第41話 ルーヴァス侯爵家の演奏会
次の日烈牙様の朝の勤めを終えると私は朝食を食べて吹雪の言っていた青いドレスに着替える。
烈牙様は今日も昼間は留守だ。
今朝、烈牙様から響の演奏会に行ってもいいと許可を出された。
吹雪から連絡がいったのだろう。だから私も安心して出かけられる。
私が正面玄関で待っていると吹雪と響がやって来た。二人とも正装をしている。
吹雪の銀髪と響の金髪は光を受けると輝き二人の姿はまさに月と太陽のようだ。
自分の息子ながら烈牙様の整った美貌を受け継ぐ二人はきっと社交界でも目立つだろう。
二人の女性関係の話は聞いたことないが独身の女性たちがこの二人を放っておく訳がないように思える。
しかし現実的にはまだこの二人だけでなく結婚している公子は一人もいない。
もしかして息子たちの好きな女性の理想って高いのかしら。
できれば息子たちにも愛し合う女性と結婚して欲しい。
でも息子たちが結婚して子供ができたら私はおばあちゃんの気持ちになるのかしらね。
たとえ今の真雪とは血の繋がりはない公子たちの子供にはなるが公子を自分の息子と認識している私から見たらその子供は孫のようなものになる。
フフフ、この年齢で孫ができたら不思議な感覚かもしれないわ。
心の中で私は笑ってしまう。
「真雪。なんだか笑っている顔しているけど何かおかしなことでもあった?」
吹雪が不思議そうな顔で尋ねてくる。
いけないいけない、顔に出ていたかしら。
自分に孫ができるかもと思って笑っていたなんて吹雪には言えないわ。
「いえ、外出が楽しみなだけです」
「そう、じゃあ、真雪。仕上げにこのネックレスをつけてね」
吹雪は荷物の中から箱を取り出し蓋を開けた。
そこには大きなサファイヤとダイヤモンドで作られたネックレスが入っている。
「吹雪様。これ以上高価な貰い物をするわけには…」
「だって、そのドレスに合わせて作ったんだもん。今つけてる真珠も綺麗だけどこっちの方が華やかになるから」
私は自宅から持って来ていた真珠のネックレスをつけていた。
さすがに貴族の集まりにネックレスの一つもつけて行かないのは失礼に当たる。
私の家も男爵家だったから貴族同士の付き合いはある。
そのために私の親が買ってくれた装飾品がいくつかあって私はそれを持って来ていたのだ。
「さあ、つけてあげるよ」
吹雪はそう言って私にネックレスを持って近寄って来た。
なぜか有無を言わせないような圧力を吹雪から感じる。
仕方ないわ。このネックレスも受け取らなかったら廃棄処分するとか言い出しそうね。
内心溜め息をついて私は自分の真珠のネックレスを外した。
すると吹雪が私にそのサファイヤのネックレスをつけてくれる。
ズッシリとネックレスの重みを首に感じてこのネックレスに使われているサファイヤの価値の高さが嫌でも分かるような品物だ。
「やっぱり真雪の白銀の髪と青い瞳にはサファイヤが似合うよなあ」
吹雪は満足そうだ。
「ええ、そうですね。とても似合っていますよ、真雪」
にこやかな笑みで響も私を褒めてくれる。
手近に鏡が無いので自分で確認はできないが二人が褒めるならそれなりに似合っているのだろう。
「ありがとうございます。吹雪様、響様」
二人が満足そうなのでとりあえず私はお礼を言っておく。
だけど今後は吹雪に散財させないようにしなくちゃ。
「じゃあ。行こうか」
「はい」
私たちは三人で馬車に乗って魔公爵邸を出発した。
今日、響の演奏会が行われる屋敷の主のルーヴァス侯爵はアリシアの時に知っている方だ。
王族の縁戚でもありルーヴァス侯爵は音楽や美術品をこよなく愛する方として有名な人物。
私もアリシアの時に屋敷での演奏会に招かれたことがあった。
「真雪はルーヴァス侯爵のことは知ってる?」
「はい、吹雪様。ルーヴァス侯爵様のお噂は聞いたことがあります。音楽と美術に造詣の深い方だと」
「うん。響は定期的にルーヴァス侯爵の屋敷で演奏会を開かせてもらってるんだ」
「あの方は若い音楽家たちのパトロンを務めたりしていて私も演奏を披露する機会を与えていただきとても助かってます」
響はルーヴァス侯爵に感謝をしているようだ。
そうね。ルーヴァス侯爵は穏和な方で若い音楽家の育成にも力を入れていた人物だったわ。
私が人間でも見下すことなく対等にお話をしてくださったしとてもお世話になったのよね。
もちろん私が魔公爵夫人だったこともあるだろうがそれだけではなくアリシアとして認めてくださっていた数少ない高位貴族のひとりがルーヴァス侯爵だった。
真雪になってからは会ってはいないがまた仲良くしてくださるだろうか。
不安は残るが親しかった人たちと再会できるのは純粋に嬉しい。
「響様は他にも演奏会を開くことがあるのですか?」
「ああ。私は年に数回王城で演奏会を開く時がある。魔王様のご都合によるから不定期ではあるけど」
「まあ。王城で?」
「響はこれでも魔界を代表する竪琴の演奏家だよ」
吹雪がまるで自分のことのように自慢げに話す。
魔王様の前で演奏するなんて並みの実力ではない。
本当に響は音楽家としての才能があるのだ。
立派に成長してくれた響を見て思わず嬉しくて涙が滲む。
そして響を立派に育ててくださった烈牙様には感謝してもしきれない。
胸が熱くなるがここで泣いたりしたら吹雪たちに変に思われてしまうので涙が零れないようにグッと我慢する。
「いつか王城の演奏会にも真雪を連れて行ってあげるね」
「はい。お願いします、吹雪様。響様の演奏はとても好きなのでぜひお聴きしたいです」
「それは嬉しい言葉ですね。その時は真雪には特等席をプレゼントしますよ」
響はにこやかに笑みを浮かべ私を見つめる。
その笑顔は自分の息子だという認識がなければ惚れてしまいそうに美しい。
「そんな特等席なんて。普通の席で十分です」
「そう言わないで下さい、真雪。貴女には私の演奏を聴いてもらいたいんですから」
「あ、響、真雪を口説くなんてずるいぞ」
「何を言ってるんですか、吹雪兄さん。私の演奏を真雪に聴かせたいと吹雪兄さんも言ってたでしょ?」
「そりゃそうだけどさ。響ばかり真雪に好意を持たれるのは嫌だ」
唇を尖らせて子供のように吹雪は拗ねる。
やれやれ、響の演奏には心を惹かれるけど響のことを異性として私が認識することはありえないのよ、吹雪。
だって響は私の息子だもの。それは吹雪にも言えることだけど。
そう思ってもそれを口に出すことはできない。
私が前世で二人の母親のアリシアだったとバレる訳にはいかないのだ。
「吹雪様。私が響様に個人的な好意を抱くことはありませんからそれは杞憂です」
ハッキリと断言すると今度は響が僅かに呻くように呟く。
「それはそれでなんとなく傷つくのですが…」
「ほら、響だって真雪に好意を持たれたいって思ってるんじゃん」
吹雪のツッコミに響は罰の悪そうな表情になった。
あらあら、響も本当は私に好意を持ってもらいたかったのかしら。
ごめんなさいね、響。私は烈牙様しか興味ないのよ。
これ以上何か発言するとこの二人とは不毛な争いになるような気がしたので私は黙ることにした。
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