第22話 キマイラ

 水住が周りに視線をめぐらせる。


「トレント……この1体だけならいいけど」


「群れる習性はないのか?」


「エルダートレントみたいな上位種以外はないはず。でも、その気がなくても精霊型は条件の合うところに出やすいから」


「この枯れ木の森の中にまだ混ざってる可能性はあると。タワーさえなければ分かるんだけどな」


 タワーの魔力が妨害ジャミングになってるせいでよく分からん。

 超感覚は本当にただの"勘"で、五感のどれとも結びついてないのが良いところであり悪いところでもある。

 もしこれが目に見えたりしたらできることも増えそうなんだが。


「タワーまでの直線だけでもチェックしていくしかない。周り全部見るのは無理だ」


「戦闘中は木に近づかないようにする」


「そうしてくれ、っていってもどんなガーディアンが呼ばれるか次第だけどな」


 召喚自体が仮定だし、合ってたとしてもルールまでは推測できない。

 万が一いきなりAランクとか召喚されちゃったら思い切り退いてもらうことになる。


「Bランクまでなら俺はタンクに集中する。あとそのドロップ、使うなら拾っていいぞ」


 ドロップした魔法式は《生物魔法:トレントのつる(レベル2)》と視界に表示されている。

 俺にはピンと来ないが水住なら役立てるだろう。

 魔石の方はこの後使うだろうし。


「ありがとう、ちゃんと精算するから」


「別にいらないぞ」


「レベル2はそれなりに高価でしょ。そういうところはちゃんとさせてもらう」


 さいですか。

 気を取り直してタワーに近づいていくも、今の戦闘で水住は少し張り詰めてしまっているようだ。

 ……一応フォローしておくか。


「あのタワーなんだが、実は正式名称がある」


 いきなりそんなことを言われた水住が怪訝けげんそうにこっちを見た。


「正式名称?」


「"ノア"の魔力に支配されたタワー、縮めて……ノワーだ」


「は?」


「ノワ~」


「聞こえてるけど」


「水住も言え。どっちもタワーだと区別つかないだろ」


 酔っぱらった店長から"空気がおいしくない時はダル絡みするといいわよ~"と教わったことがある。

 今こそ実践の時だ。

 まあ100%ないだろうが、水住の口から「ノワ~」とか出てきたら面白い――


「ノワ~」


 ――!?


「……はい、これで満足? 早く歩いて」


「え、あ、はい」


 ……え?

 今の水住から出たのか? ほんとに?


 ……前を歩く背中はどことなく勝ち誇っているようにも見える。

 何故か負けた気分になった。




 ついに枯れ木が視界から消え、ノワ……タワーの前の開けたスペースに立つ。

 眼前では東京タワーもかくやという魔石の塔が不気味な光を放っている。

 水住に"待機"とハンドサインを残し、1人踏み込む――。


「やっぱ出るよな」


 タワーの輝きが強くなった。

 あふれ出た紫の魔力が空間に亀裂を作り出し、それを破ってモンスターが現れる。

 地響きと共に着地したそれをレンズがスキャンした。


《Cランク:キマイラ(獣型)》


 Cか……ランクは普通のタワーと同じ順番なのか?

 ベースは熊。胴体が茶色に対して腕は黒く、大きさのバランスも全然違う……ので、多分別のモンスターのパーツだ。

 尻尾も熊のものではない長さで釘バットみたいにトゲが生えている。

 頭には羊のようなカーブした角があり、その下では紫に光る目がこちらを見据えていた。


 見た通りキマイラはいくつかの動物の肉体を併せ持つモンスター。

 モンスター同士の戦いの勝者は相手の魔法式を吸収していく、その進化の方向性の一つだ。

 生物魔法の詰め合わせみたいなやつである。



 やる気まんまんのキマイラが野太い唸り声を上げ、真っ赤な口の中を覗かせる。

 俺はまったく気にせず後ろを向いた。


「水住、槍だけでいい!」


 《魔力の矢》でアシストする必要はないという意味だ。

 キマイラが手ごわくなるのはBランクからと聞いている。

 Cはまだ各パーツというか生物を扱い切れてないので、ぶっちゃけ単一種よりも弱いらしい。

 リザードキングみたいに堅さ特化とかの方が面倒くさいイメージがある。



 水住がライフルを構えて《魔力の槍》を準備し始めた。

 背後から迫るキマイラ、その攻撃の予兆を超感覚が捉える。

 振り返りながらキルゾーンから逃れるように数歩下がると、目の前の地面に拳が炸裂した。

 ゴリラみたいな戦い方だ。


 2度、3度と繰り出される拳を後ろに下がってかわしながら剣を抜く。

 けど反撃はせず、エンチャントもしない。

 今回は水住にやらせよう。


 本職のタンクなら避けながら嫌がらせしたりするんだろうか?

 残念ながらそれができるほど運動神経が良くはない。

 超感覚はそこにいると当たるor当たらないぐらいは教えてくれるが、ジャスト回避を狙いに行くのは結構なギャンブルだ。

 今は敵対心ヘイトを買ってターゲットを俺に固定できれば十分だろう。


ランス!」


 水住の合図。

 直後に飛来した《魔力の槍》がキマイラの胴体に突き刺さり、苦痛の声を上げさせる。

 槍は数秒で消えたが良いダメージになったようだ。

 水住をより大きな脅威とみなし、俺に向けられていた意識が逸れてしまう――前に1歩踏み込んだ。


 自前のエンチャントをかけた剣を振り伸ばし、キマイラの首を叩く。

 斬ってはいない。

 が、触れるだけでも大きなアピールになる。


 モンスターは魔法式の集合体だから、仮に首を斬ったとて生物的な死=モンスターとしての死ではない。

 それでも一度絶たれた生命活動を回復するには相応の魔力が要求される。


 ダメージが大きくなると回復に必要な魔力が足りなくなり……変な話、先に生存を諦めた魔法式が逃げ出した結果、モンスターとしても死んでしまう。

 魔石を砕かずに勝つ時は大体そのパターンになる。



 キマイラの意識が再びこちらを向いた。

 フェンリルが"自分を使え"と俺の中で猛クレームを入れてきているが、今日の主役はお前じゃない。

 水住が次の準備を始めている――ユニークスキルだ。


 キマイラの行動パターンが少し変わった。

 拳で叩き潰すようなものから、尻尾による薙ぎ払いのような当てるための攻撃が増えてきている。

 何度目からのそれをジャンプで避けると、キマイラが届かない距離から拳を振りかざした。


 知らない魔法の気配。

 超感覚を信じて思いっきり右に跳ぶ。

 少し前までいた位置にキマイラの拳が向けられて――腕が伸びた・・・!?



 伸びきった腕がたたまれて元に戻った。

 戦闘中にもフォームチェンジできるのかよ……。

 Bランクで、例えば近づいたらいきなり顔がドラゴンになってブレス吐くとか、そういうことやられたらをキツそうだ。



 けど時間は稼いだ。

 視界の端に銀の光が舞っている。

 合図を省くためにわざと距離を取った、が、キマイラにも感知された。

 さっきの《魔力の槍》とはレベルの違う圧力に今度こそ水住が標的になる。


 俺は魔石を割った。


「エンチャント」


 "待ってました"とばかりに剣が雷を纏う。

 戦場に現れた2つ目のイレギュラー、キマイラは確実にこっちへ意識を取られている。

 その隙を狙って水住が銀色の《魔力の槍》を放つ!


 槍は怪物の体の中心を狙って飛翔し――


「マジか?」


 しかし紙一重で避けられてしまった、完璧なタイミングだと思ったのに。

 思ってる以上に水住を警戒してるってことなのか……あっ待て!?

 出てくんな!!



 剣の雷エンチャがいきなり消滅し、俺の左腕から《フェンリルの爪》が飛び出した!

 魔力を使ったのが失敗だったか……!


 例によって勝手に動いてキマイラを狙い、その爪が敵を引き裂こうと伸ばされる!

 が、俺が踏ん張ったのでかすり傷程度の当たりになった。

 そう何度も振り回されてやるつもりはない。


 続くフェンリルの爪撃も、俺の位置調整とキマイラの回避とでクリーンヒットにはならずにいる。

 そうと分かったフェンリルが何本も雷矢を生成して撃ち放つ。

 が、相手はCランクなので大きなダメージにはならなかった。


 ならなかったが……ここまで戦いたいという意思表示をするとは思わなかった。

 本格的にガス抜きを考えないといけないかもしれない。


 とはいえ今日はダメだ。

 水住はもう再発射の準備を終えている。

 今度はギリギリまで抑えて確実に、と思った瞬間、キマイラの背中に4枚のが生えた。

 そういうフォームチェンジもあるのかよ!


 一気に羽ばたいたキマイラが上空から水住に狙いをつける。

 俺はもう一度魔石を割って《ゴースト》を呼び出した――死霊の手が奴の翼に干渉する。

 そしてキマイラが空中で加速した瞬間、握りつぶすように捻じ曲げた!


 突然の干渉によりキマイラは翼のコントロールを失い――地面に叩きつけられたところを、銀の槍が貫いた。




「……終わった?」


 消滅していくキマイラ、その体があった場所を見て水住が首をかしげる。


「終わった。……ドロップないな?」


 魔石はともかく魔法式はドロップしたような気配があったんだが、気のせいみたいだ。


「召喚モンスターは落とさないって聞いたことがある。"ノア"にも当てはまるかは分からないけど」


「労力に見合わないよな……ん?」


 戦闘モードを解いた水住のすぐ後ろに影が差している。

 さっきまであそこに木なんて――まさか!?


 俺の表情で水住が察するが、同時に息を潜めていたトレントが動き出す。

 反動をつけて振り下ろされた木の枝は抜き打ちした《影縛り》が停止させた。

 少し遅れてフェンリルが雷槍を作り出し、その射線のトレントを入れる。


 ……間に立っている水住ごと。


「あっやべ」


「なっ!?」


 雷槍が一切の容赦なく放たれる。

 水住が間一髪でそれを避け、その先にいたトレントくんは無事風穴を開けられて消滅した。



 残された水住がゆっくりと俺に視線を合わせる。

 その目には、冷たい怒りが燃えていた。


「い、いや待て! 今のは俺じゃな――!!」

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