第42話 犬と狼

「ドラゴン……」


 陽太がうめいた。

 俺を含めた他の3人は声を出すこともできていない。

 ただ、その威容を受け止めていた。


 ファーヴニルの全身は、赤褐色の鱗で覆われている。

 普段ドラゴンと言われて想像するヘビに近い姿ではない。

 それよりも、動物でいえばサイの頭にゾウの体をくっつけたようなずんぐりした見た目だ。


 前脚……というよりは前腕? の大きさが後ろ脚の3倍ぐらいあり、二足歩行で前傾した姿勢を取っている。

 背中には大きな翼が装甲のように畳まれ、さらに後ろには先端まで太い金棒のような尻尾が伸びていた。


 鼻の位置には太く短い、それこそサイのような角が生えていて、その下にある紫の目が強く輝いている。

 ”ノア”に支配されていても、なおモンスターとしての”格”を失っていない。

 そんな印象を受ける。



 俺達を視認したファーヴニルがゆっくりとした動作で頭を持ち上げる。

 大きく口を開いて”ヴォオウ...”と地獄の釜のように吠えた。


 その声を通じて超感覚が伝えてくるのは……明確な敵意!


「動けッッ!!」


「ッ……! うおおおおお!!」


 俺は怒鳴った――最初に反応したのは陽太だ。

 タンクの役割を全うするため果敢にファーヴニルとの距離を詰める。


 次に水住がライフルを構え、引き金を引いてガァン! という音を響かせる。

 《魔力の槍》が陽太を援護するべく飛び出した。


 魔槍を一瞥いちべつしたファーヴニルが、一瞬で3本もの炎槍を生み出して放つ。

 1本が魔槍を撃墜し、残りの2本が水住を狙う。

 だがあらかじめ備えていた水住にどちらもかわされ――その後ろに着弾し、小さな爆発が起きた。

 当たった岩は融けてドロドロになっている。


「サラ!」


 遊佐が水住のいる後方に向かっていく……完全に前線放棄だが仕方ない。さすがにイレギュラーだ!

 代わりに俺が前へと走る。

 間もなく衝突する陽太に対してファーヴニルが強靭な前腕を振り上げ、分厚い爪が赤熱する。


 割り込むように呼んだ《ゴースト》、前腕に干渉した死霊の手がその動きをわずかに鈍らせた。

 それでも完全には止まらず、赤い爪が陽太に向けて振り下ろされる。


「《前鬼》! ――あれえーっ!?」


 陽太が展開した鬼の盾はその爪により一瞬で破壊された。

 黒い金属片が残骸となって地面にまき散らされていく。

 バックステップを踏んだ陽太がすごい勢いで振り向いた。


「撤退ーー!!」


 判断の早い男だぜ。

 大賛成!


「先に行け!」


 防御力のない陽太に変わって殿しんがりを引き受ける。

 ちらと振り返ってみると、遊佐が水住を抱えて退避し始めていた。

 俺は時間を稼ごうとファーヴニルに突撃する。


 召喚されたガーディアンがタワーを留守にするとは考えづらい……トンネルの奥まで退ければ諦めるはずだ。

 幸いこいつはそれほどスピードがあるようには見えないし、ヒットアンドアウェイで何とか後ろに引っ張りながら……!?



 ファーヴニルは肉薄する俺に一切構わなかった。

 両腕の爪を左右の地面にスパイクのように突き刺し、通常よりもさらに深い前傾姿勢を取る。

 この姿勢は知っている。

 ドームでフェンリルもやっていた、モンスターが大技を使う時の前兆だ!



 ドラゴンが同ランクの中で1つ抜けると言われる理由の大部分は、ある魔法が占めている。

 圧縮した魔力を一気に属性魔法へと変換して敵に放射する、まさに必殺技。

 《竜息ブレス》と呼ばれるその魔法の存在が。



 俺は前に進む足に全力でブレーキをかけて逆走した。

 回り込むには距離が半端過ぎて、後ろにあるトンネルまで走るしか生きる道はなかった。


 背後でファーヴニルがアホみたいな量の魔力を集めているのが分かる。

 猶予はもうほとんどない。というか俺と陽太はマジでやばい。このままだとブレスで”蒸発ジュッ”ってなる!

 トンネルの入口に着いた遊佐達でさえギリギリだ!

 ギリギリ――間に合わない!!


「ちっくしょう……!」


 前を行く陽太が走りながら何かを取り出した。

 板状の金属のアミュレット、形代?

 何を出す気だ!?


「うおおおおお! 《玄武門》!!」


 その意思に応えた形代がまぶしく光り始める。

 現れた式神は――黒鉄の巨大な門だ!


 歴史の教科書で見るような屋根の付いた立派な門! なんか中央に亀みたいのが描いてある!

 でそれが



 陽太がその門の前で崩れ落ちた。

 ファーヴニルが魔力を開放し、背後から轟音とともに極熱の渦が迫ってくる。


「み、見ろ玄……すごくねこれ……? 初めて成功したぜ……」


「バカ野郎!! 逃げ道ふさいでどうする!!」


「俺とお前はここで死ぬ……」


「冗談じゃ――あっ」


 ジュッ。



 日付変わって月曜の昼休み、学校の渡り廊下にて。


「作戦会議! 意見のある方は挙手をお願いします!」


 陽太が元気よく宣言した。

 俺達3人の露骨なテンションの低さを見てのことだろう。


 鉱山の底でジュッとなった俺と陽太はルールに従い地球に送還された。

 幸い水住と遊佐は《玄武門》のおかげで生き延びたものの、俺達と合流するまでに時間がかかったので昨日はそのままお開きになっていたのだ。


 1日経って落ち着いたところで、情報の整理と対策を立てようと集まったのだが……。


「はい、ヨウ」


「はいなんですか朱莉さん」


「……む、むりかも」


 早々に遊佐が敗北宣言した。

 陽太はてっきりキレるかと思ったが、


「じゃあ便乗して言っとくわ。わりい、俺もあれはタンク無理だ」


 一緒になって白旗を振った。

 実際前鬼が一発でぶっ壊されたのを考えれると正面での役割は持てないだろう。



 それは一旦置いておいて、攻撃の方はというと?

 俺は水住に目を向けた。


レベル3じゃ厳しいよな。たぶんユニークスキル使っても」 


「私もそう思う。勝つならレベル4じゃないと」


「《魔力の砲》はどのぐらい時間かかる?」


「……魔石によるけど最低でも30秒。《銀の砲》にするならあと20秒は欲しい」


 最大ダメージを狙うなら1分近くあいつを引き付ける必要があると。

 けどモンスターはバカじゃない。

 明らかに脅威度の高い敵がいればそっちを優先するぐらいのことは普通にしてくるやつらだ。


「というか、その」


 水住がらしくもなくおずおずと口を開いた。


「昨日はごめんなさい。2人を犠牲にしてしまって」


「別に気にしなくていいぞ」


「ギャグみたいに死ぬとあんまし尾引かねーからさ」


「そ、そう……」


「それより2人ともどうだった、俺の《玄武門》! ブレスに勝ってたか!?」


 水住と遊佐が顔を見合わせた。


「5秒?」


「そのぐらいかな~。一瞬”止まった!”って思ったけどほんとに一瞬だったね」


「おお……」


 陽太ががっくりとうなだれた。

 とはいえBランク最強の必殺技相手に5秒っただけでも、こいつの実戦経験からすれば出来すぎなぐらいだ。


「10枚出せば水住が間に合うな」


「1枚で酔うし、そもそも成功しねんだわ」


「ていうかタンクなしだとパンチだけで終わっちゃうじゃん」


 パンチて。

 まあブレス以前の問題じゃない? という遊佐の心配はもっともだが、俺的にはもう情報は出揃っていた。

 再チャレンジするなら役割の再振り分けをすることになる。


 が、その前に言っておくべきことがあった。


「ぶっちゃけて言うんだが、マジで無理だと思ったらお前らは留守番でもいいぞ。俺がフェンリルとやってくる」


 たぶん水住と遊佐はアークでジュッてなった経験がない。

 呼んでおいてなんだが、今回そこまで踏み込ませるのはちょっとためらってしまう。


 加えてボスから連絡があったこともある。

 第2ゲートの5本目のタワー攻略……つまり”ノア”との暫定決戦日は、第3ゲートのストラトスの日程に被せたいらしい。

 そこが一番妨害のリスクがないという判断だ。


 その日はもうあと2週間ないほどに迫っており、俺としても4本目に時間をかけすぎるわけにはいかなかった。



 ”うーん……”という沈黙がしばらく場を支配する。

 陽太は行きたがるだろうが――お。

 水住が顔を上げた。


「私は戦ってみたい。Aランクに近いレベルに慣れておきたいっていうのと……こうやって自由にパーティーが組める機会、しばらくないかもしれないから」


 さらりと言った割には内容が重い。

 ストラトスが5本目のタワーを攻略して第3ゲートの”領主”に認定された場合、昨日のインテリメガネが言っていたような拘束がもっと厳しくなる可能性がある。


 そしてそんなことを聞かされれば、怖気づくわけにはいかないやつもいた。


「あたしも行く」


 遊佐が言葉少なに宣言した。

 こいつには珍しく内心の読めない顔をしている。


「じゃ、決まりだな」


 陽太が場を締めた。

 そんなわけで俺達は数日空けた再チャレンジのため、それぞれが準備しておくことになった。



「ク~ロ~!」


 遊佐が情けない声を出しながらファミレスのテーブルに突っ伏した。

 ”放課後時間ある? ていうか夜ごはん奢るから付き合って!”とメッセで呼び出されたので遠慮なく注文を済ませたところだ。

 まさか俺の人生で女子の財布にタカる日が来ようとは。


「”ク~ロ~”じゃない。何の用事ですか遊佐さん」


「朱莉でいいよ~……」


「よくない」


 いいわけねえだろ女子を名前で呼んだら好きになっちゃうだろうが。


「何の用か言え」


「どうやったらあたしがファーヴニルに勝てるか会議」


「勝つっていうかタンクな」


「同じようなもんだって、《挑発》も持ってないのにー!」


 テーブルの上でじたばたもがいている。

 作戦会議では”あたし行けます”みたいな顔で黙ってやがったくせに……。



 再チャレンジの布陣は、遊佐が先頭で俺が2番目、その後ろが陽太と水住の陣形になった。

 まず一番機動力の高い遊佐が、いわゆる回避タンクとして敵対心ヘイトを買う。

 その間に水住はタワーに近づいて《銀の砲》を準備する――あそこから魔力を吸収すればもう少し早く撃てるらしい。



 ただ砲のチャージ中にファーヴニルが水住を狙う可能性もある。

 そうなったら陽太が死ぬ気で《玄武門》を成功させて時間を稼ぐ。

 ”失敗したら水住が死ぬぞ”とプレッシャーをかけておいたから何とかするだろう。



 俺は遊佐と陽太のフォローだ。

 ベストは先に砲を撃つこと、最低でもブレスとの撃ち合いには持ち込みたい。

 そんなわけで遊佐がどれだけ相手の目を引き付けられるかは、かなり重要なポイントになっている。


「動きはそんなに早くないぞ、あいつ。お前とガルムなら粘れると思うけどな」


「……ごめん、会議中に言えばよかったんだけどさ。ガルムもドラゴン初体験でちょっとびびっちゃってる」


「それは本当に早く言え」


「……」


 遊佐がうつむいた。

 残念ながら俺はやさしくフォローしてやるような人格者ではない。

 それよりもだ。


 俺はなるべくさりげない動きでスッと振り向いた。

 トレーを抱えてこちらを見ている店員と目が合う――かと思えば慌てて逸らされる。

 やはり監視されている。


 監視といっても闇の秘密結社が、とかいう話ではなく普通にブラックリストに載っていると思われる。

 ある高校の生徒が騒ぎすぎると同じ制服なだけで出禁にされるアレだ。


 追い出されたりすることはないが、大体の場合数十分以内にスーツを着た偉そうな社員が外から駆けつけてくることになる。

 そして遠くからじっと俺のことを見つめ始めるのだ。


 たまーにニコニコしながら近づいてきては”本日はどのような理由でご来店を?”などと聞いてくるが食事以外あるわけがない。

 恐らく穏便に帰ってもらうためにじわじわ不快感を与えるオペレーションが組まれていて、それは女子と同席していても例外ではないらしい……上等だ。

 やってやろうじゃねえか。


「遊佐、注文全部取り消すぞ。ドリンクバーで粘れ」 


「……え? や、お母さんにご飯いらないって言っちゃったし」


「じゃあいっぱい食え」


「ちょっと黙ってただけでおかしくなってる。あのね、クロ。さっきの話だけど」


 遊佐が視線を落としたままコップをにぎにぎして言い淀む。


「あたしが自信なさそうなこと言ったら、サラに足手まといって思われるかもって」


「ハァー……」


 特大のため息が出た。

 そんなわけないだろバカという言葉を口から出す気力すら湧いてこない。


「う、でも、結局パーティー抜けちゃった理由教えてもらえてないから」


「”自分が弱かった所為”って極薄の線を完全に消したいってことか?」


「うん。……それができたら、言いたいこととか、全部言えるようになると思う」


 面倒くせえなあ。

 黙ったままの水住もぶつかりに行けない遊佐も。

 正直そう思った。



 だがこの捨て犬みたいな顔をしている女が、よりによって世間で歩くゴミのような扱いの俺に頼ったことを、低く評価するつもりもなかった。


「分かった」


「え?」


「俺が何とかしてやる」


 俺の言葉をゆっくりと飲み込んだ遊佐が不安そうにうなずいた。

 自分から頼んでおいてこの態度……とは非難しづらい。


 遊佐にタンクの自信がなかろうが、最後は自分でやってもらうことになる。

 俺にできるのはやり方を教えること、それと自分の経験を伝えることだけだ。



 ――ボスと初めて会ったあの日。

 フェンリルの力を目覚めさせたあの時のこと。

 自分を爆発させるにはどうしたらいいのか……荒療治で叩き込んでやろう。



 それから3日後。

 俺達は再び鉱山の底、トンネルの先、タワーのある広間の入口にやってきていた。

 奥に陣取るファーヴニルの紫の目が早くも俺達を捉えている。



 リベンジマッチだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る