第36話 魔王の来訪

 私は夜の寝る前のお酒を準備して烈牙様の私室に運ぶ。


 入室許可の声を聞いて中に入ると烈牙様はソファで本を読んでいらした。

 その様子を見ながらいつものように赤ワインとおつまみの果物を烈牙様に出す。


 何の本を読んでいるのかしら。


「ありがとう。真雪」


 烈牙様は本を閉じてテーブルに置いた。

 チラリと見えた本の背表紙には「戦場の地形利用の作戦」と書いてある。


 烈牙様は日々戦の勉強も欠かさないのね。


 魔王軍の戦では連戦連勝を誇る烈牙様だがこういった日々の努力がその成果に結びついているに違いない。

 赤ワインを手にすると烈牙様は一口飲んでから私に話しかけてきた。


「吹雪から響の演奏会に真雪を連れて行きたいと先ほど連絡があったが真雪は演奏会に行きたいのか?」


 まあ、吹雪はもう烈牙様に話したのね。

 確かに響の演奏は聴きたいわ。


「はい。響様の演奏は素晴らしいので聴きに行きたいです」


 私は正直に答えた。


「そうか。なら許可しよう」


「ありがとうございます」


 あっさりと許可をもらえたことに私は安堵する。

 すると扉がノックされた。


 こんな時間に誰かしら。


「入れ」


 烈牙様が入室許可を与えると慌てた様子の竜葉が入って来た。


「どうかしたのか?」


「魔公爵様。魔王様がいらっしゃいました」


「兄上が?」


 魔王様ですって!?

 こんな夜に魔王様が直々にお越しに来るなんてなんか重要な案件かしら。


 内心驚きながらも私は平静を装う。


「烈牙。いるか?」


 まだ烈牙様が竜葉に魔王様と会うとも返事もしてないうちに一人の男性が部屋に入って来た。

 紫の髪に赤い瞳。魔王の紫電様だ。


「兄上。こんな時間に来るとはお忍びですか?」


 烈牙様は魔王様にソファを勧めて魔王様は優雅に腰を下ろす。


 ここは魔王様にもお酒を出すべきかしら。


 私が迷っていると烈牙様が私に指示をくれた。


「真雪。兄上にも酒を」


「はい。承知しました」


 私は魔王様の分のお酒をグラスに注ぎ魔王様の前に置く。

 魔王様は私の顔を物珍しそうに見つめていた。


「烈牙。いつから女を置くようになったのだ?」


 魔王様の問いかけに烈牙様は眉を顰める。


「兄上。変なこと言わないでください。彼女は私の侍女です」


「だが、お前は侍女も置いていなかったではないか」


「彼女はいろいろあって私の侍女になったばかりです。仕事は優秀なので優秀な者を側に置いて何が悪いんですか」


「別に悪いとは言ってないだろう。娘、名は何という?」


「真雪でございます」


 私は魔王様に問いかけられて答えた。


「身分は?」


「ジル男爵家の六女です」


「男爵令嬢か。少し烈牙の相手としては身分が低いが貴族ならば問題ないかな」


 魔王様は何かを考えている様子。

 もしかしたら私と烈牙様を再婚させたいと思っているのかもしれない。


「兄上。真雪を私の妻に迎えるつもりはありませんよ」


 魔王様が考えている内容を的確に読み取り烈牙様がお答えになった。

 その烈牙様の否定の言葉に私は胸が抉られる。


 「妻に迎えることはない」。それが烈牙様の心なのだ。

 きっと未だに烈牙様の心の中にはアリシアがいるのだろう。


「それでもお前が女を側に置くようになったのはいいことだ。いつまでも亡くなった奥方のことを想って過ごすのはどうかと思うぞ」


「アリシアのことを兄上にどうこう言われる筋合いはありません。それに真雪には想い人がいるんです。私と噂になるのは真雪も迷惑ですよ」


「なんだと。それは本当か? 真雪」


 私は複雑な気分で返事する。


「はい。私には想い人がいます」


 だからそれは烈牙様なのよ!


 私は心の中で叫んでいたが当然その叫びは烈牙様にも魔王様にも伝わらない。


 どうしてこうこじれてしまったのかしら。


 思わず溜め息を吐きたくなるが魔王様の前なので堪えた。


 それにしてもやっぱり烈牙様はアリシアのことを未だに愛しているのね。


 自分の想いを烈牙様に伝えても烈牙様はアリシアを愛しているからきっと私の想いは届かない。

 いつかそのアリシアに勝ちたい気持ちが私の中でさらに大きくなっていく。 


「そうか。無理強いも良くないな」


「それで兄上。いったい何の用事ですか?」


「ああ。そうだった。例の勇者の件で分かったことがあってな」


「真雪。下がっていいぞ」


「はい。承知しました」


 私には聞かせたくない内容なのだろう。

 それにしても勇者のことは気になる。

 真の勇者でないことを祈りたい。


 私は烈牙様の部屋を退室した。


 自惚れていたわけじゃないけど「妻に迎える気はない」とハッキリ言われると辛いわね。

 アリシア、貴女は本当に強敵だわ。

 でも私は貴女からいつの日か烈牙様を奪ってみせるわよ。


 明日の夜は咲夜祭。

 烈牙様とお忍びで出かけられる。


 咲夜祭に一緒に出かけられることは嬉しいわ。

 でもその前に烈牙様は盗賊狩りに出かけられるのよね。


 明日の起床の仕事はしなくていいと言われているから今夜烈牙様は盗賊狩りに行くはずだ。


 おケガがなければよいけど。


 烈牙様が戦いに行く度に気を揉むのは昔からだ。

 どんなに烈牙様が強いと分かっていても万が一ということは考えられる。


 そうだ。いいこと思いついたわ。


 私は自室に戻り裁縫道具を出してあるモノを作り始める。


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