第47話 麗華王女との遭遇

 次の日、私は朝のお勤めが終わると早めの昼食を食べて王城に行く準備を始める。


 烈牙様が用意してくれたドレスは生地も高価なもので光に反射するとキラキラと煌めく薄紫のドレスだった。

 しかし正装用のドレスなので一人で脱ぎ着ができない。

 そのため急遽メイド頭の湊と紅葉が手伝いに来てくれた。


「王城に魔公爵様と行くなんていつの間にそんなに魔公爵様と仲が良くなったの?」


 紅葉は私の白銀の髪を結い上げながら訊いてくる。


「これには色々あってけして魔公爵様とは紅葉が思っているような仲ではないからね」


 私は誤解しないでと紅葉に注意するが今度は湊が何やら楽しそうに声をかけてきた。


「私はこのまま真雪が魔公爵夫人になるのなら大賛成だよ。真雪は美しいし、なにより優しい人間だからね。あ、そうなったら真雪のことは真雪様って呼ばないといけないね」


「湊さん。からかわないでください。私が魔公爵夫人になれるわけないじゃないですか。魔公爵様は亡くなった奥方様のことを愛しているのですから」


 私は自分の言った言葉に棘を刺されたような気分になる。

 どうしても「真雪を妻にする気はない」という烈牙様の言葉を思い出してしまう。


 アリシアを未だに愛しているから出た言葉だろうと推測できる。

 今のところ私の気持ちが烈牙様に伝わっているようには思えない。

 きっと烈牙様の中では真雪は「お気に入りの侍女」でしかないのだ。


「確かに魔公爵様が奥方様を溺愛していたのは聞いたことがあるけどもう昔の話だろうし真雪にもチャンスはあると思うがね」


 湊は心底そう思っているような表情だ。


 私だって烈牙様に真雪を見てもらいたい気持ちは強い。

 でも現実は厳しいのだ。


 紅葉に髪をセットしてもらって薄紫色のドレスを着た私は鏡の中の自分を見て驚く。

 今まで貴族のパーティーに行くのに着飾ったことはあったがその時の自分より遥かに美しく仕上がっている。


「さあ。次は装飾品だよ。魔公爵様はブルーダイヤモンドをご用意してくれたからそれを着けておくれ」


 湊はブルーダイヤモンドのネックレスとイヤリングを取り出す。

 そして慎重に私に着けてくれた。ネックレスの重みを感じる。


 このネックレスだけでいくらするのかしら。


 普通であればこんな高価なネックレスやイヤリングなど侍女である私が着けられる立場ではない。

 しかし今回は魔王様のお茶会に呼ばれているのでそれなりの恰好をしなければ失礼になってしまう。

 それに私が男爵家から持ってきたドレスも装飾品も高価な物はないのでここは烈牙様の好意に甘えておいた方がいいと自分を納得させる。


 これは全て烈牙様をお助けするためのものよ。


 鏡を見るとそこには魔公爵夫人と言っても過言ではない姿の自分が映っている。


 姿だけでも少しは烈牙様とつり合いが取れるかしら。

 いえ、烈牙様の美貌には敵わないわね。


「やっぱり真雪は美人よね。羨ましいわ」


「ドレスと宝石のおかげよ」


「なに言ってんだい。素材が良くなかったらこれだけ美しくはならないよ。これなら王女様に間違えられても不思議はないね」


 湊が笑顔でそう言った。

 そこへ扉がノックされる音が聞こえる。


「はい。どうぞ」


 入って来たのは竜葉だった。


「真雪。そろそろ出発しますよ。準備は……」


 そこまで言って竜葉は呆けたように私を見つめる。


「準備は出来ています。あの、竜葉様どうかされましたか?」


 私が声をかけると竜葉は我に返ったように咳払いを一つした。


「コホン。素晴らしい出来栄えです。これなら魔公爵様の隣に立っていても違和感はないでしょう」


 竜葉は私から視線を外した。


 本当に似合っていると思っているのかしら。


「では参りますよ。真雪」


「はい」


 私は竜葉の後について行く。

 正面玄関には黒い軍服の正装に着替えた烈牙様が待っていた。

 その美しく凛々しい姿に私の心は高鳴る。


 まあ、なんて素敵なのかしら。

 やはり烈牙様は軍服がお似合いになるわ。

 こんなに美しい殿方で権力もあると言うのだから女性たちが放っておくはずがないわよね。

 私も惚れ直しそうだもの。


「真雪。とても素敵だよ」


「魔公爵様が用意していただいたドレスと宝石のおかげですわ」


「いや。真雪の真の美しさにはどんなドレスも宝石も敵わないさ」


 烈牙様の誉め言葉に私は頬が熱くなる。

 たとえお世辞であっても烈牙様に褒められることは私には喜びでしかない。


「では、行こうか」


「はい」


 私たちは用意されていた馬車に乗り込む。王城まではそんなに時間はかからないはずだ。

 魔公爵家の豪華な馬車に揺られて王城を目指す。


「今日のお茶会は兄上と私と真雪の三人の予定だ。兄上がもう一度真雪とじっくり話したいと言われてな」


 てっきり私たち以外にもお茶会に呼ばれた人がいると思っていた私は少し驚いた。


 他に招待客がいないことは私にとってはありがたいけど魔王様だけということは個人的な話をされる可能性が高いわね。


 魔王様に私がアリシアの生まれ変わりだと気付かれないようにしないといけない。

 私は緊張したが無理やり笑顔を作る。


「魔王様とお話できるなんて光栄ですわ」


「それほど緊張することはないからな。普段の真雪でいろ」


 烈牙様には私の心がバレているようだ。

 それでも烈牙様に心配をかける訳にはいかないので私は頷きながら微笑む。


 やがて馬車は王城内に入る。

 馬車から降りると王城の大きさに圧倒された。


 いつ来てもこの王城は大きいわね。


 アリシアの時は何回も王城に来ているが真雪になってからは初めての王城だ。

 魔王様の権威を見せつけるかのような巨大で立派な王城。


 馬車を下りて王城の入り口を入ったところに一人の女性がいた。

 金の髪に緑の瞳の美しい女性だが私の方を見ると不愉快気に眉をひそめた。


 もしかしてこの方が例の麗華王女かしら。


 するとその女性は私たちに声をかけてきた。


「魔公爵様。今日は王城にいらっしゃると聞いたので待っておりましたの」


「これは麗華王女殿。本日は兄上に呼ばれましてね」


 やはりこの女性が麗華王女なのね。

 確かに外見は美人だけど気が強そうだわ。


「知っていますわ。それより私、妙な噂を聞きましてその真相を魔公爵様にお伺いしたくてここでお待ちしていましたのよ」


「妙な噂ですか?」


「魔公爵様に愛人がいらっしゃるという噂ですわ」


 うわ、直球勝負に出たわね。烈牙様はなんと答えるかしら。


 私は麗華王女のあまりの直球勝負に少し怯む。

 しかし烈牙様は余裕の笑みを浮かべた。


「もう麗華王女殿の耳に入りましたか。彼女が私の世話をさせている者です」


 烈牙様は私の腰に手を回して私を抱き寄せた。

 けれど烈牙様はハッキリと愛人だとは言わない。だがこの行動は麗華王女を誤解させるに充分だろう。


「その方がそうなのね。貴女の名前と身分は?」


 鋭い視線を私に向けてくる麗華王女に私は自分の身体に密着する烈牙様から勇気をもらって堂々と挨拶をする。


「初めまして。王女様。私はジル男爵家の真雪と申します」


「男爵? 貴女は男爵令嬢なの?」


 麗華王女は明らかに蔑んだ目で私を見た。

 男爵令嬢ごときが魔公爵の寵愛を受ける愛人など認められないという意思を感じる。


「彼女が男爵令嬢であることに何か問題がありますか。私の前の妻が何者だったかは貴女もご存知でしょう」


 烈牙様が人間のアリシアを正妻に迎えたことは魔界で知らぬ者はいない。

 人間のアリシアを正妻にしたのだから男爵令嬢を正妻に迎えると言い出してもおかしくないと麗華王女にも伝わったはずだ。


「そうですわね。今日のところは噂を確認したかっただけですわ。でも魔公爵様も毛色の変わった娘がお好きなのですね」


 少し悔しそうな表情を見せた麗華王女だったがすぐに平然と笑みを浮かべた。

 自分が男爵令嬢に劣ると思ってもいない態度だ。


「私は魔力の高さで人を判断しません。傍にいてくれるなら気立ての良い娘がいいと思ってるだけですよ」


「あら。どうせ傍に置くなら魔公爵様のお役に立てる女性の方がいいと思いますわ。私のように」


 自分の身分に絶対的自信を麗華王女は持っているようだ。


「麗華王女殿には私のような年寄りよりももっとお若い方がお似合いかと」


「まあ、そんなことはありませんわ。魔公爵様はまだ若々しい方ですもの。でも今日はお父様に呼ばれているんでしょう? 今日はこの辺で失礼しますわね。そちらの女性とは一時の火遊びだと思っていますから私は気にしませんので」


 麗華王女は言いたいことだけ言って王城の中に消えていった。


「すまないな、真雪。不愉快な思いをさせて。それに急に身体を抱き寄せてすまなかった。まさか麗華王女が待ち伏せしてるとは思わなくてな」


 烈牙様は小さく溜め息を吐きながら私に謝る。


「いえ。あのくらい何でもありません。それに親密そうにしないと寵愛を受けている女性としては不自然ですので気にしておりませんから」


 烈牙様の言葉に私は大丈夫だと答えた。


「そう言ってくれると助かる。ありがとう」


 お礼を口にする烈牙様は私を優しい瞳で見つめていたがそっと私の身体から手を離した。

 その距離感が今の私と烈牙様の本当の距離だということに寂しさを感じる。

 だがそれと同時に私は初めて遭遇した麗華王女のことを考えた。


 それにしてもやはりプライドの高そうな姫君だったこと。

 あんな性格では烈牙様を支えて共に歩むような夫婦になることはできないわね。

 やはり烈牙様は渡すわけにはいかないわ。


 心のどこかで麗華王女が烈牙様にお似合いの令嬢であるなら身を引くことも考えていた自分がいたような気がする。

 しかし今回麗華王女を見て烈牙様を任せることはできないと判断できた。

 その判断ができただけでも王城に来たかいがあったようなものだ。


「では兄上の私室に行こう」


 私は烈牙様に遅れないようについて行く。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る