悪いと当たり散らしているが社交界では女王のように貴族女性の取り巻きたちを連れている」


 ふむ。やはり正妃の唯一の子供ってことで威張っているのかしら。

 侍女たちに当たり散らすのは確かに性格に難がありそうね。


 権力を持つ者が社交界でもてはやされることはよくあることだが私はあまりそういうことをすることに賛成ではない。

 その自分が持っている権力が烈牙様のように「自らの力」であるなら分かるが自分の両親の七光りで麗華王女が威張っているなら問題だ。

 もしそんな女性ならますます烈牙様を渡すわけにはいかない。


「魔王様の前では麗華王女は猫を被っているな。だから魔王様は一時期父上に麗華王女と再婚しないかと言っていたんだ」


「そうなんですか」


「ああ。でも最近魔王様は真雪の存在を知って父上に縁談を迫らなくなったらしい。その分麗華王女自身が父上に猛アタックをしているようだ」


 それで烈牙様を困らせているのね。


「父上も麗華王女の立場があるからそう無下にもできなくてな。俺も王城で父上がイラついているのを見かけることがある。まったく困った王女様だよ」


「麗華王女様は魔公爵夫人になりたいのでしょうか?」


「そうだな。権力こそ命ってタイプだし。もし麗華王女と結婚したらその人物は次代の魔王候補にもなる」


 あら、でも魔王様には息子もおられたはずでは。


「魔王様には王子もおられますよね?」


「いるにはいるが妾腹の王子だ。もちろん妾腹でも王子の方が王位継承権は高いが実際の権力を考えると麗華王女と結婚した者を魔王にという声が出てもおかしくない」


 それでは王位を巡る争いになるじゃない。


 王位継承権は長子から優先とは決まっていない。

 現に今の烈牙様のお兄様の魔王様は先代の魔王の第四王子で王位継承権は四番目だったが三人の兄王子を退けて王位に就いた。


 三人の兄王子のうち二人は魔王様に殺されて一人は王位継承権を放棄したらしい。

 より強い魔力を持っていた者が魔王になるがそこには後ろ盾になる権力も必要不可欠だ。


 現魔王様は第四王子ではあったが先代魔王と正妃の間の子供だったため王位に就くために必要な後ろ盾も十分持っていた。

 正妃の生家である公爵家が魔王様に味方したので現魔王様が王位に就くことに異を唱える者はいなかったようだ。


 烈牙様は先代魔王の第六王子だったがお兄様が王位についた後に王籍を離れて臣下になり魔王様から魔公爵の位を賜ることになったらしい。

 そしてお兄様の魔王様の治世を盤石なモノにする手伝いを行いその働きに満足された魔王様は烈牙様を信頼していろいろな面で優遇している。


「だが俺としても麗華王女を母上とは呼びたくないな。だから真雪。麗華王女を撃退してくれ」


「はあ…撃退ですか?」


「本来なら真雪を自分の妻に欲しいところだが父上と真雪を取り合う気はない。真雪が父上を選ぶなら俺は真雪が自分の母親になってもかまわない。だが麗華王女は絶対に母親として認めたくないんだ。頼む、真雪」


 颯に言われなくても私は烈牙様の愛を望むが相手は王女だ。

 果たして私に麗華王女を撃退できるか不安が過る。


「私にできるでしょうか」


「大丈夫だ。真雪は根性だけはある。あの父上のお気に入りとなったのだから自信を持っていい。父上をあの女の毒牙から守ってくれ!」


 なんか話が大きくなってる気がするわ。


 そもそも私は烈牙様の寵愛を受けているわけではないのだ。

 けれど烈牙様を困らせる麗華王女に立ち向かうことは私自身が決めたこと。

 烈牙様を憂いを取り除くことこそ私の使命だ。


 もし烈牙様に私の想いが届かなくても烈牙様には幸せに暮らして欲しいもの。

 そのためにできることはしましょう。

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