第23話 想い人への口利き
烈牙様は朝の紅茶を飲んだ後、剣の稽古のために中庭に出かけて行った。
私はお風呂の準備をしながら昨日と同じく寝室の窓から中庭の烈牙様を見ていた。
今日は火堂を相手に剣の稽古をしている。
昨日と同じく真剣での稽古だ。その流れるような剣先に迷いはない。
相手を切り裂くような美しくも鋭い剣捌き。
だが火堂も恐れることなく烈牙様に向かって行く。
伊達に魔王軍の将軍位を賜っているわけではないらしい。
二人の剣がぶつかり合う音が聞こえる。
雷禅も火堂も半分人間の血を引いているのに持っている魔力は強い。
本来なら人間の血を引く魔族の者はここまで魔力が強いことはない。
だが魔王軍の将軍をしている二人は烈牙様の剣の相手を務められるほどの魔力があるようだ。
単に剣で争う時にも魔族は己の魔力を剣に宿して攻撃するのだということを昔烈牙様から聞いたことがある。
魔力の差があり過ぎると一振りで相手にケガさせる危険性もあるから烈牙様はいつもご自分の魔力を完璧に制御なさってるとのこと。
それだけ魔族の魔力というモノは扱いに気を付けないといけない。
幸いにも私にはそんな強い魔力はないけれど。
基本的に魔族は魔力の高さが己の価値を決めるといっても過言ではない。
女性の場合は伴侶の男性の地位や魔力によって自分の地位を高くすることもあるがそれはあくまでもその伴侶の力によるものだ。
アリシアが人間であっても魔王城に入って魔王様に会うことが可能だったのは全て魔公爵烈牙様の奥方だったから。
それだけ烈牙様の魔力と地位は魔界において強大な影響力を持っている。
雷禅と火堂が将軍として十分な実力があるのも烈牙様の血を引いているからだ。
烈牙様の強大な魔力を受け継いだ二人にとっては自らに流れる半分の人間の血の影響は微々たるものなのだろう。
そう考えると烈牙様の底知れぬ魔力の強大さに私でさえ身震いするほどだ。
やがて剣戟の音が止んだ。
私は慌ててリビングに戻る。
すると少しして烈牙様が私室に戻って来られた。
「烈牙様。お風呂の準備はできております」
「ああ。風呂あがりに紅茶を飲みたい。用意しておいてくれ」
「承知しました」
私は烈牙様がお風呂場に入るのを確認して大急ぎで厨房まで行きポットに熱いお湯を入れて私室に戻る。
まだ烈牙様はお風呂から出ていないようだ。
良かったわ。間に合った。
そして烈牙様がお風呂から出たのを確認して紅茶を淹れる。
烈牙様は髪の毛をタオルで拭きながらソファに座り私が淹れた紅茶を飲んだ。
「真雪」
「はい。何でしょうか」
「お前は剣術に興味があるのか?」
「はい? 剣術ですか?」
「昨日も今日も私の稽古を部屋から見ていただろ」
うっ、バレていたのね。
そんな気はしてたけど。
興味があるのは剣術ではなく烈牙様ですとハッキリ言えたらどんなにいいだろう。
でもそんなことは言えない。
「申し訳ありません。盗み見てるような真似をして」
「いや。別にそれはかまわないが見たいなら堂々と見学をしたらどうかと思ってな」
「はい?」
「お風呂の準備の手が空いてる時間はせっかくだから中庭で見学しているといい」
「近くで見ていてもいいのですか?」
「ああ。別に隠すようなことでもないしな。それに真雪が見ていれば雷禅も火堂も張り切るだろうから稽古のレベルが上がる」
そうかもしれないわね。
雷禅も火堂も私の前ではかっこいいところを見せたいと思うから頑張るでしょうね。
息子に女としての感情を持たれるのは困るが私がいることで稽古のレベルが上がって烈牙様の役に立てるなら願ってもないことだ。
それに烈牙様のかっこいいお姿を近くで見れるだけでも嬉しい。
「分かりました。明日からは中庭で見学させていただきます」
「ああ。そうするといい」
烈牙様は紅茶をもう一口飲む。
「それと真雪には想い人がいるんだよな?」
いきなりの話題の切り替えに頭がついてこない。
なぜ今、私の想い人の話になるの?
もしかして私が稽古を盗み見ていたから私の想い人が烈牙様だとバレてしまったのかしら。
「は、はい」
「その男は身分が高い男だから諦めているのか?」
「い、いえ。そのことにつきましては…」
「もし良かったら私が口利きしてやってもいいぞ」
「は?」
烈牙様が口利き? 私の想い人に?
そんなことできるわけないじゃない。
私の想い人は烈牙様なのに。
戸惑う私のことなど気にしないかのように烈牙様の言葉は続く。
「私は魔公爵なんてやってるから魔界の高位貴族の者とは面識が多い。もしその中に真雪の相手がいるなら今度連れて来てもいいが、どうだ?」
「とんでもありません! 私の好きな方は烈牙様がお連れになれない方です!」
私は思わず大きな声で烈牙様に反論してしまう。
すると烈牙様の赤い瞳が鋭さを増した。
「なんだと? 私が連れて来れない相手だと? まさか真雪の想い人とは……」
いけない! バレてしまったかしら。
「兄上のことではないだろうな?」
「はあ?」
今度は私の口から間抜けな声が出てしまった。
烈牙様の兄上って言ったら魔王様じゃないの。
魔王様は人間のアリシアにも優しくしてくれた器の大きい方だけど恋愛感情なんかないわよ。
私は烈牙様一筋なんだから。
全身が脱力感に襲われるが私は必死に平然とした態度を取り繕う。
「あの。烈牙様の御心はありがたいのですが私は私の力でその方を振り向かせたいと思っていますのでこの件については話題にしないでくださいませんか?」
丁寧にお断りの言葉を口にすると烈牙様はなおも確認するように尋ねてくる。
「そうか。でもこれだけは教えてくれ。真雪の想い人は魔王ではないよな?」
なぜ烈牙様がそんな念を押すようにしてくるのかよく分からないが私は小さく溜息を吐くと返事を返した。
「はい。魔王様ではありません。臣下として魔王様の偉大さは分かっておりますが魔王様には恋愛感情は持っておりません」
魔王様ではないというくらいならそんなに影響はないでしょう。
私が完全否定すると烈牙様は安堵したような表情を浮かべる。
「分かった。では想い人の件はこれから先話題にはしない」
「ありがとうございます」
烈牙様が変な誤解をして困ったけれど私の想い人が烈牙様だとバレなくて良かったわ。
まったく朝から心臓に悪いわね。
そして烈牙様は朝食に向かわれて私の朝のお勤めは終わる。
これも雷禅や火堂が余計なことを烈牙様に言ったからだわ。
私が侍女の真雪じゃなかったら「人の恋路を邪魔しちゃいけないのよ」って二人を𠮟りつけているところね。
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